企業の脱炭素努力を、どうすれば市場価値や企業価値につなげられるのか。
ユニ・チャーム、NTTドコモビジネス、デロイト トーマツが、生活用品領域のグリーン市場創造に向けた共創の現在地をたどる。
環境に配慮した商品をつくれば、市場は自然に評価してくれる。 そう考えたくなるが、生活用品(日用品・食品など)と呼ばれる、生活者に近い非耐久消費財の現場はそれほど単純ではない。
非耐久消費財とは、紙おむつ、生理用品、洗剤、食品、包装材など、短期間で使い切る商品を指す。こうした商品では、価格、品質、使いやすさが重視される。環境への配慮は重要であっても、それだけで購買行動を大きく変えることは難しい。
さらに、サプライチェーン全体のGHG排出量、すなわち温室効果ガス排出量を把握しようとすれば、素材メーカー、製造メーカー、小売など、複数の企業間で信頼できるデータをどう連携するかという課題にも直面する。
こうした個社だけでは解ききれない課題に向き合うため、GXリーグにおける市場ルール形成の取組の一環として、2025年に「中間排出事業者を通じたグリーン市場創造検討WG」が組成された。
GXとは、グリーン・トランスフォーメーションの略で、脱炭素への対応を企業や社会の成長につなげていく取組を指す。GXリーグは、2050年カーボンニュートラルの実現と社会変革を見据え、GXに挑む企業が行政や有識者などとも連携しながら、排出削減や市場ルールづくりを進めてきた官民共創の枠組みである。
本WGは、川上企業の排出削減の取組が進むなか、川中・川下企業も含めたサプライチェーン全体の排出削減と、企業の持続的成長につながるグリーン市場のあり方を検討することを目的として設けられた。
ここでいう中間排出事業者とは、素材・資材メーカーなどの川上企業と、小売・生活者に近い川下領域の間に位置し、日用品や食品などの消費財を製品化して届ける企業を指す。本WGでは、環境価値をどのように市場で評価し、企業価値や消費者の選択につなげていくかが議論された。
今回対談したのは、本WGのリーダーとして議論を牽引したユニ・チャーム株式会社 ESG本部 ESG推進部長 辰巳研一氏、同WG傘下の分科会(SWG:サブワーキンググループ)である「データ流通の在り方検討SWG」をリードしたNTTドコモビジネス株式会社 スマートインダストリー推進室 室長 前田亮氏、そして本WG全体の討議推進・論点整理を支援した合同会社デロイト トーマツ Sustainability Unit パートナー 加藤健太郎である。
企業の脱炭素努力を、どうすれば市場価値や企業価値につなげられるのか。3者の対話から、生活用品領域のグリーン市場創造に向けた共創の現在地をたどる。
生活用品は生活者にとって身近な商品である。だからこそ、環境価値をダイレクトに届けやすいようにも思える。しかし実際の売場では、価格、品質、容量、使いやすさに加え、肌触り、洗浄力、吸収力といった機能的価値が優先されやすい。
辰巳氏は、生活者の環境への意識と購買行動の間にあるギャップを次のように語る。
「アンケートでは『環境に配慮した商品であれば、多少価格が高くても購入したい』という前向きな声を多くいただきます。一方、実際の売場では価格や機能性も含めて総合的に判断されます。生活用品で環境価値だけを理由に選んでいただくのは、簡単ではありません」
ユニ・チャーム株式会社 ESG本部 ESG推進部長 辰巳 研一
入社後、営業、企画部門で国際事業開発や経営企画の仕事を経て、現職
現在はユニ・チャームの中長期ESG目標である「Kyo-sei Life Vision 2035」の実現に向け、環境配慮とビジネスの持続可能性を両立させる戦略立案・推進を牽引。
GXリーグ「中間排出事業者を通じたグリーン市場創造検討WG」の立ち上げから参画し、リーダー企業として推進に務めた。
これは、消費者の環境への意識が低いという話ではない。環境価値が、購買、取引、価格などの市場構造や企業の評価システムにまだ十分組み込まれていないという構造的な課題を示している。
家電や自動車であれば、省エネ性能による電気代や燃料代の削減が見えやすい。一方、短期間で消費される生活用品では、環境性能が家計上の明確なメリットとして見えにくい。
