デロイト トーマツでは、2025年シーズンも継続して国内のフォーミュラカーレースのトップカテゴリーであるスーパーフォーミュラをはじめ、国内外のさまざまなレースカテゴリーで活躍をしているトムスレーシングチームに対し、レースデータ分析プラットフォームの開発や戦略決定を支援するソリューションの提供などを行い、チームがレース戦略上のアドバンテージを獲得できるよう取り組んでいます。
2023シーズン、2024シーズンの2年連続のドライバーズチャンピオンの獲得、2025年シーズンはシーズン3勝を挙げ、ドライバーランキング2位・チームランキング3位を獲得したトムスチームの活躍を支えています。
本記事では、2025年に開催されたレースの写真を交えながら、トムスレーシングチームとの協働におけるデロイトトーマツの活動と、レース現場でのデータ活用の取組みとドライバーとエンジニアのコメントを紹介します。
※ 社名・肩書き等はインタビュー当時のものです
2021年以降、デロイト トーマツはトムスレーシングと協業し、国内フォーミュラカーのトップカテゴリーであるスーパーフォーミュラ(SF)およびその下位カテゴリであるスーパーフォーミュラライツ(SFL)を対象として、レースエンジニアやドライバーの支援を行うソリューションの開発やシステムの構築に取り組んできました。
レース中のタイムデータを様々な切り口でリアルタイムに分析するプラットフォームをクラウド上に構築しました。これにより、フリープラクティスや予選でのリアルタイムな分析によるセッティングの効率化や、決勝レースにおける各車両のタイム差の推移やタイヤ交換による順位変動の予測等といった情報を活用することで、レース中のドライバーとエンジニアのコミュニケーションの円滑化や迅速な意思決定に役立てています。
VANTELIN TEAM TOM'S
#1 ドライバー
坪井 翔 様
5歳の頃からカートをはじめ、多くのタイトルを獲得。その後もスカラシップを獲得するなど活躍を続け、2015年から始まった、FIA-F4選手権では初代チャンピオンとなった。
2016年から参戦していた全日本F3選手権では2018年に、19戦中17勝を上げ、チャンピオンとなった。
SUPER GTでは、2017年よりSUPER GT GT300クラスへ参戦し、2019年よりSUPER GT 500クラスへステップアップ。2021年にGT 500クラスで初めてチャンピオンを獲得。その後も、23年、24年、25年にチャンピオンを獲得し、前人未到のGT500クラス3連覇を果たした。
SUPER FORMULA では、2019年より参戦し、翌年には2勝を挙げ、ランキング3位。2024年シーズンからトムスへ加入し、ドライバーズチャンピオンを獲得。2025年シーズンは2勝を挙げドライバーランキングにおいて2位を獲得、最終戦まで昨シーズンのチャンピオンらしい力強い走りによる首位争いを演じた。
VANTELIN TEAM TOM'S
#37 ドライバー
サッシャ・フェネストラズ 様
生まれはフランスだが、父はアルゼンチン人ということもあり、アルゼンチンとフランスの2国籍を持つ。7歳からカートを始め、両国でのカートの経験を経て2015年より拠点をフランスに移す。その年のフランスF4選手権において3勝を挙げ、シリーズ2位で終える。2年後、フォーミュラルノー・ユーロカップを制した。2018年にはヨーロッパF3選手権に参戦し、同年参戦したマカオグランプリで3位となった。
2019年から1度活動の拠点を日本に移し、SUPER GT300クラスと全日本F3選手権へ参戦。その年の全日本F3選手権でチャンピオンを獲得。2020年にSUPER GT GT500クラスとSUPER FORMULAへステップアップ。2023年から2024年は日本を離れ、フォーミュラEをフル参戦。今シーズンより3年ぶりにSUPER FORMULAへ復帰し、トムスへ加入。第9戦富士大会の予選でポールポジションを獲得。決勝レースは悪天候により、開始からSC先導のままレースは終了したが、2022年以来の自身2度目の優勝を飾った。
VANTELIN TEAM TOM'S
#1 レースエンジニア
小枝 正樹 様
2007年1月入社。スーパーフォーミュラ「VANTELIN TEAM TOM’S」1号車担当のレースエンジニア。手作業でのデータ入力・分析を長く経験してきただけに、アナリティクスの威力を肌身で実感している。
VANTELIN TEAM TOM'S
#37 レースエンジニア
大立 健太 様
2017年入社。スーパーフォーミュラ「VANTELIN TEAM TOM’S」37号車を担当するレースエンジニア。アナリティクスの導入で「ドライバーとエンジニアが勝負に全力集中できるようになった」と喜ぶ。
VANTELIN TEAM TOM'S
パフォーマンスエンジニア
金 三二 様
2011年入社。日本のレース界をもっと強くするためには「戦略性」のテコ入れが必須というのが持論。強い思い入れを持って取り組んでいる。
合同会社デロイト トーマツ/リスクアドバイザリー
坂本 章弥
鉄道系SIer企業のDX部門を経て現職。鉄道運航データをもとにした列車遅延時分の予測や保険会社へのAIシステム導入など、AI技術を用いたデータ分析及びAI・分析技術の業務適用を強みとする。本取り組みでは、レースタイムデータの分析・ダッシュボード構築に従事。
合同会社デロイト トーマツ/リスクアドバイザリー
星 貴史
グラフィックデザインの経験をベースとしたUX/UIデザイナーとして、ユーザー調査からデザインへの落とし込みまでワンストップでのプロセス実施を強みとする。特に情報を整理・集約し、確実かつ迅速にユーザーへ届けるダッシュボード系UIに関して多くの経験を有し、社内システム開発や社外提案に従事。
合同会社デロイト トーマツ/ファイナンシャルアドバイザリー
川口 東馬
大学では計量経済学を専攻し、パネルデータ分析による事象の因果関係の特定を強みとする。本取り組みでは、主にレースシミュレーションの改善に従事。
――サッシャ選手は今シーズンから、坪井選手は昨シーズンからトムスチームに加入しましたが、レースの中でレースデータ分析プラットフォームをどのように活用していますか?
