デロイト トーマツは、この取り組みを地方創生における「価値交換から価値循環へのシフト」の実践と捉え、構想整理、業務要件定義、既存SaaSと拡張性の高いプラットフォームを組み合わせた実装設計で伴走している。
自治体、地域企業、金融機関、ディベロッパー、スポーツクラブなどにとって、本事例は「コミュニティはあるが持続しない」「会員基盤はあるが参画が広がらない」といった課題に対する具体的な解決の方向性を示している。
地方創生、コミュニティづくり、会員基盤の活性化、地域企業との連携、Web3/DAOの活用――。こうしたテーマに関心はあっても、現場で何から設計し、どこまでをデジタル化し、誰を巻き込めば持続可能な仕組みになるのかまで見通せているケースは多くない。FC今治とデロイト トーマツの取り組みは、その問いに対して、理念先行でもツール先行でもない一つの実装例を示している。
元サッカー日本代表監督の岡田武史氏がオーナーを務めるFC今治。愛媛県今治市に拠点を置き、地域密着型のクラブ経営に加え、新スタジアム建設や教育・地域活性化事業に取り組み、2024年にはJ2昇格を果たした。さらにFC今治高校の開校など、スポーツを通じた社会課題解決とコミュニティ創生を目指している。デロイト トーマツはFC今治に伴走し、地方創生における価値循環モデルとして整理しながら、Web3/DAOを含むデジタルの使いどころを検証してきた。ここでは、FC今治の現場で何が起きているのかをたどりながら、新たに検討する方々の着想のヒントとなるよう、その実装の現在地を描く。
スタジアムを起点にしたコミュニティづくり、と聞くと、まず想起されるのは試合日に集まるファンの熱狂である。だが、FC今治が見据えているのは、その一日限りの高揚ではない。試合のない日にも人が訪れ、走り、歩き、語り合い、ときに地域の課題や可能性を持ち寄る。スポーツクラブを、観戦体験の提供者にとどまらず、地域の関係人口を編み直す拠点へ変えようとする試みである。
その起点にあるのは、サッカークラブの経営論ではなく、地域の未来をどうつくるかという問いだ。FC今治の飛田隆之氏は、企業理念を「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」ことと語る。気候変動、格差、戦争、AIの進化など、社会の前提が大きく揺らぐ時代だからこそ、「従来の仕組みだけではなく、人と人が支え合う共助のコミュニティが必要だと思っています」という認識が、クラブの活動全体を貫いている。
株式会社今治.夢スポーツ 取締役 飛田 隆之 氏 FC今治の2人はオンラインで参加した。
この問題意識に対して、デロイト トーマツは別の角度から重なってくる。デロイト トーマツの杉江薫は、日本の人口減少、とりわけ地方における担い手不足を踏まえ、「これまでの価値交換の仕組みだけでは、地域のサービスや機能を維持することが難しくなっています」と話す。だから必要なのは、商品やサービスを単発で売買する関係ではなく、「地域をよくしたいという思いを持つ人たちが関わり合いながら、価値を循環させていくモデルです」という考え方だ。
合同会社デロイト トーマツ シニアマネジャー 杉江 薫 FC今治のTシャツを着て参加。
ここでいう価値循環とは、単なる理念的な美辞麗句ではない。地域の商品を買う、イベントに参加する、活動を応援する、アイデアを出す、役割を持つ。その一つひとつが次の参加や信頼を生み、地域のなかで関係が連鎖していく状態を指している。FC今治が持つスポーツの熱量と、デロイト トーマツが目指す街づくりの在り方は、この一点で重なっている。
FC今治が目指しているのは、狭い意味でのファンコミュニティではない。ファン・サポーターに加え、パートナー企業、行政、地域住民が多層的に交わり、衣食住を含めた暮らしの基盤を支え合う場へ広げていく構想である。飛田氏は「単なる応援のつながりではなく、暮らしの基盤を支え合える関係に広げていきたいです」と説明する。
