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有価証券報告書における開示実態調査2025

価値創造ストーリー構築を意識した人的資本開示が進むも、経営戦略で掲げる「財務価値」を意識した開示が次の課題。役員報酬開示では、短期インセンティブへのESG指標の採用が進み、特に「気候変動」を報酬に連動させる企業が増加

本調査は、TOPIX100構成銘柄企業を対象に2025年3月期までの有証券報告書を用いて、人的資本の開示内容および役員報酬の実態を調査・分析しました。本調査結果から、価値創造を意識した人的資本開示が充実してきていること、役員報酬にESG要素を反映する企業は78%で、初めて米国の同割合を上回った前年調査から4ポイントの増加となったことなどが明らかになりました。

1.人的資本開示調査

①人的資本を起点にした企業の価値創造ストーリー構築に必要なポイントを押さえて、開示を行う企業が年々増加。今後は財務的な企業価値との連動や中長期目標に関する記述の充実など、ステークホルダーを意識した取り組みが求められる

人的資本を起点にした企業の価値創造ストーリー構築の取り組みが、どの程度実施されているか明らかにするため、価値創造ストーリーの具体化に必要な「経営戦略と人材戦略の連動」「人事施策と指標・目標との連動」について、計4つのポイント【A~D】から、開示内容を分析した。

<経営戦略と人材戦略の連動>(図1-1)

A. 人的資本投資を通じて創出する成果(アウトカム)を定義しているか

  • アウトカムを定義(実施)している企業は18%、一部実施している企業は29%だった
  • 前年開示を抜本的に書き直す企業は少ないが、文章の肉付けや体系整理によって人材戦略の背景や目的を明確化させ、経営戦略につながるストーリーを充実化させる企業が目立った。人事施策を並べただけの開示から進歩がみられている
  • 一方、人材戦略が経営戦略で掲げるどの財務価値を意識しているものなのか、踏み込んで説明する企業はまだ一部であった

B. 経営を見据えたありたい姿に対する課題が明確化されているか

  • ありたい姿及び現状の課題の双方の記述を実施している企業は8%、いずれかの開示にとどまっている(一部実施している)企業は50%であった。
  • 指標・目標の設定を通じてありたい姿及び現状の課題を定量的に把握している企業もあるとみられ、定性的な開示は前年からの伸び幅が小さかったと考えられる

 

図1-1 経営戦略と人材戦略の連動を伝えるために必要なポイントを実施している企業の割合

脚注:「A成果(アウトカム)を定義しているか」の2024年調査以降の集計方法は、2023年調査より変更している。そのため、2023年調査の実施の内訳は非表示とした

<人事施策と指標・目標との連動>(図1-2)

C. 各施策と指標の関係性が整理されているか

  • 施策と指標の関係性を整理する企業(一部実施含む)は、前年の45%から56%へ増加した。人的資本に関する指標を、ただ「指標・目標」欄で列挙するのではなく、施策テーマとのつながりを意識し、体系的に整理する工夫がみられた
  • 一方、多様な取り組みに力をいれていることは十分に伝えられているにもかかわらず、開示指標が「女性管理職比率」等の法的開示が求められる多様性指標や総合指標としての「エンゲージメントスコア」といった最小限の数にとどまる企業も一部みられた

D. 指標を活用し、各施策の進捗状況の検証・説明がされているか

  • 目標や、経年推移等による重点施策の進捗を検証・説明している企業(一部実施含む)は前年の77%から84%へ増加した。人的資本開示が3年目を迎える中で、社内データの蓄積・整備が整いつつある。但し、グループやグローバルでのデータ収集・管理においては、エクセルでのやりとり等、作業上課題が残る企業もまだ多いとみられる
  • 一方、進捗状況の開示として前年分のみの開示にとどまる企業や、過去より目標の年度が変更されず、中長期スパンでの取り組み目標がみえない企業も一部あった。中長期先を見据える投資家にとっては、中長期目標こそが重要な場合がある。時系列でのデータの充実化とともに、必要に応じて目標の随時見直しも、一部企業にとっては今後求められる

 