辰巳氏は、生活用品メーカーとしての取組は以前から積み重ねられてきたと話す。
「お客様に日々の生活の中で選んでいただき、満足して使っていただくための努力を以前から積み重ねてきました。その結果として、環境配慮と製品価値を両立させる様々な工夫が、すでに現場から生まれています」
すすぎ回数を減らす洗剤。泡切れを良くする技術。包装材を軽量化する。
こうした取組は、生活者の利便性や経済性を高めると同時に、環境負荷の低減にもつながってきた。
ただ、さらに環境負荷を下げようとすれば、製品の強度、安全性、使いやすさ、品質への影響や、低炭素素材・新設備に伴うコスト増も考慮しなければならない。そのコストを単純に価格へ転嫁すれば、消費者に選ばれにくくなる。ここに、生活用品領域のグリーン市場創造の難しさがある。
ここでいうグリーン市場とは、環境価値の高い商品が存在するだけでなく、その価値が価格、購買、取引などの市場構造や、企業評価に反映され、持続的に供給される市場を指す。
ユニ・チャームの取組は、自社のGHG排出量を把握することから始まった。企業が脱炭素を進めるには、自社の工場やオフィスだけでなく、原材料調達、製造、物流、使用、廃棄・リサイクルまでを含むサプライチェーン全体を捉える必要がある。
辰巳氏は、取組の出発点を次のように振り返る。
「まずは現状把握から始めようと思いました。精度の高い排出量を出すためには、サプライチェーン全体の情報、二次データではなく一次データをサプライヤー様から直接いただけるようにする必要がありました」
一次データとは、企業が自ら測定・把握した実データである。たとえば、ある素材を製造する際に実際に使った電力や燃料のデータなどを指す。これに対し、業界平均値や既存データベースを使って推計する情報は二次データと呼ばれる。一次データは、サプライヤーごとの削減努力を反映しやすい。
辰巳氏は、この取組を象徴する言葉として、次の表現を挙げる。
「プロジェクトの当初段階から、『見えて、測れて、手が打てる』という三本柱で考えていました」
製品を構成する資材ごとの排出量が分からなければ、削減の打ち手も曖昧になる。
「製品単位でGHG排出量はどれぐらいか、構成している資材単位でホットスポットがどこにあるのかが分からないと、下げるための知恵が出にくくなります」
ただし、製品単位の可視化は一社だけでは完結しない。サプライヤーや取引先との連携が欠かせず、算定方法やデータ項目が各社でばらばらであれば、比較も評価も難しい。だからこそ、ユニ・チャームはGXリーグという官民共創の場で議論を広げることを選んだ。
本WGの議論は、ビジョンペーパーやデータ流通の在り方に関する提言として、2026年3月に取りまとめられている。詳細はGXリーグの特設ページから確認できる。
生活用品メーカー同士は、売場では競争相手である。しかし、GHG排出量の算定ルールや一次データ流通は、販売競争とは異なる協調領域でもある。
辰巳氏は、個社だけで進めることの限界をこう語る。
「ユニ・チャーム一社だけで正確に取り組んでいますと言っても、比較ができなければ社会全体の削減にはつながりにくい。GHG、大気には境界線がなく、全人類が共有する環境だからこそ、削減に向かうには仲間が必要です」
辰巳氏は、競争と協調の切り分けについてこう続ける。
「メーカーの立場ではライバルですが、目的は同じです。市場での商品の売り方や工夫については、これまでのように自由に競争すればいい。しかし、国の方針や社会の仕組みに関わる話は、一緒に考えていく必要があります」
実際、本WGには、非耐久消費財を扱う企業だけでなく、素材・資材メーカー、金融・評価機関、IT関連企業などがメンバーとして参加し、行政機関や関連団体もオブザーバーとして関わった。生活用品領域のグリーン市場創造は、メーカーだけで完結する課題ではない。
では、なぜGXリーグという場が必要だったのか。
本WGの討議推進・論点整理を支援したデロイト トーマツの加藤は、これまで多排出産業の低炭素化が政策上の重要テーマとして議論されてきたことを踏まえ、次の論点を挙げる。
