本調査は、TOPIX100構成銘柄企業を対象に2025年3月期までの有証券報告書を用いて、人的資本の開示内容および役員報酬の実態を調査・分析しました。本調査結果から、価値創造を意識した人的資本開示が充実してきていること、役員報酬にESG要素を反映する企業は78%で、初めて米国の同割合を上回った前年調査から4ポイントの増加となったことなどが明らかになりました。
人的資本を起点にした企業の価値創造ストーリー構築の取り組みが、どの程度実施されているか明らかにするため、価値創造ストーリーの具体化に必要な「経営戦略と人材戦略の連動」「人事施策と指標・目標との連動」について、計4つのポイント【A~D】から、開示内容を分析した。
A. 人的資本投資を通じて創出する成果(アウトカム)を定義しているか
B. 経営を見据えたありたい姿に対する課題が明確化されているか
図1-1 経営戦略と人材戦略の連動を伝えるために必要なポイントを実施している企業の割合
脚注:「A成果(アウトカム)を定義しているか」の2024年調査以降の集計方法は、2023年調査より変更している。そのため、2023年調査の実施の内訳は非表示とした
C. 各施策と指標の関係性が整理されているか
D. 指標を活用し、各施策の進捗状況の検証・説明がされているか
図1-2 人事施策と指標・目標の連動を伝えるために必要なポイントを実施している企業の割合
脚注:「C各施策と指標の関係性の整理」の実施している・一部実施しているの足し上げは、四捨五入に伴い56%としている
各社が開示した人的資本に係る指標を、「人的資本可視化指針(内閣府)」の分類を参考に集計し、傾向を分析した(図1-3)。
図1-3 開示指標の傾向
脚注:
人的資本にかかる取り組み開示において、多くの企業で取り上げられた内容を紹介する。
<従業員サーベイ実施>
<健康・メンタルサポート>
<その他取り組み>
役員へのインセンティブ導入状況について、前年調査同様、98%の企業が短期インセンティブ(以下、「STI」)もしくは長期インセンティブ(以下、「LTI」)のいずれかを導入していた(STI:97%、LTI:94%)。STIに紐づく業績指標としては「当期純利益」が44%の企業で採用されており、前年調査同様、最多であった。続く最多採用指標は「ESG指標」(42%)で前年調査から6ポイント増加した。2023年調査、2024年調査においては、共に「営業利益」が当期純利益に次ぐ指標であったが、サステナビリティ経営が推進される中で役員の短期コミットメントとしても「ESG」が増進している。LTIにおける「ESG指標」の採用は52%で、前年同水準であった。続く「TSR(株主総利回り)」は、前年から6ポイント増加で、40%の企業で採用されていた。2年連続での増加であり、欧米同様の投資家重視の報酬設計が浸透してきている。(図2-1)
図2-1 業績評価指標TOP5(目標管理指標を除く)
脚注:LTIには、短期業績評価を株式で付与する企業を含む
ESG要素をSTI・LTI問わずに役員報酬に反映させる(目標管理指標の中でESGを取り入れるケースを含む)企業の割合は78%で、2022年調査から継続して右肩上がりの結果となった(図2-2)。特に、短期インセンティブでESG連動が進み、昨年の41%から48%へ7ポイント増加した。
図2-2 業績連動報酬にESGを反映させる企業割合(日本)
出所:デロイト トーマツ グループにて作成(TOPIX100構成銘柄企業)
STIもしくはLTIにESG指標を紐づける企業(77社)について、具体的なESG指標のテーマ別に採用割合をみると、「人的資本活用」が62%(前年比2ポイント増)で、前年同様に最も高かった。従業員調査で取得したエンゲージメントスコアや女性管理職比率を指標とする企業が目立つ。人的資本経営に対する投資家やステークホルダーからの関心が高い状況において、役員のコミットメントが引き続き欠かせない。次に採用割合が高いテーマはCO2やGHGの排出量削減を指標とする「気候変動」で、55%(前年比4ポイント増)である。(図2-3)
気候変動は、長期的な取り組みとして位置付ける企業が多く、LTIにESGを紐づける企業(49社)のうち59%が採用しているテーマである。LTIにおいては「人的資本活用」(53%)を採用する企業の割合を上回る。STIにESGを紐づける企業(48社)では、気候変動を採用する企業割合は31%にとどまる。しかし、前年結果と比較すると、LTIでは気候変動を採用する企業割合に大きな変化はみられなかったものの、STIにおいては21%から10ポイントの増加がみられた。気候変動に関して、短期的に取り組みの成果を役員に求める動きが進んでいる。
図2-3 業績連動報酬(STIもしくはLTI)に連動されるESG要素
脚注:「具体的な指標開示なし」には、「サステナビリティに関する取り組み」といった具体的なテーマがみられない記載を含む