図1-2 人事施策と指標・目標の連動を伝えるために必要なポイントを実施している企業の割合

脚注:「C各施策と指標の関係性の整理」の実施している・一部実施しているの足し上げは、四捨五入に伴い56%としている

②開示された指標は前年から大きな傾向の変化がなく、各社が開示する指標は概ね固定化してきている

各社が開示した人的資本に係る指標を、「人的資本可視化指針(内閣府)」の分類を参考に集計し、傾向を分析した(図1-3)。

  • 開示指標の前年調査からの差は全体的に小さく、概ね多くの企業で採用指標は固定化してきている。一方、「エンゲージメント」(56%⇒63%)、「育児休業」(40%⇒45%)の関連指標は一定の増加がみられた。最も多くの企業で採用されている指標は、前年同様に「ダイバーシティ」(91%)であった
  • ダイバーシティを詳細にみると、「ジェンダー」に関する指標が圧倒的に多く、「国籍」、「障がい者」、「キャリア採用」に関しては施策として言及はあっても指標設定は限定的であった
  • 人材育成に関する指標としては、一人当たりの研修費や研修受講率等の「育成(研修)」関連の他、デジタル人材数や自律的なキャリア支援制度の利用率等を含む「スキル・経験」に関する指標が目立った

 

図1-3 開示指標の傾向
 

脚注:

  • 人的資本可視化指針(内閣府非財務情報可視化研究会)の開示フレームワークを参考に集計(ウェルビーイングはデロイト トーマツ グループについて追加)
  • 「サステナビリティに関する考え方及び取組」の中で「従業員の状況」を参照するよう明示的に言及している企業を除き、 「従業員の状況」における開示指標は対象外

③企業が取り組む人事施策は、「従業員サーベイ実施」「健康・メンタルサポート」が特に多い

人的資本にかかる取り組み開示において、多くの企業で取り上げられた内容を紹介する。

<従業員サーベイ実施>

  • 多くの企業で共通した取り組みとしてみられたのは「従業員サーベイ実施」であった。人材戦略の総合指標としてだけでなく、個別施策(企業バリューの浸透、等)の効果や潜在課題の把握等、幅広い目的での活用がみられた
  • 単に「サーベイを年に1回実施し、結果を分析しています」といった記載だけでなく、結果評価や課題に対するアクションまで詳細に説明している企業もあった。よい点だけでなく、悪かった点も素直に開示することで、PDCAが機能していることを読み手に伝えられている事例といえる

<健康・メンタルサポート>

  • 次いで多くみられたのは「健康・メンタルサポート」である。人的資本経営への関心が高まる前から健康経営の実践が政府主導で促進されてきていたことで、既に取り組みが浸透していたことが要因といえる
  • 一方、健康経営の実践が目的になってしまい、どのように自社の経営戦略と紐づくのか、説明が不十分な企業も一定数みられた。人的資本経営において、どのように健康経営との相乗効果を生み出していくのか、踏み込んだ説明が重要といえる

<その他取り組み>

  • その他、人材育成や女性活躍の推進の文脈で、「リーダー/経営人材研修・育成」や「子育て・介護等との両立支援」、「学習機会の提供」、「社内ポジションの公募」にかかる取り組みが浸透していた
  • 「リーダー/経営人材研修・育成」については選抜研修やビジネススクール派遣等、「子育て・介護等との両立支援」については、セミナー実施や保育(託児)所の設置、相談窓口の開設、費用補助制度等多岐にわたる取り組みがみられた

2.役員報酬実態調査

①短期インセンティブにESG要素を組み込む企業は42%で、前年比6ポイント増。長期インセンティブではTSR(株主総利回り)の採用が40%で前年に引き続き増加

役員へのインセンティブ導入状況について、前年調査同様、98%の企業が短期インセンティブ(以下、「STI」)もしくは長期インセンティブ(以下、「LTI」)のいずれかを導入していた(STI:97%、LTI:94%)。STIに紐づく業績指標としては「当期純利益」が44%の企業で採用されており、前年調査同様、最多であった。続く最多採用指標は「ESG指標」(42%)で前年調査から6ポイント増加した。2023年調査、2024年調査においては、共に「営業利益」が当期純利益に次ぐ指標であったが、サステナビリティ経営が推進される中で役員の短期コミットメントとしても「ESG」が増進している。LTIにおける「ESG指標」の採用は52%で、前年同水準であった。続く「TSR(株主総利回り)」は、前年から6ポイント増加で、40%の企業で採用されていた。2年連続での増加であり、欧米同様の投資家重視の報酬設計が浸透してきている。(図2-1)

