金融庁および東京証券取引所は2026年7月21日、コーポレートガバナンス・コードの2026年改訂版を公表した。同日、経済産業省からは「成長投資ガイダンス」が公表された。本稿では、2026年のコーポレートガバナンス・コード改訂の背景と主要な変更点を整理するとともに、同日に公表された成長投資ガイダンスとの関係について解説する。
日本のコーポレートガバナンス改革は、2013年6月に閣議決定された「日本再興戦略」を出発点として、成長戦略の一環として進められてきた。
(出所:筆者作成)
2015年のコーポレートガバナンス・コード適用開始以降、2度の改訂を経て、独立社外取締役の選任拡大や政策保有株式の縮減、資本コストを意識した経営の浸透など、日本企業のガバナンス改革は着実に進展してきた。
一方で、改訂を重ねる中でコードに盛り込まれる事項も増え、各原則への対応状況を確認するチェックリストのような運用となり、本来の趣旨よりも形式的な対応が優先されているのではないかとの指摘もみられるようになった。こうした状況を踏まえ、今回の改訂では、コード策定時からの基本的な考え方であるプリンシプルベース・アプローチの趣旨に改めて立ち返り、企業が形式的な対応ではなく、持続的な成長と中長期的な企業価値向上に向けた本質的な取組みに注力できるよう後押しすることが重視されている。
さらに、今回の改訂では、企業の成長に向けた経営資源の配分も重要なテーマとなっている。図表2に示すとおり、日本企業の業績や利益水準には改善がみられる一方、それが必ずしも十分な成長投資の拡大にはつながっていないことが課題として指摘されている。
出所: 経済産業省「成長投資ガイダンスデータ集(抜粋版)」(2026年7月21日)を基に筆者作成
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/value_creation/pdf/20260721_guidance_03.pdf
こうした状況を踏まえ、今回の改訂では、形式的なガバナンス体制の整備からさらに一歩進み、企業が自ら「成長の道筋」を描き、その実現に向けて経営資源を適切に配分するとともに、その考え方を投資家との対話を通じて説明していくことが一層重視されている。
今回の改訂では、企業が持続的な成長と中長期的な企業価値向上に向けた本質的な取組みに注力できるよう、「コンプライ・オア・エクスプレイン」の対象となる原則の内容を概念的かつ抽象的なものに絞り込まれている。
その一方で、各原則への対応を支援するため、具体的な内容や原則の趣旨を記載する「解釈指針」が新設された。従来の補充原則のうち、引き続きコンプライ・オア・エクスプレインの対象とする必要があるものは原則に格上げし、原則を補助する位置付けが適切なものは解釈指針に移し、実務への浸透やルール化などにより必要性が低下したものは削除するという整理が行われている。
出所: 金融庁「第2回コーポレートガバナンス・コードの改訂に関する有識者会議(令和7年度)」(2026年2月26日)を基に筆者作成
https://www.fsa.go.jp/singi/revision_corporategovernance/siryo/20260226/01.pdf
このため、解釈指針に記載された事項はコンプライ・オア・エクスプレインの直接の対象とはならない。ただし、これは解釈指針に移された事項の重要性が低下したことを意味するものではない。企業には、解釈指針を参考にしつつ、それぞれの置かれた状況に応じて原則の趣旨を実現することが期待されている。
今回の改訂の中でも、企業経営との関係で特に重要なのが「経営資源の配分」である。
取締役会の役割・責務として、会社の目指すところに向けた「成長の道筋」を構築すべきことが原則に追加された。さらに、その道筋を実現するため、設備、研究開発、人的資本、知的財産等の無形資産への投資などの成長投資や、事業ポートフォリオの見直しについて、経営資源をどのように配分し、具体的に何を実行するのかを説明することが強調されている。
また、現預金等の金融資産や実物資産についても、成長投資等への有効活用が解釈指針に例示されるとともに、適切な経営資源配分が実現されるよう不断に検証することが求められている。
取締役会については、経営の監督を行うことを含む独立社外取締役の役割・責務を明確にするとともに、その質・数、独立性を確保する重要性が強調された。
さらに、取締役会の審議を活性化する観点から、議長や独立社外取締役を含む取締役を支援する事務局、いわゆるコーポレートセクレタリー等の機能強化も解釈指針に盛り込まれた。リスク管理についても取締役会の責任が強調され、サイバーセキュリティリスクに加え、国際的な経済安全保障を巡る環境変化等の地政学的要因によるサプライチェーン途絶や、技術等の情報流出リスクへの対応が解釈指針に例示されている。
今回の改訂では、有価証券報告書を株主総会前に提出することが、株主総会における権利行使に係る適切な環境整備の重要な例として原則に追加された。解釈指針では、総会開催日の3週間以上前に提出することが最も望ましいとされており、そのために株主総会の開催時期を後ろ倒しすることも含めて検討することが考えられるとしている。
株主以外のステークホルダーとの関係については、人的資本への投資や適切な分配、取引先との公正・適正な取引が、適切な協働の例として解釈指針に追加された。企業価値向上を株主との関係だけで捉えるのではなく、従業員や取引先を含む幅広いステークホルダーとの関係の中で持続的な成長を実現するという考え方が、より具体化されたものといえる。
今回のコーポレートガバナンス・コード改訂では、取締役会が会社の目指すところに向けた「成長の道筋」を構築し、その実現に向けて、成長投資や事業ポートフォリオの見直しを含む経営資源の配分について検討することが重視された。こうした考え方を企業経営や投資家との対話にどのように落とし込むかを示したものが、コーポレートガバナンス・コードと同日に経済産業省から公表された「成長投資ガイダンス」である。
同ガイダンスでは、企業価値向上に向けた成長投資を考えるうえで、「EP(Economic Profit:価値創造)」と「4象限フレームワーク」という二つの考え方が示されている。