海外(英国・米国)企業の状況をみると、ESG要素を報酬に反映する日本企業の割合(78%)は、91%の企業で連動が進む英国企業(FTSE100企業)に依然及ばない。一方、米国企業(S&P500銘柄の時価総額上位100社)(70%)よりは高い結果であった(図2-4)。英国は、当社でデータが確認できる2021年以降、継続して90%を超しており、ESG要素を役員報酬に組み込む企業割合は頭打ちになっている。米国では、ESGに対する保守系からの圧力が高まっており、ESG指標の採用が伸び悩んでいる。今後指標の見直しや紐づけ割合を低減させる企業が増加する可能性もある。米国でビジネス展開する日系企業は、米国市場の状況にも留意しながら、役員報酬にどのようにESG要素を組み込むか検討していくことが欠かせない。
図2-4 業績連動報酬にESG要素を反映させる企業割合(日英米比較)
出所:
デロイト トーマツ グループにて作成
日本:TOPIX100に含まれる99社/英国:FTSE100社/米国:S&P500に含まれる100社(時価総額上位)
デロイト トーマツ グループ パートナー 淺井優
サステナビリティの取り組み開示の一環として、2023年3月期より有価証券報告書において人的資本に関する「戦略」及び「指標・目標」の開示が義務化された。2025年3月期の開示で3年目となる。初年度は手探りの企業も多かったが、大手企業を中心に価値創造ストーリーを意識した構成や記述を取り入れる企業が着実に増加していることが本調査からみてとれる。開示の好事例集等の公開により、期待される開示ポイントや工夫が徐々に浸透し、企業が改善を重ねた結果といえる。一方、TOPIX100構成銘柄という日本を代表する企業群であっても、人的資本経営を通じて目指す「企業価値」がどのように財務価値に将来つながるのか、踏み込んだ記載をする企業は依然として限定的である。全体的なストーリーとして開示がよくまとめられていても、「パーパスの実現」や「持続的な企業価値創造」といった、財務価値との関係が分かりにくい開示が一定数あることも事実である。人的資本の活用によって「稼ぐ力」を向上させることが、サステナビリティの取り組みとして求められている。女性管理職比率やエンゲージメントを高めることは手段であり、目的ではない。欧州・米国とは異なる、日本のコンテクストである「稼ぐ力」の向上に繋がる人材戦略や施策を、より意識していくことが重要である。
役員報酬に関する調査では、「ESG指標」および「TSR(株主純利回り)」を役員報酬に紐づける企業の割合が増加したことが明らかになった。この傾向は前年同様であり、サステナビリティ(ESG)に関する取り組みや株主還元の度合いを役員評価に組み込むことで、役員に対してより強い動機づけをはかろうとしていることがみてとれる。
ESG指標の増加において特に顕著だったのは、「気候変動」指標を短期インセンティブに紐づける企業の増加である。2025年3月に日本サステナビリティ開示基準(SSBJ基準)が策定され、サステナビリティガバナンスの側面から役員報酬へのESG連動有無の開示が求められるようになることから、開示適用に先立って報酬連動を進める企業が増加したとみられる。「気候」はSSBJ基準において現状存在する唯一のテーマ別基準である。但し、SSBJ基準のベースとなるIFRSサステナビリティ開示基準においては、気候に続く新たなテーマ(生物多様性・人的資本)に関する調査プロジェクトが既に進行している。気候に限らず、自社のサステナビリティに関するマテリアリティ分析を進め、重要度に応じた役員報酬指標とウエイトの設計が欠かせない。
TSRを役員報酬指標に採用する企業は、この数年で急増している。2023年調査結果と比較すると、長期インセンティブにおいてほぼ倍増(22%⇒40%)である。しかしながら、欧米においては8割程の企業が既にTSRを長期インセンティブに組み込んでいる。投資家を意識した報酬設計が日本企業で進んでいることは明らかである。しかしながら、投資家目線での経営を役員に意識づけるため、より多くの企業でTSRやEPS(1株当たり純利益)指標の導入を進めていくことが重要となる。
調査期間
2025年6月~2025年7月
調査目的
持続的な企業価値向上に向けたTOPIX100構成銘柄企業の最新の取り組み状況を、有価証券報告書を用いて人的資本及び役員報酬の観点から調査し、現在の日本企業の立ち位置を把握するとともに、今後の取り組みに向けた洞察をまとめる
調査内容
① 人的資本開示調査
② 役員報酬実態調査
調査対象企業
2025年3月31日時点のTOPIX100構成銘柄のうち、2025年6月30日までに直近決算期の有価証券報告書を開示した99社
※ 集計結果を四捨五入して表示しており、数値の合計が100%にならない場合がある
* 2023年調査出所:デロイト トーマツ グループ「有価証券報告書における開示実態調査2023」
* 2024年調査出所:デロイト トーマツ グループ「有価証券報告書における開示実態調査2024」