 

図2-1 業績評価指標TOP5(目標管理指標を除く)

脚注:LTIには、短期業績評価を株式で付与する企業を含む

②ESG要素をSTIもしくはLTIに反映する企業割合は、前年を上回る78%。「気候変動」を短期インセンティブへ連動させる企業増加が目立つ

ESG要素をSTI・LTI問わずに役員報酬に反映させる(目標管理指標の中でESGを取り入れるケースを含む)企業の割合は78%で、2022年調査から継続して右肩上がりの結果となった(図2-2)。特に、短期インセンティブでESG連動が進み、昨年の41%から48%へ7ポイント増加した。

 

図2-2 業績連動報酬にESGを反映させる企業割合(日本)

出所:デロイト トーマツ グループにて作成(TOPIX100構成銘柄企業)

STIもしくはLTIにESG指標を紐づける企業(77社)について、具体的なESG指標のテーマ別に採用割合をみると、「人的資本活用」が62%(前年比2ポイント増)で、前年同様に最も高かった。従業員調査で取得したエンゲージメントスコアや女性管理職比率を指標とする企業が目立つ。人的資本経営に対する投資家やステークホルダーからの関心が高い状況において、役員のコミットメントが引き続き欠かせない。次に採用割合が高いテーマはCO2やGHGの排出量削減を指標とする「気候変動」で、55%(前年比4ポイント増)である。(図2-3)

気候変動は、長期的な取り組みとして位置付ける企業が多く、LTIにESGを紐づける企業(49社)のうち59%が採用しているテーマである。LTIにおいては「人的資本活用」(53%)を採用する企業の割合を上回る。STIにESGを紐づける企業(48社)では、気候変動を採用する企業割合は31%にとどまる。しかし、前年結果と比較すると、LTIでは気候変動を採用する企業割合に大きな変化はみられなかったものの、STIにおいては21%から10ポイントの増加がみられた。気候変動に関して、短期的に取り組みの成果を役員に求める動きが進んでいる。

 

図2-3 業績連動報酬(STIもしくはLTI)に連動されるESG要素

脚注:「具体的な指標開示なし」には、「サステナビリティに関する取り組み」といった具体的なテーマがみられない記載を含む

海外(英国・米国)企業の状況をみると、ESG要素を報酬に反映する日本企業の割合(78%)は、91%の企業で連動が進む英国企業(FTSE100企業)に依然及ばない。一方、米国企業(S&P500銘柄の時価総額上位100社)(70%)よりは高い結果であった(図2-4)。英国は、当社でデータが確認できる2021年以降、継続して90%を超しており、ESG要素を役員報酬に組み込む企業割合は頭打ちになっている。米国では、ESGに対する保守系からの圧力が高まっており、ESG指標の採用が伸び悩んでいる。今後指標の見直しや紐づけ割合を低減させる企業が増加する可能性もある。米国でビジネス展開する日系企業は、米国市場の状況にも留意しながら、役員報酬にどのようにESG要素を組み込むか検討していくことが欠かせない。

 

図2-4 業績連動報酬にESG要素を反映させる企業割合(日英米比較)

出所:
デロイト トーマツ グループにて作成
日本:TOPIX100に含まれる99社/英国:FTSE100社/米国:S&P500に含まれる100社(時価総額上位)

