知財活動の役割として、権利化以外にも、知財によって稼ぐことが新たに期待されています。そのために知財活動の「あるべき姿」として、R&D投資戦略などの経営戦略策定への参画、知財によるビジネスモデル保護の経営貢献の定量化、ビジネスモデルに基づく知財活用プランの設計を通した知財収益化機会の拡大、投資家に対する知財の経営貢献ストーリーの訴求を掲げます。
2021年のコーポレートガバナンス・コード改定等により、知財への投資が企業価値向上にどう寄与しているか、その説明責任が明確に求められるようになりました。以来、経営層から知財部への問いかけは、これまで以上に具体的な成果を求めるものへと変化しています。
「知財部って、結局なにを変えてくれているの?」
出願件数や登録率ではこの問いには答えられません。なぜなら経営層が知りたいのは「どんな知財活動の成果があったか」ではなく、「知財活動が事業の成長にどう効いているか」だからです。
この問いに答えるために必要なのは、経営層への説明の仕方を工夫することではありません。知財部自身が、経営に貢献できる組織へと成長することです。活用するリソースを広げ、関与するステークホルダーを増やし、知財部自身の能力を拡張していく。その先に初めて、「知財がどう経営に効いているか」を語れる知財部の「あるべき姿」があります。
本コラムでは、経営に貢献する知財活動の「あるべき姿」をまず提示したうえで、企業の取組事例と学術研究の両面からその方向性を検証し、知財部が踏み出すべき成長のロードマップを整理します。
① 事業の成長に貢献する知財活動の「あるべき姿」
② 企業の取組事例から見えた、「あるべき姿」への現在地と伸びしろ
③ 「あるべき姿」の方向性を裏付ける学術研究のエビデンスと、成長のためのフレームワーク
知財部が経営への貢献を高めていくうえで、私たちは知財活動を「創造・保護・活用・発信」の4つの要素で捉えることを提案します。
重要なのは、各要素を「やっている/やっていない」の二項で見るのではなく、その活動がどのレベルで経営に結びついているかを問うことです。以下に各要素における「あるべき姿」を示します。
4つの要素は単独でも経営貢献につながりますが、「創造→保護→活用→発信」というサイクルとして連動させることで、より大きな効果を発揮します。自社の強みや事業環境に応じて、まずは1つの要素から着手することが第一歩です。
前章で提示した「あるべき姿」に対して、国内企業は今どこまで到達しているのでしょうか。
国内企業の取組状況について調査したところ、各社はすでに「あるべき姿」への道のりを着実に歩んでいることが確認できました。一方で、「あるべき姿」を完全に実現するには、もう一段の工夫が必要であることも見えてきています。以下、4つの要素ごとに国内企業の取組パターンと、「あるべき姿」に向けた伸びしろを整理します。
■知財の創造
■知財の保護
■知財の活用
■知財の開示
前章では、企業の取組事例と「あるべき姿」との距離感を整理しました。しかし、個別企業の取組は、成功事例を中心に構成される傾向があるため、「この方向で知財活動を強化すれば、本当に経営成果に結びつくのか」という問いに対して、十分な確信を持てない方もいるかもしれません。そこで、本章では、「あるべき姿」が示す4つの方向性が統計的にも支持されるのかを学術研究のエビデンスで検証しました。
知財の創造の「あるべき姿」は、「技術・市場・知財情報を活用してR&D投資の予見性を高め、投資効率に基づく既存テーマの見直しや、中長期の事業ポートフォリオの方向性提言まで対応する」ことでした。
この方向性を突き詰めると、知財部が目指しているのは「知財情報等に基づいてR&D投資の精度を高め、結果として自社の技術領域を戦略的に強化・拡大していく」という行為です。
学術研究では、まさにこの行為の到達点である「新しい技術領域に進出し、特許ポートフォリオの幅を広げること」と、「売上成長率・生産性」との間に、統計的に有意な正の相関があることが確認されています。*1*2これは既存テーマでのR&D投資精査という足元の取組が、最終的には事業成長につながる方向性と整合していることを示唆しています。
知財の保護の「あるべき姿」は、「知財保護による経営貢献を定量化し、ビジネスモデルを最適に保護する知財ポートフォリオの価値を実証する」ことでした。
この方向性の根幹にあるのは、「量ではなく質で知財ポートフォリオを評価し、真に事業を守る知財に集中投資する」という行為です。
学術研究では、この行為である「質の低い特許を取り下げ、ポートフォリオを厳選すること」と、「時価総額」との間に、統計的に有意な正の相関があることが確認されています。*3
知財の活用の「あるべき姿」は、「ビジネスモデルを起点に知財活用プランを主体的に設計し、知財収益化の機会を戦略的に拡大する」ことでした。
この方向性を端的に表すと、「知財のライセンスを戦略的に拡大し、収益規模を大きくしていく」という行為です。
