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丸井グループのウェルビーイング経営の実践録

丸井グループのウェルビーイング経営の秘訣について、Chief Well-being Officerの小島玲子氏に聞いた。

ウェルビーイング経営の先進企業として、丸井グループが挙げられる。商業施設「マルイ」などの小売事業やフィンテック事業などを展開する同社では、近年、経営戦略としてウェルビーイング経営を実践し、様々なステークホルダーの幸福と経済価値の両立を目指している。
ウェルビーイング経営の秘訣について、丸井グループ Chief Well-being Officerの小島玲子氏にデロイト トーマツ グループ 執行役の松江英夫が聞いた。

小島 玲子(こじま・れいこ)
株式会社丸井グループ
取締役上席執行役員CWO(Chief Well-being Officer) 専属産業医

医師、医学博士。大手メーカー専属産業医を約10年務めた後、2011年より丸井グループ専属産業医。14年、健康推進部(現ウェルビーイング推進部)の新設にともない部長に就任、同社の健康経営の推進役となる。19年執行役員、21年取締役CWO(Chief Well-being Officer)、23年より現職。日本で初めて、産業医として上場企業の取締役に就任。著書に『夢中になれる組織の科学 働きがいのメカニズムを解き明かす』(25年)を有する。

丸井グループにおけるウェルビーイング経営とは

松江  丸井グループのウェルビーイング経営について教えてください。

小島玲子氏(以下、敬称略)  丸井グループでは、ウェルビーイング経営を「六つのステークホルダーの利益としあわせの重なりの拡大」と定義しています(下図参照)。2021年には中期経営計画で全社KPIを設定し、ウェルビーイング経営のテーマと財務KPIを連動させて推進しています。

社員向けの施策では、「手挙げの文化」という、自らの意志でプロジェクトや役割に挑戦する風土があります。これは15年以上続いていて、今では88%の社員が自ら手を挙げて何かしらのプロジェクトに参画したり役割に立候補したりした経験があります。

ステークホルダーとの共創を通して新たなビジネス・サービスの創出にも取り組んでいます。例えば、「一人ひとりの『好き』を応援するカード」という、これはお客様が趣味や関心に応じて券面デザインや特典を選択できるクレジットカードです。社員が自身にとっての「好き」を対象にファンと同じ目線で企画し、アニメやスポーツなど様々なデザインを展開しています。まさにお客様の「好き」と社員の「好き」が重なり、利益との両立を目指しています。

図 丸井グループが目指すウェルビーイング経営

出所:丸井グループ「Investors Guides」(2025年1月)

経営層・社員の徹底的な「対話」で生まれた原動力

松江  経営層のみならず、多くの社員が「利益としあわせの両立」に向けて行動しているということですが、我々はこの目的実現に向けた協働を、「ウェルビーイング経営のフレームワーク」のステップ2の「結束化」と呼んでいます。社員が一丸となって取り組みを加速できるようになったきっかけは何ですか。

小島  主体的な企業文化変革への取り組みは15年以上前から行っていますが、加速するきっかけという意味では、2017年の人事評価制度改革が大きいと感じています。以前は売り上げなどの個人パフォーマンスのみが人事の評価対象でしたが、新制度ではチームのパフォーマンス評価と個人のバリュー評価の二軸評価を導入しました。これはチームとしてのパフォーマンス評価は賞与につながり、経営理念を体現した個人は本人・上司・同僚からの360度評価を得て昇進につながる仕組みです。

松江  施策の一つに「手挙げ」方式がありますが、手挙げ後の失敗を恐れてしまう社員はいませんか。

小島  手挙げの取り組みは長い期間をかけて少しずつ人数が増え、当たり前のことになってきました。最近は、打率ではなく「打席数」を行動KPIに設定し、失敗を怖がらずチャレンジできるような環境にしています。行動KPIは挑戦を奨励する目的で設けており、プロジェクトや新規事業コンクールなどへの参加数を打席としてカウントしています。また「Fail Forward賞」という全社表彰制度を設け、惜しくも新規事業撤退に終わったものの、失敗を学びに変える姿勢を評価して表彰し、バッターボックスにどんどん立とうという文化を育んでいます。
 

