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「脱炭素」から「AI・地政学リスク時代の産業競争力をどう創るか」へ

~London Climate Action Week 2026からの示唆~

2026年6月に開催されたLondon Climate Action Weekに現地参加して得た日本企業へのインサイトをまとめています。

2026年6月20-26日に開催されたLondon Climate Action Week(LCAW)でのテーマは明確だった。これまでの「気候変動への対応」から、「電力・インフラ・資金をどう確保するか」が中心になっていた。

さらに、LCAWのフラッグシップイベントである、Climate Innovation Forumの冒頭、「交渉の時代から実装の時代へ」というメッセージが繰り返し語られた。本稿では、当該イベントでのセッションの内容を中心に、今回LCAWで語られたこと、つまり後続のNYC Climate Week、そしてCOP31に繋がる一連のグローバルレベルの動向として整理したい。

*Climate Innovation Forumの会場となったLondonのギルドホール

全体を通したトーンセッティングとしての基調講演

Rachel Kyle氏(UK Government)

① エネルギー安全保障=気候対策
ウクライナ戦争、エネルギー価格高騰、地政学リスクを踏まえ、「気候変動対策のために再エネをやるのではなく、国家安全保障のために再エネを進める時代になった」と語られた。特に印象的だったのは「Renewable energy cannot be held hostage.」(再生可能エネルギーは人質に取られない)という言葉であり、石油・ガスは地政学リスクに左右されるが、太陽光・風力・蓄電池は各国が自国で保有でき、エネルギーの自立に繋がる、というメッセージだ。

② 適応(Adaptation)への重点シフト
従来は排出削減(Mitigation)が中心であったところ、これからは極端な気象は確実に増えるという前提に立ち、今後はレジリエンス、適応への投資が重要であると強調された。

③ 気候資金(Climate Finance)の課題
クリーンエネルギー投資の大半が、米国・欧州・中国に集中しており、アフリカや新興国などには十分流れておらず、「資金はあるが流れていない」状態。理由は資本コストであり、同じ再エネプロジェクトでも、アフリカや途上国では調達金利が非常に高いため、投資が進まない。これは、この後のセッションでCOP30のPresidentからも語られ、「世界の金融システムはOpportunity(機会)ではなくWealth(既存の富)に報いる構造になっている」という指摘があった。

これまでNet Zero、Scope3、Disclosureといったテーマが中心だったところ、今回はエネルギー安全保障、実装に大きく焦点が移ったことが明確に打ち出されたオープニングになり、COP31を前に「もう目標は十分決めた。どう実行するのか」という空気を非常に強く感じられた。

COP31 Action Agendaの正式ローンチ

COP31 will be the COP of implementation「もう新しい約束を作る段階ではなく、実行する段階だ」

COP31では、新たなルール作りよりも、過去のCOPで決めたことを実行に移すことを重視する、とされた。COP31の主要テーマは、大きく5つ。

① Electrification(電化)
最重要テーマである、EV、ヒートポンプ、送配電網、再エネなどを一気に進める

② Climate Finance
「実行には資金が必要」と繰り返し語られており、特に新興国支援、NDC実行、インフラ投資が焦点となる

③ Resilient Cities
トルコ地震の経験もあり、防災、気候適応、都市インフラを世界に広げたい考え

④ Waste Management
トルコ政府は近年Zero Wasteを国家ブランドにしていることもあり、資源循環、廃棄物削減、サーキュラーエコノミーが取り上げられている

⑤ Education
学校のカリキュラムに気候変動を追加する

複数の有識者とも会話したが、最重要テーマはElectrification(電化)であり、冒頭のエネルギー安全保障はCOPでも強く意識されることになるだろう。

Electrificationの意義

2035年までに電化率35%という目標

LCAWのみならず、COPにおいても最重要となる本テーマについて、前述の通り「エネルギー安全保障」に加え、「エネルギー価格」「気候変動」の全てに効果的であると語られた。例えば、「セットゼロの60%は、電化により達成できる」という事例が示され、GHG排出量の60%は、比較的電化しやすい領域である、自動車、建物、低温~中温熱からであり、電化することで大きな進捗が期待されると言われている。残りの40%はメタン、鉄鋼、セメント、化学などであり、これらには水素やCCUSなど別手段が必要であることに変わりはない。

エネルギー価格の視点では、「再エネの限界費用はほぼゼロ」という点が言及された。つまり、太陽光や風力は燃料費ゼロ、輸入不要ということであり、十分な発電設備、蓄電池、グリッドが整えば、長期的には電気の方が化石燃料より圧倒的に安くなる、という期待である。

そのような議論の中、最大のボトルネックとしてグリッドを挙げる登壇者が多く存在した。再エネ不足ではなく(むしろ太陽光、風力は大量に増えている)、問題は電気を運べないことである点が指摘され、グリッド投資、蓄電池、Flexibility、デジタル化の必要性が強調された。
単純にEVやヒートポンプを増やすのではなく、AIやデジタルを活用し、夜間充電、自動制御、建物管理などを行うことの重要性が、Smart Electrificationというキーワードで提示されたことも印象的である。

AIの意味

AIは気候変動対策にプラスかマイナスか?