学術研究では、この行為である「ライセンス供与を積極的に実施し、収益規模を拡大すること」と、「時価総額」との間に、統計的に有意な正の相関があることが確認されています。*4
知財の発信の「あるべき姿」は、「知財の経営貢献を、投資家が継続的に評価できる体制で体系的に発信する」ことでした。
この方向性の根幹にあるのは、「知財に関する開示の質を高め、投資家が適正に評価できる情報を提供する」という行為です。
学術研究では、この行為である「統合報告書などにおける知財開示の質を高めること」と、「ROE」との間に、統計的に有意な正の相関があることが確認されています。*5
このように、「あるべき姿」が示す4つの方向性は、いずれも学術研究が統計的に正の相関を確認している知財活動の方向と整合しています。なお、学術研究は統計的に相関関係が確認されたものであり、因果関係を示したものではないです。(詳細は末尾の参考文献をご参照ください)
ここまで、「あるべき姿」を提示し、企業の取組事例の現在地を確認し、学術研究でその方向性の裏付けを行いました。
残る問いは1つ、「では『あるべき姿』にどうやって近づけばよいのか」です。前章までで見てきた国内企業の取組事例に基づく「『あるべき姿』への伸びしろ」を整理すると、「あるべき姿」とのギャップを埋めるために求められる変革が浮かび上がります。それが知財部が扱う領域を広げる「3つの拡張」です。
以下の図に示す通り、各知財部において「従来の姿(Level 1)」から「あるべき姿」へとステップアップしていくためには、上記の「3つの拡張」を意識的に行う必要があります。
自社が現在どのレベルにいるのかを把握し、次のレベルへ進むため「どの拡張(リソース、ステークホルダー、能力)が足りていないのか」を見極めることが重要です。
例えば、「創造」や「保護」の領域から着手し、R&D投資の予見性を高めたり、自社のビジネスモデルの防御力を可視化したりすることは、経営層からの強い信頼を獲得する強力な一手となります。
あるいは、「活用」や「発信」の領域から着手し、知財起点の新たな収益源を作り出したり、市場・投資家からの評価へ直結させたりするアプローチも非常に効果的です。
重要なのは、どこから着手するにせよ、最終的にはこのロードマップに沿って4つの活動を連動させる状態へと自らの役割をアップデートしていくことです。それにより、知財部は「経営に貢献する組織」へと進化をしていくことができるはずです。
*1:Bagna, E., Cotta Ramusino, E., & Denicolai, S. (2021). Innovation through patents and intangible assets: effects on growth and profitability of European companies. Journal of Open Innovation: Technology, Market, and Complexity, 7(4), 220.
*2:王悠介, & 高橋耕史(2021). 研究開発投資とイノベーション: 特許データを用いたアプローチ. 経済研究, 72(3), 228-245.
*3:Neuhäusler, P., Frietsch, R., Schubert, T., & Blind, K. (2011). Patents and the financial performance of firms-An analysis based on stock market data. Fraunhofer ISI Discussion Papers Innovation Systems and Policy Analysis. (No.28)
*4:Bayar, O., Chemmanur, T. J., Chen, X., & Zhang, J. (2025). The Economics of Patent Licensing: Theory and Evidence on the Determinants and Consequences of Patent Licensing Transactions.
*5:Vitolla, F., Raimo, N., & Rubino, M. (2019). Intellectual capital disclosure and firm performance: an empirical analysis through integrated reporting. In 7th International OFEL Conference on Governance, Management and Entrepreneurship: Embracing Diversity in Organisations. April 5th-6th, 2019, Dubrovnik, Croatia (pp. 245-255). Zagreb: Governance Research and Development Centre (CIRU).