その発想の背景には、今治にまだ残る助け合いの文化への信頼がある。飛田氏は「ギブアンドテイクではなく、ギブアンドギブの精神で支え合う文化を、現代に合う形で育てたいのです」と語る。ランニング、アート、畑といった活動を点で終わらせず、面としてつないでいくことで、スタジアムを中心とした地域のエコシステムを育てようとしているのだ。
この構想を現実の活動として支えているのが、2023年1月に開業した民設民営のスタジアム「アシックス里山スタジアム」だ。FC今治はこれを試合日のためだけの施設ではなく、「365日のにぎわいを生む地域拠点」として捉えている。重要なのは施設そのものよりも、その場所が継続的な関係を育てるハブになれるかどうかだ。コミュニティづくりを語る多くの組織がつまずくのは、イベントが単発の取り組みに留まり、関係性の継続的な拡がりが生まれない点にある。FC今治はその継続性を、スポーツを核にした日常の場づくりで乗り越えようとしている。
その構想を具体にした一つがアシックスとの連携から生まれた「アシさとクラブ」である。FC今治の駒田啓人氏によれば、発端は2022年にアシックスがFC今治のウェアサプライヤーになったことだった。「当初から、単なるサプライヤーとクラブの関係ではなく、一緒に何かをつくりたいという対話がありました」と振り返る。特に親和性が高かったのが健康領域であり、2024年にアシックスがスタジアムのネーミングライツを取得したことも後押しになった。
株式会社今治.夢スポーツ 株式会社三井住友銀行より出向 駒田 啓人 氏
活動の中心はランニングやウォーキングだが、それだけではない。スタジアム外周を走る日もあれば、街や島、山へ出かける回もある。継続的に参加するコアメンバーが育ち、その人たちが次の参加者を巻き込んでいく。駒田氏は「会員を管理するというより、会員の皆さんが主体的に関わり、コミュニティの価値を一緒につくっていく状態を目指しています」と話す。
この「参加者が参画者になる余地」に着目して、デロイト トーマツはWeb3/DAOのトライアルを提案した。デロイト トーマツの松田敬之は「イベントの開催者と参加者という固定的な関係を超えて、参加者自身がコミュニティを育てていく仕組みが必要でした」と語る。そこで導入したのが、デジタル会員証、トークン、投票である。ただし、狙いは先端技術の演出ではない。「技術を見せることではなく、コミュニティ運営の中で技術がどう機能するかを確かめたかったのです」という言葉に、今回の実証の本質がある。
合同会社デロイト トーマツ マネジャー 松田 敬之 FC今治のTシャツで参加。
実際、反応は前向きだった。駒田氏は、活動参加やゲーム結果に応じてトークンを付与し、会員が企画を提案し、投票で内容を決める流れを振り返り、「トークンを集めること自体が参加のモチベーションになったという声がありました」と話す。企画提案の仕組みも、事務局だけでは出てこないアイデアを引き出し、投票の過程そのものが盛り上がりや満足度の向上につながったという。
同時に、オンラインの場がオフラインを補完する効果も見えてきた。駒田氏は「普段は前に出ない方が、オンラインでは場を動かしたり、別の強みを発揮したりすることがありました」と語る。顔を合わせるだけでは見えにくい個性や思いが、自己紹介や投稿を通じて共有される。リアルな関係を土台にしながら、デジタルが新しい役割や居場所を生み出すのである。
もっとも、今回の実証で見えたのは成果だけではない。飛田氏は「提案と投票の仕組みだけでも、運営準備や制度設計、ルール整備など、多くの論点がありました」と振り返る。DAOの本質に近い、貢献度や保有トークンに応じて関与の度合いが変わるようなガバナンス設計までは、まだ踏み込めていない。「時間や予算が限られる中で、どこまで実装するかを見極める難しさがありました」という現実は重い。