ここでやっとAIに言及される。事前の情報ではAIデータセンターの話題で持ち切りになるように思われていたが、LCAWでの優先順位や位置づけは少し異なった。

まず、全体像を整理すると、今回のLCAWで語られている「エネルギー安全保障」を貫く概念として、化石燃料依存からの脱却(≒電化)がポイントとなる。つまり①化石燃料以外からの発電を増やす、と同時に②電力消費も抑制していく、ことが必要となる。電力消費を抑制していくためには、AIを活用すること(例えば、再エネ出力予測、電力需給予測、エネルギー効率最適化、工場運転最適化、系統運用最適化、電力ロス削減など)が肝要である。但し、AIの急成長は電力システムに大きな負荷を与えている。特にデータセンターについて、2030年には、日本一国分に匹敵する電力消費量になる可能性があると紹介された。

つまり、AIは、「経済成長を促進する」「科学技術を進歩させる」一方で、「電力需要を急増させる」という二面性を持っている。

なお、本テーマに関するレポート「Net Benefit AI: Scaling Solutions, Opening Opportunities」がローンチされ、タイトルにもあるように「AIは電力を大量消費するから悪い」という単純な議論ではなく、「AIが増やす排出量」と「AIが削減する排出量」の差分を見るべきだ、という点、つまり、AI自身のフットプリントではなく、社会全体への純効果(Net Benefit)を見るべき、という考え方が繰り返し語られた。

なお、NVIDIAのHead of SustainabilityであるJosh Parker氏も、世界のデータセンター全体で、世界電力消費の約1.5%、AI単体では約0.5%程度だと説明。つまり、AIの電力消費は注目されるものの、世界全体から見るとまだ限定的であり、AIを製造業、建物、輸送、エネルギーに適用することで得られる削減効果の方がはるかに大きいと主張した。

また異なる視点で興味深かったのは、Carrier EnergyのCEOでChief Sustainability OfficerのHakan Yilmaz氏が、一般的には「AIデータセンターが電力を大量消費している」という議論が多いが、「現在の米国電力網最大の負荷はAIではなく空調(HVAC)」と説明。米国では電力需要約750GWのうち、約300GWが空調とのことで、つまりAI以前に建物のエネルギー効率改善が極めて重要であると指摘した。Carrierは、次世代モデルとして空調機器に、バッテリー、クラウド接続、AIエージェントを組み込み、AIは室温、外気温、湿度、日射量、在室状況をリアルタイム分析し、ピーク時の電力使用を抑制、つまり、空調そのものがVPP(Virtual Power Plant)化する世界観を描いている。

今後のAI活用においての課題として挙げられたのは

① 電力インフラ不足:最も大きい課題であり、AIの問題ではなく、送電網そのものが追い付いていない
② データ品質:AI活用以前にデータ整備出来ていない企業が多い
③ 規制の不一致:EUと米国でAI規制が大きく異なり、企業は対応に苦労している
④ 人材・組織文化:AIだけ分かる人、エネルギーだけ分かる人、ではなく両方理解する人材が必要

の4つであり、②~③についてはAI活用一般で指摘される課題ではあるものの、改めて認識された形となった。

AIについては「AIの電力消費を心配する段階から、AIを使ってエネルギーシステム全体を最適化する段階へ」という位置づけであり、AIは電化社会を成立させるための制御レイヤーとして期待されていることがよく分かる議論がなされていた。

気候ファイナンスの課題

さて、Rachel Kyle氏の基調講演の中でも言及された重要なテーマとして、気候ファイナンスの問題が存在する。投資案件自体が無いわけではなく、問題は「リスクが高い」「初期段階で不確実性が高い」ため、年金基金や保険会社などの機関投資家が投資しにくいことにあることが語られた。

企業が欲しいのは補助金ではなく予見可能性、つまり、「規制が頻繁に変わらない」「長期方針が明確」なことが重要である。多くの経営者が、「気候変動そのものより、無秩序な脱炭素移行を恐れている」と考えている。例えば「炭素価格の急激導入」「エネルギー価格高騰」「規制の突然の変更」「サプライチェーン再編」などによる経済混乱である。企業としては、脱炭素そのものに反対ではなく、予見可能で計画的な移行を望んでいるのである。