【坪井選手】
各レースの前には、前回のレースで自分はどこが早くてどこが遅かったのか等を振り返るようにしています。移動中の新幹線などでも、気になった走行があるとその時のデータを確認して次のレースの参考に使っています。
レースが始まってからは、予習してきたものが実際に走ってみてタイムとしてどう出ているのかを見ながら、レースをどのように進めていくかを決めています。
【サッシャ選手】
フリープラクティス(FP)でのウォームアップでタイムの推移などをデータ見ながら分析しています。チームメイトの坪井選手がピークグリップまで持って行くのにどれくらいプッシュするのか、自分がそれに比べてどうなのかチェックしています。また、他チームのデータもリアルタイムデータで確認することができるため、例えばホンダチームの車両が速かった場合、どのようにウォームアップしているかなども参考にして、自身の走行に活かしています。
――今シーズンも引き続きレースデータ分析プラットフォームを活用頂いていますが、車のセッティング等レースの意思決定に貢献したシーンはありましたか?
【小枝エンジニア】
導入以降、FPや予選のレースでのタイムの出方、自分たちはどこのセクターが早い・遅いとか、ライバルの車に対してどこが強みになっているのか、走行後すぐにデータとしてまとまっているので、ドライバーとすぐに検討・分析できるのが大きいと感じています。
昨シーズン坪井選手が新たにトムスチームに加入し、トムスのマシンに自身のドライビングをアジャストしていく必要がありましたが、各レースでリアルタイムにデータを見ながらエンジニアとコミュニケーションとることで、ドライビング・セッティングを進める上で助けになったのではないかと思います。
また、今シーズンは供給タイヤの変更がありました。結局レースはタイヤをどうやって使っていくかにかかっているので、タイヤの変更がレースに与える影響はとても大きくなります。タイヤのスペックが変わると車のキャラクターが別ものになってしまうくらい支配的な要素になります。そのため今シーズンはセッティングをタイヤの特性に合わせてアジャストする必要がありました。開幕戦では特にそのセッティングに苦労し、方向性を変えなくてはいけないということもありましたが、レースタイムのデータをリアルタイムに分析できたことで効率的にセッティングを行うことができました。
【大立エンジニア】
前回の菅生でのレースが印象に残っています。
菅生でのFPでは雨が降っておりコンディションが悪い環境下で、セッティングを決めていく必要がありました。コンディションが悪いとタイムのばらつきが大きくなりタイムデータの分析がより重要になります。ダッシュボードの導入によりリアルタイムでこれらの分析結果を確認できるため、今タイムが上がってきたのは自分たちだけなのか、それとも他チームも上がってきているのか、このタイムが出てきていれば問題ないかなど、イレギュラーなコンディションでも自分たちのセットアップの良し悪しを判断できるというところはすごく助かりました。
――レースデータ分析プラットフォームを導入するまでは、どのような形でこれらのデータ収集・分析をおこなっていましたか?