小島玲子氏(右)と松江英夫(左)

顧客の「好き」と社員の「好き」の結びつきが業績を伸ばす

松江 そうした社員の協働行動の促進(「結束化」)は重要ですが、問題は企業の利益とどう結びつけられるかです。我々はこうしたステップを「経済化」と呼んでいますが、ウェルビーイング活動によって、業績向上につながったという実感はありますか。

小島 長い期間をかけて育んできた個人の主体性の表れの一つとして、「一人ひとりの『好き』を応援するカード」が収益の柱になりつつあります。カードの種類はアニメやスポーツ系、音楽系など多岐にわたります。例えば、「好きを応援するコンクール」で表彰された例として、「ミュージアムエポスカード」があります。博物館好きの社員が提案しました。利用に応じて付与されるポイントの一部を関連する美術館へ寄付できる仕組みで、美術館を応援したいと考える顧客の思いもかなえています。企画した社員の「好き」と顧客の「好き」という気持ちをつなげることで、新しい事業を生み収益につながり始めています。

松江 「好き」を基点に幸福と経済価値を両立できていて、とても面白い取り組みですね。こうした事業に没入して取り組む社員は間違いなくハッピーな状態にありますね。

小島 「好き」とは、推しだけでなく「人と話すことが好き」など、広く捉えて良いと考えていて、昨年、全社KPIに「自分の『好き』を仕事に活かせている社員比率」を設けました。これを現在の約60%から2030年までに75%まで引き上げたいと考えています。

株主を自社のファンにする

松江  ステークホルダーの内、株主は業績重視の傾向があるため、企業には早期に結果を出すことが求められます。ウェルビーイング経営の結果が表れるまでの期間は株主との関係構築に工夫が必要ですが、どのように関係を築きましたか。

小島  そこはまさに現在注力しているテーマです。「この会社が好き」という理由で長期的に株式を保有してくださる個人株主、すなわち「ファン株主」を増やそうと考えています。全社横断プロジェクトを立ち上げ、株主総会の会場にブースを設け、社員自ら「一人ひとりの『好き』を応援するカード」やスタートアップとのコラボビジネスを紹介する活動をしています。社員が企画したビジネスを株主総会会場で知り、これを機に丸井グループを好きだと感じて株主になる、そしてファンとして長期間にわたる関係を築いてくれるような方々を増やす試みです。

松江  ファンにする、という視点がとても大切ですね。こうした「好き」という共通の気持ちがあると立場を超えた新しいつながりになり、双方向なパートナー関係を築くことができるのだと実感しました。

小島  これを私は「情動的なつながり」と呼んでいます。「なぜなのか分からないけれどこの場所が好き」、という言葉にできない無意識の感覚を含みます。情動は英語でエモーションといい、動きを外に出すという言葉の成り立ちからも、行動の源泉なのです。この情動的なつながりを株主との間に築くことを目指しています。

様々なステークホルダーとのつながりでウェルビーイング社会へ

松江  情動的なつながりで様々な立場を超えていき、そしてこれが多層的に広がると日本中がハッピーになり、ウェルビーイングが高まりますね。

小島  まさしくそう思います。ウェルビーイング活動は表層的な取り組みだと思われがちですが、企業が経営戦略の中に位置づけることが重要です。すなわち、自社の状況を踏まえて、自社にとってのウェルビーイング活動の価値や価値創造の流れを定義して、経営戦略として推進するということです。そうすることで、日本全体のウェルビーイングが向上して活力ある社会になることを期待します。

小島玲子氏(左)と松江英夫(右)

ウェルビーイングのジレンマ

この記事は書籍『ウェルビーイングのジレンマ 幸福と経済価値を両立させる「新たなつながり」』から一部抜粋・編集したものです。インタビューの全文は書籍をぜひご覧ください。