そこで登場するのが、Blended Finance(ブレンデッド・ファイナンス)である。まず開発金融機関、政府、財団などが、補助金、保証、劣後資本を提供することにより、民間投資家にとってのリスクが下がり、年金基金や保険会社の資金が流れやすくなる仕組みである。
ブレンデッド・ファイナンスの好事例として紹介された案件では、劣後資本50百万ドルを開発金融機関側が提供。すると、民間投資家から850百万ドルを集めることができたそう。
つまり「50百万ドルの公的資本が、17倍の民間資金」を呼び込むことに成功したのであり、このような仕組みの必要性が強調された。

もう一つの課題は、案件ごとに構造が違いすぎることである。
現在は、契約条件、リスク定義、成果指標が案件ごとに異なるため、機関投資家が理解しにくい構造になっており、その結果、取引コストが高くなっている。
標準化は大きな課題であると強調されていた。  

まとめ

今回のLCAWでは、「脱炭素は目的ではなく、エネルギー安全保障・AI時代の成長戦略として語られていた」という印象を受けた。
これまでは「気候変動を何とかしよう」が中心だったが、今年は「エネルギー安全保障とAI時代に勝つために、電力・インフラ・資金をどう確保するか」が中心テーマになっているように感じた。

日本への示唆

1. 企業:工場の電化を「競争力」に変える

日本企業、特に製造業は、電化を単なる脱炭素対応や規制対応としてとらえるのではなく、次世代の競争優位の源泉として位置付けるべきである。

日本は製造業に強みを持つ国であり、今後進展する「工場の電化」において、自社の工場をいわばClient Zeroとして活用することが出来る。自社工場で電化、省エネ、蓄電、AIによる電力最適化などを実装・検証し、そこで得られた技術やオペレーションノウハウを外部に展開することは、日本企業にとって大きな事業機会となり得る。今後の競争力は、電力をいかに賢く使い、事業価値に転換できるかによって決まる。

2. 政府:

◆電力施策を産業競争力の中核に据える
政府にとっては、電力政策を単なるエネルギー政策としてではなく、国家の産業競争力を左右する重要な政策領域として位置付ける必要がある。

特に日本は、エネルギー自給率が低く、化石燃料の多くを海外に依存している。そのため、再生可能エネルギー、原子力、蓄電池、次世代送配電網、新技術への投資を含め、電源ポートフォリオをより柔軟かつ戦略的に転換していく仕組みが求められる。

再生可能エネルギーへのより踏み込んだ税制優遇や、新しい電源・蓄電・送配電技術への政策的支援は、脱炭素だけでなく、AI時代の産業競争力を支える基盤となる。

◆「予見可能性」を高める政策運営
今回の議論で印象的だったのは、多くの企業が恐れているのは気候変動そのものではなく、「無秩序な移行(Disorderly Transition)」であるという点である。
企業が求めているのは補助金ではなく

  • 長期的に一貫した政策方針
  • 頻繁に変更されない規制
  • 将来を見通せる制度設計

である。

炭素価格の急激な導入や規制の突然の変更、エネルギー価格の急騰などは企業の投資判断を難しくし、脱炭素投資そのものを遅らせる可能性がある。企業が安心して長期投資を行えるよう、予見可能性の高い政策運営がこれまで以上に重要となる。

◆AIガバナンスの早期整備
AIについては、単に規制を強化するという発想ではなく、企業が安心して投資・活用できるような、明確で予見可能、かつイノベーションを阻害しないガバナンスの枠組みを早期に整備することが重要である。

AIの利用が拡大するほど、データの取り扱い、透明性、責任説明、セキュリティ、知的財産、労働市場への影響など、複数の論点が企業経営に直結する。日本がAIを産業競争力に結び付けるためには、過度に委縮させる規制ではなく、信頼性とイノベーションを両立させるルール形成が必要である。

3. 金融機関:ブレンデッド・ファイナンスの活用と標準化の推進

金融機関にとっても、気候変動対応は再生エネルギープロジェクトへの融資にとどまらない。
今後は工場の電化、送配電網の高度化、蓄電池、データセンター、AIを活用したエネルギーマネジメントなど、産業構造そのものを変える投資をいかに支えるかが重要になるが、初期段階のリスクや不確実性が高く、年金基金や保険会社などの機関投資家が投資しにくい状況にある。

気候ファイナンスは、ESG対応の一部ではなく、産業変革を支えるファイナンスへと進化していく必要がある。そのため、今回の会議で提示されたようなブレンデッド・ファイナンスの活用なども推進するとともに、契約条件やリスク評価、成果指標などを標準化し、投資家が近いしやすく投資判断しやすい仕組みを整備することが重要である。

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