【大立エンジニア】
これまでレース主催者側から提供されていたデータはサーキットごとにフォーマットが異なっており、自分たちで可視化・分析する際は、マクロ等を組んで対応していました。しかし、リソース的にも限界がありベストタイムを見られるくらいのものでした。
【小枝エンジニア】
なので、当時は各セッションで自分たちがリアルタイムで確認した内容だけしかドライバーとコミュニケーションがとれませんでした。ビデオなどを見ていてもリアルタイムで把握できる状況にも限界がありますし、ドライバーが知りたいことに答えることができないことも多々ありました。今は、レースタイム分析プラットフォームがあるため、仮に自身でセッション中に見ることができていない・把握していないような内容をドライバーに聞かれた際にも、データ分析プラットフォームで一緒に振り返ることができるようになりました。
【大立エンジニア】
ヨーロッパの主なレースでは、レース主催者側からのフォーマット化されたデータの提供が行われており、分析結果のリアルタイムでの活用が当たり前の環境になっている中で、日本の状況は少し遅れていると言えるかもしれません。
日本の別のレースでは、各メーカーからデータや分析結果が提供されているものもありますが、スーパーフォーミュラでは、メーカーの関与を減らし統一フォーマットの中でチームごとの強みで争うのが軸となっているので、メーカーからの供給があまりないです。
その中で今では、リアルタイムでデータの分析を実施・活用できているということはチームとして一つの強みになっていると思います。
――エンジニアの方々がレースデータ分析プラットフォームを活用し、リアルタイムでの分析・意思決定をされていますが、ドライバーとしてもそれらの恩恵を感じることがありますか?
【サッシャ選手】
レースごとにエンジニアの方でタイムの推移などをレポートとしてまとめてくれていますが、本来体裁をまとめるのに1,2時間かかっているような作業がダッシュボード画面を貼り付けるだけになって、(大立エンジニアに向けて)助かっているよね?結果、(それらの作業の短縮化が)コミュニケーションのスピーディーさにもつながっていると思います。
【大立エンジニア】
(笑)
【坪井選手】
ドライバーとしては、自分のセクタータイムや、他チームがアタックしているのか等、色々なデータをすぐにでも知りたいと思っています。セッション間の時間が短い中、本来エンジニアがこれらのデータを整理するのはすごく大変な作業になると思いますが、この分析プラットフォームでいち早く状況の把握ができて次のセッションに活かせるというのはありがたいです。
(私はスーパーフォーミュラに参戦して長いですが、)もっと早くこのシステムがあったらとは思いますね。以前の所属チームの場合、それらの分析はその日の終わりか、早くても次のセッションのギリギリにデータをもらうようなことが多かったです。また、エンジニアも少ないリソースの中で作業して頂いているので、自分がこんなデータが見たいと要望を出すと別の分析がおろそかになるなど、必要なコミュニケーションを短い時間の中行うのが難しいこともありました。今は、エンジニアの方がそういった部分に時間を取られていない分、時間がないなかでも密なコミュニケーションが可能になっていると感じています。
――レースデータ分析プラットフォームにより、ドライバーとエンジニアでいいコミュニケーションがとれているとのことですが、実際にレース中ではどのようなコミュニケーションをとっていますか?
【小枝エンジニア】
レースを行う上では、“セッティングありきでドライビングをどうするのか、ドライビングありきでセッティングをどうするのか”を相互で考慮が必要となるため、エンジニア・ドライバーでコミュニケーション取りながら調整を進めていきます。その際に、実際のデータをリアルタイムで確認しながら、「このセクターはタイムが出ているが、こっちのセクターがうまくタイムがでていない。じゃあこっちのセクターのタイムを上げるためにはどうするのか」のような具体的な会話をすることができています。
――エンジニアとのコミュニケーションをとるうえで意識していることはありますか?