「自動車、鉄鋼、化学のような産業規模が大きく、CO₂排出量も大きい分野の低炭素化は、引き続き非常に重要です。そのうえで、川上で生まれた環境価値を、消費者に近い製品やサービスへどうつなげていくかという論点も、今後さらに重要になると考えています」
合同会社デロイト トーマツ Sustainability Unit パートナー 加藤 健太郎
銀行系シンクタンク、外資系戦略コンサルティングファーム、再生可能エネルギー事業会社を経て現職。専門は再生可能エネルギーであり、黎明期よりコンサルティングおよび事業開発に携わる。2017年にデロイト トーマツに参画後、GX(Green Transformation)・エネルギー領域のリーダーとして、実事業を通じた経験をもとに官公庁のエネルギー政策から、企業の戦略立案・M&A・入札対応まで幅広く従事している。
加藤は、「中間排出事業者」という言葉をこう説明する。
「中間排出事業者という言葉は硬いですが、簡単に言うと、日用品とか消費財とか食料とか、消費者と極めて近いところでビジネスをされている製造業の方々です」
川上とは、素材や原材料をつくる企業を指す。川中は、それらを使って製品をつくる企業、川下は小売や生活者に近い領域を指す。低炭素素材が開発されても、それが製品に組み込まれ、小売を通じて生活者に届き、選ばれなければ市場は変わらない。
GXリーグという官民共創の枠組みの中で、本WGが果たした意義は、川上で生まれた環境価値を川中・川下へどうつなぐかという論点を、産業界と政策側の共通課題として整理した点にある。
一方で、ルールを整えれば自動的に市場が広がるわけではない。環境表示、CFP算定、第三者保証、データ開示はいずれも重要である。CFPとは、Carbon Footprint of Productの略で、製品やサービスのライフサイクル全体で発生するGHG排出量を示す指標を指す。
加藤は、信頼性と実行可能性の両立が重要だと話す。
「ルールの信頼性を高めることは重要です。一方で、それが企業価値や需要創出につながる設計になっていなければ、企業にとって継続しにくい取組になってしまいます」
さらに、企業が参加し続けるための条件をこう語る。
「需要を作っていくことや、企業がそれをやるメリットを感じるところと重なっていないと、企業も参加し続けることが難しくなります」
グリーン市場は、規制だけでも、補助だけでも、企業努力だけでも成立しない。信頼できるルールと、企業や消費者が参加する理由を一体で設計する必要がある。
デロイト トーマツの役割は、個社の課題を、業界横断の論点、政策形成の論点、データ流通の設計論点へと翻訳することにある。加藤はこう説明する。
「産業界が困っていることを政策側に伝え、政策側の考えも産業界に伝えていく。そういう橋渡しの役割が私たちデロイト トーマツにあると思っています」
グリーン市場を成立させるには、環境価値を測り、比較し、共有できる仕組みが必要になる。その基盤がデータ流通プラットフォームである。
NTTドコモビジネスの前田氏は、企業を超えたデータ連携の難しさをこう話す。
「社内でのデータ活用は進んできました。一方で、企業を超えたデータ連携は、まだ簡単ではない領域です」
NTTドコモビジネス株式会社 ビジネスソリューション本部 スマートワールドビジネス部 スマートインダストリー推進室 室長 前田 亮
入社以来、金融・製造・サービス業のお客さまの新規事業立上げや社内改革の大型プロジェクトをプロジェクトマネージャ―として支援。現職では、お客さまとの共創を通じ、個社のみならず、サプライチェーン間で安心安全にデータ連携できる世界を創り、サステナブルな社会の実現、国内産業の活性化を目指す。
CFPを正確に算定するには、サプライチェーン上の多くの企業からデータを集める必要がある。だが、排出量データには、原価構造や製造プロセスに近い情報が含まれる場合がある。
そこで注目されるのが、データスペースという考え方だ。すべての情報を中央データベースに集めるのではなく、各社が自社でデータを持ったまま、必要な相手に必要な範囲で共有する仕組みである。
前田氏は、データスペースの特徴をこう説明する。
「データスペースは、各社が自分でデータを持ちながら、必要な相手に必要なデータを渡す仕組みです。誰かが全部集めるモデルではありません」