EP(Economic Profit:価値創造)とは、企業が投下した資本に対して、資本コストを上回る利益をどれだけ生み出したかを示す考え方であり、概念的には次のように表すことができる。
EP=投下資本×(ROIC-WACC)
出所: 経済産業省「成長投資ガイダンスエグゼクティブサマリー」(2026年7月21日)を基に筆者作成
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/value_creation/pdf/20260721_guidance_02.pdf
ROICがWACCを上回ればEPはプラスとなり、投下した資本が資本コストを上回るリターンを生み出している状態と捉えることができる。
ここで重要なのは、ROICを高めることのみがゴールではないという点である。例えば、不採算事業から撤退したり投資を抑制したりすれば、ROICを改善できる場合がある。しかし、投下資本そのものを縮小し続ければ、企業が創出する価値の総額が必ずしも拡大するとは限らない。
EPを拡大するためには、図表4に示すように、大きく二つの方向性が考えられる。一つは、ROICを高める、あるいは資本コストを低減することによって、ROICとWACCの差(スプレッド)を拡大することである。もう一つは、ROICがWACCを上回る領域に対する投下資本量を増加させることである。
すなわち、単に資本効率を高めるだけでなく、資本コストを上回るリターンが期待できる事業や成長領域に積極的に資本を投下することで、企業全体として生み出すEPを拡大していくことが重要となる。
成長投資ガイダンスでは、PBRとROEを用いて企業の現在地を整理する「4象限フレームワーク」も示されている。
PBRは、企業が保有する純資産に対して市場からどの程度の評価を得ているかを示す指標である。一方で、ROEは株主資本に対してどの程度の利益を生み出しているかを示す。
両者を組み合わせることによって、自社が「収益性」と「市場からの成長期待」の双方の観点からどのような状況にあるのかを捉え、それぞれの状況に応じて成長投資や事業ポートフォリオの見直しを検討することができる。重要なのは、4象限を企業の優劣を決めるための分類として捉えるのではなく、現在地を確認し、どのような資本配分によって企業価値を高めていくのかを考えるための出発点として活用することである。
今回のコーポレートガバナンス・コード改訂と成長投資ガイダンスは、この点で密接に関係している。
コーポレートガバナンス・コードが、企業に対して「成長の道筋」を描き、その実現に向けた経営資源配分を取締役会で検討・監督することを求めているのに対し、成長投資ガイダンスは、その資本配分を企業価値向上につなげるための考え方を、EPや4象限という共通言語を用いて具体化したものと捉えることができる。
上場会社は、遅くとも2027年7月末までに、改訂後のコードに関する事項を反映したコーポレートガバナンス報告書を提出することが求められる。一方、成長投資ガイダンスは法令や上場規則ではなく、企業と投資家が成長投資や企業価値向上について対話する際の考え方を示すものである。
もっとも、今回のコーポレートガバナンス・コード改訂において、「成長の道筋」や成長投資を含む経営資源の配分が重視されたことを踏まえれば、両者を別々のものとして捉えるべきではない。今後、企業には、コードへの形式的な対応にとどまらず、自社がどのような成長を目指し、そのために限られた経営資源をどこへ配分するのかを明確にすることが求められる。そのうえで、取締役会における議論、中期経営計画、経営資源配分方針、開示、投資家との対話を相互に整合させていくことが重要となる。
今回の改訂は、コーポレートガバナンス改革が、体制整備や形式的なコード対応の段階から、ガバナンスを通じて成長投資と企業価値向上を実現する段階へ移りつつあることを示すものといえよう。
金融庁(2026年2月26日)第2回コーポレートガバナンス・コードの改訂に関する有識者会議(令和7年度)
https://www.fsa.go.jp/singi/revision_corporategovernance/siryo/20260226/01.pdf
金融庁・東京証券取引所(2026年7月21日)「成長投資の促進に向けたコーポレートガバナンス・コードの改訂について」
https://www.fsa.go.jp/news/r7/singi/20260721/03.pdf
金融庁(2026年7月21日)コーポレートガバナンス・コード
https://www.fsa.go.jp/news/r7/singi/20260721/01.pdf
経済産業省(2026年7月21日)成長投資ガイダンス
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/value_creation/pdf/20260721_guidance_01.pdf
経済産業省(2026年7月21日)成長投資ガイダンス エグゼクティブ・サマリー
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/value_creation/pdf/20260721_guidance_02.pdf
経済産業省(2026年7月21日)成長投資ガイダンスデータ集(抜粋版)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/value_creation/pdf/20260721_guidance_03.pdf
東京証券取引所(2015年5月13日)コーポレートガバナンス・コード
https://www.jpx.co.jp/news/1020/20150513.html
東京証券取引所(2018年6月1日)コーポレートガバナンス・コード
https://www.jpx.co.jp/news/1020/20180601.html
東京証券取引所(2021年6月11日)コーポレートガバナンス・コード
https://www.jpx.co.jp/news/1020/20210611-01.html