有限責任監査法人トーマツ IPO監査事業部 公認会計士 岡部ᅠ卓弥
2025年上期の株式市場は、年初は2024年からの堅調な流れを引き継ぎ日経平均は40,000円前後での推移が続いたものの、4月にトランプ政権の関税引き上げ策により急落し一時31,000円を下回った。その後各国に課された相互関税に関する交渉の早期進展等、景気後退懸念の緩和により徐々に回復基調を強め、6月下旬には年初来最高値を更新する推移となった。
このようななか、国内IPO企業数(TOKYO PRO Market(以下、TPM)への上場及びTPMを経由した上場を含む)は49社と、2024年上期の61社から12社減少した。特に図表2のとおりTPMを含まない一般投資家向け市場へのIPO企業数は28社と2024年上期の38社から10社減少しており、直近10年の中で最も低い水準となっている。
以下、2025年上期の国内IPO市場の動向と特徴を整理してみることとする。
2025年上期のIPOの主な特徴を要約すると、以下のとおりである。各項目の詳細については後述する。(以下、各項目の企業数及び比率はTPMを除く)
① 市場別・・・グロース市場へのIPO企業数は18社と前年同期の34社から大きく減少。
② 業種別・・・情報通信業8社、サービス業10社と2業種合計が全体の64%を占めた。
③ 発行総額・・・発行総額100億円を超えるIPO企業は3社(前年同期4社)となり、前年同期比で微減しているものの、発行総額1,000億円以上の大型IPOとしてJX金属㈱が上場。また、海外での募集・売出しを実施したIPOは6社(前年同期12社)となった。
④ IPOのタイミング・・・期越え上場数は12社(前年同期22社)となり、全体の43%を占める結果となった。
⑤ IFRS適用によるIPO・・・IFRS適用IPO企業は3社(前年同期1社)となった。
⑥ 時価総額・・・初値時価総額1,000億円以上の企業は1社となり、前年同期の2社から減少した。
⑦ 赤字上場・・・上場直前期の当期純損失企業は4社であり、前年同期の9社から減少した。
① 市場別
直近の市場別のIPO企業数は、図表3のとおりである。2025年上期のプライム市場へのIPO企業数は2社、スタンダード市場へのIPO企業数は5社となっている。グロース市場へのIPO企業数は上場維持基準変更に関する議論の影響もあり18社と前年同期の34社から大幅に減少しており、東証の市場区分(TPMを除く)におけるIPO企業数に占める割合も72%と減少している。なお、TPMへのIPO企業数の増加傾向は継続しており、2025年上期では21社の上場となった(前年同期23社)。
② 業種別
2025年上期にIPOした企業の業種別の内訳(TPMを除く)は図表4のとおりである。サービス業10社、情報通信業8社となり、2業種合計では18社と全体の64%(前年同期:68%)を占めている。ただし、情報通信業は前年同期の13社から5社減少しており、サービス業が最も社数が多くなっている。
代表的な情報通信業では、自動運転・先進運転支援システム等に利用される高精度3次元地図データの生成・販売等を行うダイナミックマッププラットフォーム㈱があり、代表的なサービス業では、産業機械、建設機械及び産業車両等のレンタル事業を行う㈱レントがある。
2024年には下期にリガク・ホールディングス㈱など精密機器業3社が立て続けにIPOしていることも特徴の一つであったが、2025年上期の精密機器業(図表4上では「その他」)では、不妊治療に関する医療機器等の製造販売を行う㈱北里コーポレーションが上場している。
初値と公開価格の倍率が高かったIPO企業は図表5のとおりである。いずれも公募時価総額が20億円~50億円前後のIPOであったが、革新的な技術やサービスにより将来の成長が期待される企業であり、投資家の期待が高い傾向にあった。
一方で、初値が公開価格を下回った公開価格割れのIPO企業数の推移が図表6のとおりである。公開価格割れのIPO企業数は、2025年上期では3社と2024年上期と比較し概ね同水準となっている。
③ 発行総額公募金額及び売出し金額を合計した発行総額レンジ別のIPO企業数は、図表7のとおりである。発行総額100億円を超えるIPO企業は3社であり前年同期の4社に対し微減であるが、発行総額1,000億円以上の大型IPOとしてJX金属㈱が上場している。一方、発行総額50億円未満のIPO企業数の割合は75%と前年同期比では減少しているものの、割合としては高く未だ小型のIPOが多数を占めている状況である。
また、2025年上期に海外での募集・売出しを実施したIPOは、グローバル・オファリング1社、旧臨時報告書方式5社(前年同期はグローバル・オファリング2社、旧臨時報告書方式10社)となった。
グローバル・オファリングを実施したJX金属㈱は発行総額4,386億円にも上り過去5年間で最大の発行金額の大型IPOとなった。旧臨時報告書方式は、5社中4社が発行総額200億円未満と、中型のIPOにおいて株式の一部を海外投資家へ販売する方法が中心となっている。
④ IPOのタイミング
最近はIPOのタイミングが上場申請期の期初から長い企業が多い傾向にあるが、2025年上期も同様の傾向にある。図表9では、2023年上期、2024年上期及び2025年上期の上場申請期の期初からIPOするまでの月数別の企業数を示している。
2023年上期から2025年上期にかけての傾向を見ると、上場申請期の第4四半期期末月(=上場申請期の期初から数えて12ヶ月目)の上場と上場申請期の期初から数えて13ヶ月目から15ヶ月目での上場(いわゆる「期越え上場」)が、他の月と比較して多い傾向は継続している。特に、「期越え上場」の割合については、図表10で示すとおり、2025年上期は43%と2023年上期と同水準となっており、継続して4割を超え高い水準が継続している。これは、業績予想の達成状況を慎重に見極めてからIPOする会社が多いことに起因していると考えられる。
⑤ IFRS適用によるIPO