さらに本質的なのは、仕組みを入れればコミュニティが自動的に動き始めるわけではないという点である。飛田氏は「オンラインツールを用意するだけでは場は立ち上がりません。事務局が最初の着火剤になる必要があります」と話す。中心メンバーに個別に声をかけ、少しずつ場の温度を上げていく。その地道な運営があって初めて、デジタルの仕組みも生きる。
ここにもデロイト トーマツの支援領域がある。松田は「何のためにトークンを使うのか、参加を促すだけでよいのか、貢献度に応じて役割まで変えるのかを整理しなければ、必要なシステムは見えてきません」と語る。つまり論点は、NFTやDAOを導入するかどうかではなく、どのようなコミュニティを設計したいのか、そのためにどの業務をどう定義するのか、その上でNFTやDAOをどう活用するのか、にある。
そのため、実装の発想もスクラッチ開発一辺倒ではない。会員管理、イベント応募、決済といった日常運営の基盤は既存SaaSを活用し、トークンや投票のような柔軟性が必要な部分を拡張性の高いプラットフォームで補う。松田が「ユーザーにとって大切なのは、NFTを使っていることではなく、迷わず参加できることです」と語る通り、技術そのものより体験設計が優先される。
杉江もまた、「コミュニティとして目指す姿や形を共に構想し、業務要件として整理したうえで、必要なシステム要件に落とし込んでいくことが私たちの役割です」と話す。地方創生、会員コミュニティ、企業連携、地域エコシステム――こうしたテーマに取り組む組織にとって、相談すべき論点はツール選定より前にある。誰を巻き込みたいのか。どの価値を循環させたいのか。参加者にどこまで役割を持ってもらうのか。既存業務をどう変えるのか。デロイト トーマツが支援しているのは、まさにその設計の手前と中核である。
今回の事例は、FC今治というスポーツクラブ固有の話に見えて、実は適用範囲が広い。自治体、地域企業、インフラ企業、地域金融機関、ディベロッパー、スポーツクラブ、会員基盤を持つ事業会社など、「人はいるが関係が続かない」「イベントはあるが参画が深まらない」「複数の関係者を巻き込んだ地域エコシステムを設計したい」と考える組織に共通する論点を含んでいる。
解決の方向性として分解すれば、少なくとも五つある。第一に関係性の継続性を持たせるために、参加企業や地域住民をどのように巻き込むか。この時には理念や構想をどのように伝えていくかが大切になり、これは実際のコミュニティ設計においても求められる。第二に、会員管理やイベント運営など既存業務をどう整理するか。第三に、既存SaaSと新しいプラットフォームをどう組み合わせるか。第四に、トークンや投票のような仕組みを、単発施策ではなく継続的な参加設計へどうつなげるか。第五に、その取り組みを特定地域の成功で終わらせず、他地域へ横展開できる方法論にどう高めるかである。
杉江はデロイト トーマツの使命を二つの方向で捉えている。一つは、今治で生まれている価値循環の取り組みを、全国やグローバルの共感者にも届く仕組みに育てること。もう一つは、この実践を他の自治体や地域へ横展開できる方法論として整理し、実装していくことである。「今治でうまくいったから終わりではなく、何が再現可能で、何が地域固有の条件なのかを整理する必要があります」という言葉は、支援の射程をよく表している。
FC今治の挑戦は、コミュニティにデジタルを足す話ではない。人が持つ熱量を起点にし、それを価値循環へ変える設計をどう実装するかという試みである。現場の熱だけでは属人的になりやすく、設計の論理だけでは人は動かない。だからこそ、FC今治の実践とデロイト トーマツの伴走は、地方創生やコミュニティづくりに取り組む組織にとって、有効な相談の入口になる。
会員基盤はあるが参加が広がらない。地域企業や自治体との連携を構想しているが、業務設計とデジタル設計が定まらない。Web3/DAOに関心はあるが、何をどこまで実装すべきか判断できない。杉江や松田はそうした課題を持つ組織にとって、本事例が構想整理から実装、横展開までを一気通貫で考えるべきだという、実務上の示唆となることを願っている。