【坪井選手】
私は必要最低限の会話でエンジニアとコミュニケーションを取ることが大事だと思っています。
ドライバーとしては、全てのシーンでコンマ1秒でもタイムを縮めたいという思いがあり、どうしても多くのことを要求しがちになってしまいます。そうすると議論が発散してセッティングがどんどん間違った方向に進んでしまうなんていう経験も多くしてきました。今は走行後すぐにデータの分析結果を確認できるため、自身でしっかりとデータを噛み砕いた上で、エンジニアと大事な部分だけをしっかりとコミュニケーションすることができるようになっています。
また、「感覚は良くないけど、タイムは出ている」なんてこともあるのですが、しっかりとエンジニアの方が数字を根拠に説明してくれるのでドライバー側も受け止めやすいです。
――今シーズンからサッシャ選手(アルゼンチン出身)がチームに加入しましたが、ヨーロッパで活動している海外出身選手とのコミュニケーションで苦労する点もありますか。
【大立エンジニア】
先程も話にでましたが、ヨーロッパのレースでは、オーガナイザーから各チームにデータがデリバリーされるのが一般的となっており、アナリティクスツールも普及しています。そのため、海外のドライバーはデータに対する要求が非常に細かく、ベストラップだけでなくタイムの落ち方やセクタータイムの推移、他車との比較など、リアルタイムでの情報提供が当たり前という感覚があると思います。そういう意味では、海外のドライバーが日本のレースに参加するのはハードルが高くなっているように思います。それがこのレースデータ分析プラットフォームのお陰で、データをもとにしたドライバーとのコミュニケーションが問題なく実施できるため、すんなりと受け入れることができています。
【小枝エンジニア】
私も、海外のドライバーと組んで何度もやってきましたが、海外のドライバーは日本のドライバーと比べて主張が激しく自分の意見ややりたいことを積極的に伝えてくる傾向にあるように感じます。こうした細かい要求に対して、リアルタイムでデータを提示した上でエンジニア側の意見を伝える事ができるため、コミュニケーションの円滑化に役立っていると思います。“当時このレースデータ分析プラットフォームがあれば!”と感じます。(笑)
――これまで、フリープラクティスから予選のシーンでレースデータ分析プラットフォームを活用しどのような意思決定がなされているか伺わせていただきましたが、決勝レースの進め方にも何か変化はありましたか。
【小枝エンジニア】
決勝ではラップタイムだけではなく、タイムギャップなどのデータを見ながらライバルとの位置関係をしっかり把握することがすぐにできています。チャンピオンを目指し、なるべく上位で終えたいという中で、注目しなくてはならない車の状況をしっかりと把握できるのは大きいです。
【金エンジニア】
レースデータ分析プラットフォームを導入してから、私の方でStrategyのエンジニアを専任で担当しています。私は基本的に自チームの車両のパフォーマンスではなく、他チームのタイムやアクションのタイミングなどを逐次ウォッチしています。その中で他チームの状況を分析・共有し、ドライバー・レースエンジニアと決勝レースの組み立て方・戦略を考えるのが私の役割です。
そもそも他車の分析に注力し、戦術面での役割を専門で行うポジションを設けているチームは少ないと思います。
これまではデータが整備されておらず、データ活用でこういうことができたらと考えていたことが、戦略検討に必要なデータの分析をリアルタイムで実施できるような環境を作っていただいたことで、これらの役割でチームに貢献できていると思います。コースや季節により気温の変化によって全く違う結果が出ますし、セッション数が少ない中で、昨年度のデータとの比較等など分析がしやすくなっているおかげで、決勝レースで戦うべき相手をしっかりと分析できています。
【大立エンジニア】
結局は時間がない中で必要なデータを欲しい形でリアルタイムに分析できるような環境を構築できたというところに戻ってくるかなと思います。そのおかげでこういった専任のポジションを設けて有利にレースを進めることができています。タイムデータだけ追っかけているだけであればエンジニアが実施すればいいだけですが、そうではないことを可視化して実現できるようにしていただけているのっていうのはやっぱ1番大きいです。
――これらの役割を設定できていることが、レースにうまく働いていることがわかります。
【金エンジニア】
今年度はチームの2台が近い位置にいるケースも多く、レース中にとるべき選択が間違えられなくなりますし、選択を間違えてしまうと大きく展開が変わってしまうリスク(例えば、同チームの車が同じタイミングでピットインを選択するとピット作業が混雑しタイムや順位に大きく影響を及ぼす可能性があるなど)がありますので、私が状況を常に整理して情報を持っておくことでそのリスクを減らすことにも貢献できていると思います。
各ドライバー、各エンジニアは基本的に自分自身が担当している車が如何に速く走れるかにプライオリティをおいたうえで、ベストを尽くしてくれています。チームとして協力してチームプレイすることができればチームとして武器になるし、そこでぶつかれば自分たちで自滅してしまうこともあるので、そこを俯瞰して状況を把握しているような自分のような存在がいることでチームの助けになっていると思います。
――今シーズンもトムスチームとして既に複数回レースに勝利していますが、印象に残っているレースはありますか?
【大立エンジニア】
ポジティブなレースはあんまり記憶に残らないんですよね(笑)
【小枝エンジニア】
勝てるときは何か劇的なことが起こっているわけではなく、やるべきことをやった結果が勝利という目に見える形で現れるという感じです。
その点では、FPから決勝まで、リアルタイムに分析したデータの裏付けをもとに意思決定をしているので、その判断に確信を持って一つずつセッションを進めることができ、結果的に勝利がついてきているのだと思います。今シーズンの富士の1レース目はまさにそんな感じでした。
――最後に、今後デロイトとの協業の中で将来的に目指しているものはありますか?
【小枝エンジニア】
将来的には、過去のレースやタイムの傾向からどのような戦略を取るべきかを予測するようなシミュレーションが可能になればと考えています。今は勘と経験に頼って判断する部分もありますが、数字の裏付けのもとで示唆をもらえるようになったらいいですね。