最近のIFRSを適用して上場した企業は図表11のとおりであり、プライベート・エクイティファンド(以下PEファンド)が株式の大半を保有しているか若しくは資本上位会社がIFRSを適用している会社が中心となっている。IPOマーケットにおいては、PEファンドが多くを出資するケースでは上場する際にIFRSを適用する傾向が見受けられる。
2024年上期は㈱アストロスケールホールディングス1社であったのに対し、2025年上期にIFRSを適用して上場した企業は3社であった。そのうち1社は大型IPOとなったJX金属㈱であるが、そのほか、プログレス・テクノロジーズグループ㈱及びプリモグローバルホールディングス㈱はいずれも公募時価総額200億円未満となっている。
⑥ 時価総額
初値時価総額1,000億円を超えるIPOは、2024年上期は㈱トライアルホールディングス、㈱アストロスケールホールディングスの2社であったが、2025年上期においてはJX金属㈱の1社となった。
3月に上場したJX金属㈱は、半導体材料、情報通信材料の製造及び販売、資源開発、金属の製錬、リサイクルを行っており、半導体・情報通信分野に欠かせない先端素材をマーケットに供給するグローバルトップメーカーである。上場初値は843円(売出価格820円に対し+2.8%)をつけ、初値時価総額は7,826億円となり、直近5年間では2024年10月に上場した東京地下鉄㈱に次ぐ規模となる大型上場となっている。
また、初値時価総額レンジ別のIPO企業数は、図表12のとおりであり、初値時価総額500億円以上のIPOは2社(上述のJX金属㈱の他、㈱北里コーポレーション)となった。2025年上期の初値時価総額500億円以上の企業の割合は全体の7%、100億円以上は全体の46%となっている。
⑦ 赤字上場2025年上期においては、図表13のとおり、上場直前期に当期純損失を計上した企業は4社と2024年上期から減少しており、また割合についても14.3%と減少している。また、上場申請期においても当期純損失の業績予想をしている企業は1社となっている。
2025年上期は、49社(TPMへの上場及びTPMを経由した上場含む)がIPOを果たした。全体としては2022年上期のIPO企業件数と同程度であるものの、そのうち21社はTPMへの上場であり、TPMを除いた一般投資家向け市場へのIPO企業数は28社と過去10年間で最も低い水準となっており、特にグロース市場へのIPO企業数は18社と前年同期の34社と比べ減少が顕著であった。
この背景には、トランプ政権による関税政策の影響で経済環境の見通しが不透明であったことも想定されるが、大きな要因として、小型IPOが多くIPO後に成長が停滞する企業が多いという問題意識を踏まえ、グロース市場の上場維持基準等の見直しが検討されていたことが影響していたものと推察される。実際に一定期間の議論を経て、2025年4月の「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議(第21回)」にてグロース市場の上場維持基準を「上場10年経過後以降、時価総額40億円以上」から「上場5年経過後以降、時価総額100億円以上」に変更する見直し案が示された。こういった議論が行われていたことが少なからずスタートアップの戦略に影響し、IPO時期の再検討等がなされていたものと考えられる。
機関投資家が投資対象とできる規模へ早期に成長することを促すことを趣旨とするグロース市場の上場維持基準変更であるが、当該変更は「上場ゴール」ではなく、「企業成長の通過点としてのIPO」であることを示し、上場後も資本市場を活用の上、持続的に成長し企業価値を高めることを求める象徴的な改正といえる。これにより、今後は上場後の持続的成長を念頭に、未上場の段階からグローバル展開や複数プロダクト展開の推進等によってより強固な成長基盤の構築を推進し、その過程において積極的にM&Aを活用し成長を加速させる等、企業価値向上への取組が今まで以上に活発になることが想定され、今後のスタートアップにはより一層高度化された事業計画や成長戦略、ガバナンス体制の構築が求められる環境になると考えられる。実際に、上場準備企業においては新しい上場維持基準を見据えて成長戦略をより良いものへ見直す動きや上場後の成長を意識してIPO時期を再検討するなどのポジティブな変化もみられている状況である。
また政府においては2022年をスタートアップ創出元年とした「スタートアップ育成5か年計画」にて将来のユニコーン創出100社及びスタートアップ創出10万社を目指し、日本にスタートアップを生み育てるエコシステムを創出することが示されていたが、改めて2025年6月に「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画(2025年改訂版)」が公表された。この中では「スタートアップ育成5か年計画」にて掲げた目標の実現に向け、残る2年で取り組みを抜本強化していく方針が示されている。また上場維持基準見直しに関連し、スタートアップの育成に支障が生じないよう、東証にてクロスオーバー成長資金の供給やM&A等の推進、非上場株式のセカンダリー取引が円滑に行われるためのプラットフォームの創設・活性化を図ることに加え、東証におけるガイダンスの策定を含め、未上場から上場後まで切れ目なくスタートアップの成長を後押しするための支援を実施することが示されている。
このように、成長を支援するための様々な施策が市場や政府から展開され、またスタートアップを取り巻く環境が大きく変わっていく環境は、スタートアップを支えるVC、証券会社、監査法人等のIPO関係者にとっても大きな機会になり得る。日本経済をけん引するようなスタートアップがより多く輩出されるためには、IPO企業のみならず、スタートアップ・エコシステムを構成する関係者それぞれが、この機会を活かしつつ、相互に連携することでスタートアップの持続的な成長を実現する仕組みを考えていくことが重要と考える。
以 上