ただし、仕組みがあれば自然にデータが流れるわけではない。前田氏は、企業がデータを提供する際の心理的なハードルにも触れる。
「仕組みがありますと言っても、データを出す側には心理的なハードルがあります。安心して使えることが大切です」
実証では、セキュリティだけでなく、使いやすさも課題として浮かび上がった。
「安心・安全に加え、入力しやすさや運用しやすさも大事だと実感しました。現場で使える設計でなければ、広く使っていただくことは難しいと思います」
データ流通は、単なるITシステムの話ではない。誰が、何のデータを、どこまで共有するのか。データ品質をどう担保するのか。費用は誰が負担するのか。データを出す企業にどのようなメリットがあるのか。こうした信頼設計がなければ、一次データ流通は広がらない。
前田氏は、業界共通のルールの必要性をこう話す。
「各社がばらばらの形でデータを交換しても、仕組みとしての効果は限定的です。GHGデータについては、ルールや形をそろえていく必要があります」
データ流通の在り方検討SWGでは、参画企業にとって価値のある情報を、負担少なく連携する方法について検討した。主な論点は、流通させるべきデータ項目、データ流通業務の実施方法、参画企業母体の形成・拡大である。
本WGでは、GHG排出量削減が中心テーマとなった。しかし、生活用品領域の環境課題は温室効果ガスだけにとどまらない。
廃棄物削減、資源循環、再生材利用、水使用量、化学物質管理など、今後連携が求められる環境情報は広がっていく。特に資源制約のある日本では、脱炭素と資源循環を切り離して考えることはできない。
使い終わった製品や包装材を回収し、再び製品に組み込む。その循環を経済として成立させることが、次のテーマになる。
辰巳氏は、生活用品における環境配慮を、特定の商品だけに閉じないものとして語る。
「生活用品に関して、環境に配慮した商品は何ですかと聞かれたら、特定の商品だけではなく、すべての商品でそうした視点を持っていると答えたいです。そういう事業姿勢で取り組んでいます」
生活者が自然に環境配慮へ参加できる状態について、辰巳氏はこう続ける。
「消費者の皆さまが日々の暮らしの中で商品を選び、使い、そしてリサイクルも含めて自然に巡らせていく。そうした当たり前の行動の先に、世の中全体を良くしていく循環が生まれるのだと信じています」
生活用品の脱炭素は、一部の環境問題への感度の高い消費者に特別な商品を売る取組ではない。生活者が日々使う製品そのものを、より低負荷な循環に組み込む取組である。
グリーン市場は、どこかの企業が単独でつくるものではない。素材を供給する企業、製品化する企業、販売する企業、評価する企業、データを流通させる企業、制度を設計する行政が、それぞれの立場から論点を持ち寄ることで初めて形になる。
生活用品領域のグリーン市場創造が難しいのは、消費者に近いからである。価格や品質に敏感で、購買頻度が高く、環境価値が家計上のメリットとして見えにくい。
だが、取り組む意味が大きいのも、消費者に近いからである。生活者の日々の選択に環境価値を組み込めれば、GXは一部の産業政策にとどまらず、社会全体の市場変革へと広がっていく。
本WGは、既存のルールに対応するだけでなく、実務に即した論点を持ち寄り、社会実装に向けた課題を整理する場でもある。 環境価値をどう測るか。どう共有するか。どう信頼を担保するか。どう市場で評価するか。 その問いを、産業界と政策側がともに考えるための共創の場であった。
GXリーグにおける市場ルール形成WGの取組は、2026年3月末で一区切りを迎えた。一方で、2026年度以降は、GXフューチャー・リーグの枠組みにおいて、需要創出や資金供給等に係るルール形成のためのWGが実施され、今後も官民連携での共創の場が重要となることには変わりない。
自社の脱炭素努力を市場価値や企業価値につなげたい企業にとって、いま求められるのは、整ったルールに対応するだけではない。自社の現場で起きている課題を、業界横断の論点として持ち寄り、社会実装に向けた議論に関わっていくことである。
個社の努力を、社会全体で評価される仕組みに変える。
本WGで見えた論点は、次の共創へと引き継がれていく。