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量子PoC成功の要諦とは― 戦略と技術をつなぐ「実証設計」の重要性

量子技術を実際の業務や事業に適用するためには、PoC(Proof of Concept:概念実証)を通じて知見を蓄積し、適用可能性を見極めていくアプローチが欠かせません。しかし、PoCの成果を事業化へとつなげていくには、「なぜこのPoCを行うのか」という明確な目的と、「どのように設計するか」という要件定義の質が問われます。本稿では、量子PoCを成功へ導くための考え方とプロセスを解説します。

要件定義とデモこそが、量子導入の要

PoCはある程度量子コンピュータを触れた経験のある人が組み立てることが重要です。量子コンピュータはこれまでのコンピュータと操作方法からして違いますから、一定理解のある人が必須となります(前回記事参照)。

下の図を見てください。一番左にある要件定義がPoCのスタートになります。ここで注意してほしいのは「生産効率向上」という目標があったとして、それだけではPoCを進められません。「生産効率向上」は人によってその意味は異なります。生産時間を早くしたい、中間在庫を減らしたい、設備の稼働率を上げたいなど――それぞれの目的の中で何を重視したいか、重みをつけていく必要がありますが、カンコツだけの世界では数値化するのが難しいケースは多いと感じます。

現場のニーズを、技術側が理解可能な“問題設定”に落とし込めているでしょうか。多くの現場では、KPIが複数併存していたり、課題が暗黙知のままであったりします。こうした背景を丁寧に整理し、明文化することがPoC設計の出発点です。コンピュータは数式にしなければ問題を解けませんから要素分解をしていく必要があるのです。

特に量子アニーリングやイジングモデルといった技術では、「目的関数」や「制約条件」の定義が極めて重要です。そこが曖昧なままでは、計算結果の評価も困難となります。

量子コンピュータは現時点でハードウェアの制約が大きく、問題設定とアルゴリズムの設計が深くかみ合わなければ成果につながりません。深くかみ合うことができれば、少数の量子ビットやハイブリッド型のアルゴリズムでもPoCとしての有効性は高まります。

そして量子コンピュータを触ったことがない人たちにも理解を深めてもらうためにも、実証をデモとしてつくっていくことが重要です。デモを通じて具体的な成果や技術の可能性を「見える化」することで、人々はその価値を実感し、興味や反応を示すのです。その繰り返しで適切な要件定義が可能となります。要件定義をすませ、開発、実証をしたあともそれで終わりではなく、この工程をぐるぐると回していくことでPoCの精度が高まります。

PoCの要件定義には3カ月ほどかかることもありますが、そのプロセス自体が、現場との共通言語をつくり、技術理解を深める重要な学習機会になります。
 

成果は「結果」ではなく「学び」にある

PoCの結果は、必ずしも「成功」とは限りません。しかし、量子導入では、“成功・失敗”の単純な評価ではなく、「何を学べたか」「次に何を試せるか」が重要です。

たとえば、「この課題には現時点の量子技術では適さない」と判断できれば、それは貴重な戦略的知見です。逆に「この部分には量子技術が適している」と見えれば、次のステップとして具体的な活動計画や投資の方向性を検討できます。

PoCのプロセスで得られる「手触り感」を通じて、技術と事業のギャップを橋渡しすること。それが、量子ビジネスの中核を担うリーダー人材の育成にもつながります。
 

デロイト トーマツが支援する量子PoC

私たちデロイト トーマツは、量子技術における戦略策定からPoC設計、パートナー選定、実証運営、評価、実装までを一気通貫で支援しています。特にPoCの初期段階では、企業側が想定していなかった課題や盲点が顕在化するケースも多いため、第三者視点を持つコンサルタントと量子専門人材によるPoCが効果を発揮します。

さらに、私たちは世界各国の量子スタートアップやアカデミアと連携しながら、企業の課題に即した最先端のアルゴリズム選定やマシン選定も実施しています。量子スタートアップといっても、得意領域は化学、金融、アルゴリズムなどさまざまです。そのため、どんな実証を行うかによって適切にパートナリングしていく必要があります。デロイト トーマツは第三者的に選択が可能です。

短期的なPoCの繰り返しにとどまらず、長期的な戦略設計と人材育成を視野に入れた包括的支援も行っています。
 

PoCから生まれる、次の問いへ

量子技術は、いまや「検討対象」から「実証段階」へとフェーズを移しつつあります。とはいえ、その道のりは一足飛びではなく、一つひとつのPoCを積み重ねながら進むものです。

PoCの本質とは、未来に向けた“問い”を深め、組織がそれに“触れる”プロセスそのものです。そしてその問いが、やがて新たな事業戦略や価値創出へとつながっていくのです。

未来の競争優位は、PoCから始まる。私たちはその最初の一歩を、企業の皆さまとともに歩みたいと考えています。
 

※本ページの記載情報は記事公開時点のものです。

補足)
文中、量子力学の原理を利用したハードウェアを指す場合は「量子コンピュータ」、ソフトウェアや理論など、量子コンピュータを使った計算手法や技術全般を含む場合は「量子コンピューティング」、更に量子暗号通信や量子センシングなども含む場合は総称して「量子技術」記載しています。
 

執筆者

寺部 雅能/Terabe Masayoshi
デロイト トーマツ グループ 量子技術統括

日本の量子プロジェクトを統括。
自動車系メーカー、総合商社の量子プロジェクトリーダーを経て現職。量子分野において数々の世界初実証や日本で最多件数となる海外スタートアップ投資支援を行い、広いグローバル人脈を保有。国際会議の基調講演やTV等メディア発信も行い量子業界の振興にも貢献。著書「量子コンピュータが変える未来」。ほか、経済産業省・NEDO 量子・古典ハイブリッド技術のサイバ-・フィジカル開発事業の技術推進委員長など複数の委員、文科省・JSTの量子人材育成プログラムQ-Quest講師、海外量子スタートアップ顧問も務める。過去に、カナダ大使館 来日量子ミッション・スペシャルアドバイザー、ベンチャーキャピタル顧問、東北大学客員准教授も務める。
 

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