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バイオ医薬品における新規モダリティと周辺市場の形成

抗体医薬品、CAR-T療法に続く新規モダリティが起こすバリューチェーンの変化と周辺市場の拡大

はじめに

デジタルヘルス、バイオ・創薬領域全般において、スタートアップの資金調達トレンドから、特定技術・ソリューションの新規開発・参入動向を捉え、既存ビジネス拡大機会を探ることが可能である。特に、バイオ・創薬スタートアップは新規モダリティの創出の原動力となっており、ひとたび新規モダリティが上市されると、それらは大きな市場を形成し、同時に業界構造についても大きな変化を引き起こす事がある。本稿では、具体的な新規モダリティに注目し、業界構造への影響について紹介していく。

ゲームチェンジャーとしての新規モダリティの開発

スタートアップは資金調達を行いながら、最先端の技術を以て、社会課題の解決に取り組んでいる。バイオ・創薬分野においても、スタートアップが新規モダリティを開発することで治療選択肢を増やし、社会に大きな影響を与えてきた。mRNA医薬品の研究・開発を行っていたモデルナ(2010年設立)は、2018年に累計調達額は25.7億ドルでIPOを行った1 。当時、世界を見てもmRNA医薬品は上市されていない状況であったが、その後、COVID-19 ワクチンとしてmRNAワクチンが世界中で使用されることとなった。また、CAR-T療法であるブレヤンジを開発したジュノ・セラピューティクス(2013年設立)は、2014年に累計調達3.04億ドルでIPOを行い2 、その後2018年にセルジーン(当時)に約90億ドルで買収された3 。その後、ブレヤンジの開発は継続され、2020年にFDAに承認を受けた。このように、スタートアップは調達した資金を活用して新規モダリティや新規治療法を開発し、医薬品市場を活性化させてきた。

2023年におけるバイオ・創薬スタートアップの調達動向を見ると、グローバル全体の調達額は173億ドルに達し、パンデミック前の2019年の全体調達額である194億ドルと近い水準であった4 。個々の事例を見てみると、シードやシリーズAで1億ドル以上の調達を行ったスタートアップには、新規モダリティ開発を行う企業や医療課題の解決に挑戦する企業が含まれており、今後、モデルナやジュノ・セラピューティクスのように業界を一変させる可能性を秘めている。本稿では、そのようなスタートアップの中から、多重特異性抗体の開発と細胞治療のOff-the-shelf化への取り組みを紹介したい。
 

1:多重特異性抗体

抗体医薬品は、ヒト化抗体作製技術の進展により登場した医薬品モダリティであり、標的へ特異的に結合するという特性から、低分子医薬品では達成できなかった治療法を生み出し、2000年以降に大きく売り上げを伸ばした。2021年の市場規模は1,893億ドルを超え、継続的に成長していくことが予測されている5 。通常、生体内にある抗体は、1つの標的に対して作用にする。しかし、免疫研究の進展、がん免疫療法の登場に伴い、より高度に生体を調節する期待を以て、2つの標的に結合する二重特異性抗体が開発された。二重特異性抗体は、従来の抗体では達成できない細胞同士の架橋、細胞やタンパク質を物理的に近接させる効果、標的の二重阻害等の効果が期待できる。現在までにアムジェンやロシュが抗がん剤や血友病治療薬を上市しており6. 7 、2021年の二重特異性抗体の世界市場規模は38億ドルと見積もられている5 。また、今後も市場成長を続け、2028年の市場規模は129億ドルに達するという予測がある5

臨床で二重特異性抗体の実績が確認されたことを受け、更に高度に生体を調整するために、多重特異性抗体の技術開発が行われている。直近1年では、特に三重特異性抗体を開発するスタートアップに対する動きが目立った。2023年11月に1.3億ドルに調達を行ったスタートアップEyeBio(ロンドン、2021年設立)は、網膜疾患(血管新生加齢黄斑変性症、糖尿病黄斑浮腫)に対する三重特異抗体Restoretを開発している8 。Restoretがタンパク質に結合することで、タンパク質同士の複合体を形成させる、という新たなメカニズムを有する。Restoretは2023年6月にPhase 1/2を開始している。

Harpoon(サンフランシスコ、CA、2015年設立)もまた、Eyebioとは分子設計が異なる三重特異対技術を有し、T細胞とがん細胞を物理的に近づけることで抗腫瘍効果を出す。2024年にメルクに買収された9