調査結果へのコメント

デロイト トーマツ グループ パートナー 淺井優

サステナビリティの取り組み開示の一環として、2023年3月期より有価証券報告書において人的資本に関する「戦略」及び「指標・目標」の開示が義務化された。2025年3月期の開示で3年目となる。初年度は手探りの企業も多かったが、大手企業を中心に価値創造ストーリーを意識した構成や記述を取り入れる企業が着実に増加していることが本調査からみてとれる。開示の好事例集等の公開により、期待される開示ポイントや工夫が徐々に浸透し、企業が改善を重ねた結果といえる。一方、TOPIX100構成銘柄という日本を代表する企業群であっても、人的資本経営を通じて目指す「企業価値」がどのように財務価値に将来つながるのか、踏み込んだ記載をする企業は依然として限定的である。全体的なストーリーとして開示がよくまとめられていても、「パーパスの実現」や「持続的な企業価値創造」といった、財務価値との関係が分かりにくい開示が一定数あることも事実である。人的資本の活用によって「稼ぐ力」を向上させることが、サステナビリティの取り組みとして求められている。女性管理職比率やエンゲージメントを高めることは手段であり、目的ではない。欧州・米国とは異なる、日本のコンテクストである「稼ぐ力」の向上に繋がる人材戦略や施策を、より意識していくことが重要である。

役員報酬に関する調査では、「ESG指標」および「TSR(株主純利回り)」を役員報酬に紐づける企業の割合が増加したことが明らかになった。この傾向は前年同様であり、サステナビリティ(ESG)に関する取り組みや株主還元の度合いを役員評価に組み込むことで、役員に対してより強い動機づけをはかろうとしていることがみてとれる。
ESG指標の増加において特に顕著だったのは、「気候変動」指標を短期インセンティブに紐づける企業の増加である。2025年3月に日本サステナビリティ開示基準(SSBJ基準)が策定され、サステナビリティガバナンスの側面から役員報酬へのESG連動有無の開示が求められるようになることから、開示適用に先立って報酬連動を進める企業が増加したとみられる。「気候」はSSBJ基準において現状存在する唯一のテーマ別基準である。但し、SSBJ基準のベースとなるIFRSサステナビリティ開示基準においては、気候に続く新たなテーマ(生物多様性・人的資本)に関する調査プロジェクトが既に進行している。気候に限らず、自社のサステナビリティに関するマテリアリティ分析を進め、重要度に応じた役員報酬指標とウエイトの設計が欠かせない。

TSRを役員報酬指標に採用する企業は、この数年で急増している。2023年調査結果と比較すると、長期インセンティブにおいてほぼ倍増(22%⇒40%)である。しかしながら、欧米においては8割程の企業が既にTSRを長期インセンティブに組み込んでいる。投資家を意識した報酬設計が日本企業で進んでいることは明らかである。しかしながら、投資家目線での経営を役員に意識づけるため、より多くの企業でTSRやEPS(1株当たり純利益)指標の導入を進めていくことが重要となる。

調査概要

調査期間 
2025年6月~2025年7月

調査目的
持続的な企業価値向上に向けたTOPIX100構成銘柄企業の最新の取り組み状況を、有価証券報告書を用いて人的資本及び役員報酬の観点から調査し、現在の日本企業の立ち位置を把握するとともに、今後の取り組みに向けた洞察をまとめる

調査内容 
① 人的資本開示調査

  • 「サステナビリティに関する考え方及び取組」にて開示される人的資本に関する戦略及び指標・目標の開示状況・内容

② 役員報酬実態調査

  • 「役員の報酬等」にて開示される役員の報酬制度、構成、業績評価指標等

調査対象企業
2025年3月31日時点のTOPIX100構成銘柄のうち、2025年6月30日までに直近決算期の有価証券報告書を開示した99社

※ 集計結果を四捨五入して表示しており、数値の合計が100%にならない場合がある
* 2023年調査出所:デロイト トーマツ グループ「有価証券報告書における開示実態調査2023」

  • 価値創造ストーリーの充実度:TOPIX100構成銘柄のうち2023年3月期決算企業の82社が対象
  • 開示指標の傾向:TOPIX100構成銘柄のうち2023年3月期決算企業82社+2022年12月期決算かつ人的資本に関する指標・目標を先行開示する3社、計85社が対象
  • 役員報酬実態調査:TOPIX100構成銘柄企業の100社が対象

* 2024年調査出所:デロイト トーマツ グループ「有価証券報告書における開示実態調査2024

  • 2024年3月31日時点のTOPIX100構成銘柄企業の99社

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