抗体医薬品自体の市場成長は継続しており、その中で次世代抗体の開発も進展していくと考える。

 2:細胞治療

細胞・遺伝子治療は、患者の体内で目的の細胞に目的の働きをさせることを目指すアプローチである。その中でも、CAR-T療法は、キムリア、イエスカルタが2017年に上市されて以来10, 11 、大きく市場を伸ばしている。

CAR-T療法は、医療機関で患者のT細胞を採取し、凍結した後、細胞に遺伝子を導入して改変し、再度患者に戻す。患者自身の細胞を使用する必要があり、対応可能な医療施設が限られること、都度製造による製造コスト・製造時間などの課題がある。そこで、健常者やiPS細胞をベースとして、治療用細胞を既製品化する取り組みが注目されている。一部、健常者細胞を利用した臨床試験の結果も出てきている状況にあり、実現可能性への期待も高まっている12

T細胞療法の既製品化を進めるManaT Bioは2023年11月にシリーズAとして1.2億ドルの調達を行った13 。T細胞療法以外にも、血液幹細胞を利用して各種血球細胞のOff-the-shelf化を行うGaruda therapeuticsが2023年2月にシリーズBとして6,200万ドル調達するなど、注目度の高さがうかがえる14

 

以上のように、医薬品の新規モダリティへの期待は継続しており、今後もゲームチェンジを目指すモダリティ開発が進むと考えられる。日本においても新たな遺伝子編集技術を開発するTypewriter TherapeuticsやmiRNA技術を持つaceRNA Technologiesといったスタートアップが存在し、今後の技術進展が期待される。

新規モダリティを支えるプラットフォーム・周辺市場の形成

大きなイノベーションが起こると、周辺市場やバリューチェーンの変化を生み出すことがある。例えば、前項で紹介した抗体医薬品の出現と市場売上の伸長は、医薬品の生産体制を水平分業化へと変化させるきっかけとなった。抗体医薬品を含むバイオ医薬品では、低分子医薬品に比して、生産設備へ大きな投資(低分子医薬品の3~10倍15)が必要となり、自社で生産設備を持つよりも経済合理性が高いためである。この結果、バイオCDMOは、抗体医薬品の売上成長と連動する形で、大きく市場を伸ばし、2021年の世界市場規模は138億ドルと試算されている16 

細胞・遺伝子治療の分野では、CAR-T療法を始めとした新たな治療法が登場しており、これに伴い大手バイオCDMO各社は細胞・遺伝子治療の生産設備への投資を強化している。さらに、細胞・遺伝子治療に特化したCDMOスタートアップも登場している。例えば、Elevate bio(ケンブリッジ、MA、2017年設立)はEnd-to-endの生産設備を持つCDMOスタートアップであり、2023年にモデルナ、ノボノルディスクそれぞれとの提携を発表した17, 18

CAR-T療法の例からもわかるように、現状の細胞治療はその特性上、治療用細胞の製造に患者細胞を用いることが多く、従来の医薬品よりも医療機関と連携する機会が多くなる。このため、基幹病院との連携や大学内・近傍での生産拠点が重要になる。抗体医薬品の生産により業界構造が変化したように、細胞治療においても、最適なバリューチェーンが徐々に構築されていくと考える。

また、遺伝子設計・遺伝子編集・遺伝子送達等の細胞・遺伝子治療のプラットフォーム技術に対する期待も高まっている。遺伝子編集プラットフォーム技術を開発するMetagenomi(エメリービル、CA)は2023年1月に2.75億ドルを調達し、2024年2月にIPOが完了した19 。プラットフォーム技術に関しては、製薬会社だけでなく、CDMOが開発・導入する事例が増えている。細胞・遺伝子治療の性質上、CDMOが研究・開発の上流から関与し、顧客を取り込む流れが進行しているように見受けられ、業界構造の変化がゆるやかに進行していると考えられる。 

まとめ

抗体医薬品、CAR-T療法の新たなモダリティが上市されると、それらは大きな市場を形成し、同時に業界構造についても大きな変化を引き起こしてきた。本稿では、抗体医薬品の登場により成長したバイオCDMO産業に特に焦点を当てているが、抗体医薬品の生産工程に使用されるバイオリアクター、精製工程で利用されるクロマトグラフィー等の市場も拡大している。また、細胞治療に関連するバリューチェーンには、低温輸送およびモニタリング・トラッキング技術、品質管理、クローズド培養システムやシングルユース製品等が求められており、これに関連する技術シーズや自社アセットを有する企業にとっての市場参入機会となりうる。さらに、治療に際して輸送が生じるため、医療拠点と生産拠点の物理的な距離も重要な要素であり、立地などの地域特性を活かして新たなバイオコミュニティが形成されることで、他地域への差別化に繋がると考える。

今後も、スタートアップによる新規モダリティや新規治療法の開発が市場に大きな変化をもたらしていくものと予想する。将来の市場参入機会を検討する際には、このような動向を、医薬品開発に要する時間軸を含めて考慮することが重要である。例えば、既製品化された治療用細胞の研究がますます伸展し、これが上市されたときに、どのような業界変化が起こるかを検討することは、生産、輸送、品質管理、モニタリング技術、地域医療に関連する企業にとっても、大切なステップとなる。こうした考察を継続しながら、将来市場参入への機会を検討していく事が重要と考えられる。

 

本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

出所

1) モデルナ PitchBookの会社情報
2) ジュノ・セラピューティクス PitchBookの会社情報
3) セルジーンのニュースリリース、https://www.celgene.com/newsroom/cellular-immunotherapies/celgene-corporation-to-acquire-juno-therapeutics-inc/ 
4) JP Morgan report 2023「2023 Annual Biopharma Licensing and Venture Report」
5) 経済産業省「国際競争力のある次世代抗体医薬品製造技術開発 中間評価報告書」https://www.meti.go.jp/policy/tech_evaluation/c00/C0000000R05/230710_drug_2st/drug_2st_02.pdf
6) アムジェン「ビーリンサイト」https://www.blincyto.jp/ 
7) ロッシュ「ヘムライブラ」https://www.hemlibra.com/ 
8) Eyebio、ニュースリリースhttps://eyebiotech.com/eyebio-announces-expansion-of-series-a-to-130-million-advances-development-of-restoret-for-retinal-diseases/
9) メルク、ニュースリリース 
https://www.merck.com/news/merck-completes-acquisition-of-harpoon-therapeutics-inc/
10) キムリア承認 https://www.fda.gov/news-events/press-announcements/fda-approval-brings-first-gene-therapy-united-states 
11) イエスカルタ承認 https://www.fda.gov/drugs/resources-information-approved-drugs/fda-approves-axicabtagene-ciloleucel-large-b-cell-lymphoma
12) Chiesa, R.; Georgiadis, C.; Syed, F.; Zhan, H.; Etuk, A.; Gkazi, S.A.; Preece, R.; Ottaviano, G.; Braybrook, T.; Chu, J.; et al. Base-Edited CAR7 T Cells for Relapsed T-Cell Acute Lymphoblastic Leukemia. N. Engl. J. Med. 2023, 389, 899–910
13) ManaT bio PitchBookの会社情報
14) Garuda therapeuticのニュースリリース、https://www.biospace.com/article/garuda-grabs-another-62m-for-off-the-shelf-stem-cell-therapies-/ 
15) 経済産業省「バイオCMO/CDMOの強化について」https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shomu_ryutsu/bio/pdf/011_09_00.pdf
16) Technavio「Global Biologics Contract Development And Manufacturing Organization (CDMO) Market 2024-2028」
17) Elevatebioのニュースリリース、https://elevate.bio/press-releases/moderna-and-life-edit-therapeutics-enter-strategic-collaboration-to-accelerate-the-development-of-novel-in-vivo-gene-editing-therapies/
18) Elevatebioのニュースリリース、https://elevate.bio/press-releases/novo-nordisk-and-life-edit-therapeutics-establish-multi-target-collaboration-to-discover-and-develop-gene-editing-therapies-for-rare-and-cardiometabolic-diseases/ 
19) Metagenomiのニュースリリース、https://metagenomi.co/news/metagenomi-announces-pricing-of-initial-public-offering-3

執筆:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
シニアコンサルタント 鈴木 慶子

監修:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
COO 木村 将之

協力:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
シニアマネジャー 金澤 祐子
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社/Deloitte Consulting US San Jose
Manager Mina Hammura
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
コンサルタント 本多 正樹
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
ビジネスアナリスト 堀内 まほろ

 

(2024.4.10)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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