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期待を超える監査――AIで進化する、トーマツの価値提供型監査

AI活用が広がるなか、監査の現場も変わり始めている。企業から監査人に寄せられる期待も、以前とは変わった。会計論点に早く答えてほしい——。将来のリスクを先回りして教えてほしい——。企業価値の向上につながる視点まで示してほしい——。そうした声に、監査はどう応えるのか。有限責任監査法人トーマツで監査におけるAI活用を進めるAudit Innovation部長の外賀友明と、同部パートナーの町野浩司に聞いた。

なぜ会計監査にAIが必要なのか

――まず、なぜ今、監査にAIが必要なのでしょうか。

外賀
企業を取り巻く環境の変化は、以前よりずっと速く、激しく、複雑になりました。安定成長が前提だった時代は、要求事項を着実に満たす監査に大きな意味がありました。ところが今は、何が正常で何が異常か、その見極め自体が難しい。企業やステークホルダーから求められるものも、会計論点への迅速な回答だけでなく、将来リスクの先回り、他社事例も踏まえた深い知見、経営課題や企業価値向上に資する視点へと広がっています。そうした期待に応え続けるには、人の力だけでは足りません。だからこそ、AIやデジタルを使って監査を自動化・高度化し、監査人が本来時間をかけるべき仕事に集中できるようにする必要があります。

町野
私自身、長く監査に携わる中で、会計士は数字を扱う仕事であると同時に、言葉を扱う仕事でもあると感じてきました。開示書類も監査調書も、最後は言葉で書かれます。以前は、その言葉の領域をデジタルで上手に扱えませんでした。2016年に東京大学のAI研究者である松尾豊氏のAIセミナーで自然言語処理の可能性に触れ、監査実務も変えられると思ったのが出発点でした。最初は定型作業の効率化から始めましたが、目指したのはその先です。効率化して生まれた時間を、企業の実態をより深く理解・検討し、経営者とよりよい対話をするために使う。AI活用は、効率化のためだけではなく、監査の提供価値を高めるためのものだと考えています。
 

有限責任監査法人トーマツ Audit Innovation部長 外賀友明。AI・デジタル・データ分析を活用した監査変革を推進。

監査の全工程で進むAI活用

――実際には、監査のどのような場面でAIが使われているのでしょうか。

町野
トーマツでは、監査の全工程でAI導入を進めています。監査計画、データ準備、リスク評価、内部統制や実証手続、結果報告まで、それぞれの場面に応じた機能です。たとえば、基準やマニュアル、法人内に蓄積された知見の検索、監査調書の事前レビュー、契約書からの情報抽出、開示内容のチェックなどです。

分かりやすい例が、グローバルと共同開発した監査調書レビューのAIエージェントです。監査調書に記載漏れや考慮不足がないかを、基準書やマニュアルに照らして点検します。導入に至るまでは簡単ではありませんでした。チェックリストの作り込み、多言語対応、用語のチューニング、精度テストを何度も重ねました。それでも取り組んだのは、専門家が文書をレビューするときの考え方をAIで再現したかったからです。人がゼロから全部見直すのではなく、AIが先に論点を整理してくれれば、人はより高度な判断に時間を使えます。

監査そのものに加えて、監査周辺や助言業務でもAI活用は広がっています。たとえば、有価証券報告書のサステナビリティ開示のチェックです。必要な項目と照らし合わせながら、今の開示のどこが足りていないかを整理できる。こうした使い方も、実務では大きいと思います。

外賀
もう一つ大きいのが、知見を引き出すAIです。現場では、基準、マニュアル、過去事例、品質・リスク管理部門の知見など、大量の情報の中から、必要なものをその場で引き出せること自体に価値があります。会計監査人として企業からよく聞くのは、「もっと早く言ってほしい」という声です。小さい論点のうちに分かっていれば、改善・対応策等、打てる手はいくらでもある。だから私たちは、早く兆候を見つけることと、見つけた後にどう対応するかの両方を重視しています。

その延長線上にあるのが、ベテラン会計士の思考を再現するAIです。たとえば議事録に「工場移転を検討する」と書かれていたとします。そのとき、減損の兆候だけを見るのでは十分ではありません。新工場の事業計画は妥当か、移転に伴うシステム立ち上げは大丈夫か、サイバーセキュリティやAIガバナンスまで見た方がいいのではないか。後で問題にならないよう、企業が本当に知りたいのは、その先です。そうした二手、三手先の論点まで提言できる状態を目指しています。

有限責任監査法人トーマツ パートナー 町野浩司。AIを活用した監査ツール開発を担当。

小さく作り、いまやフロント部門の9割超が常時利用

――ただ、AIは作れば使われるわけではありません。現場に浸透させるうえで苦労したことは何ですか。

町野
一番大きかったのは、やはり抵抗感です。会計士は網羅性や正確性を重んじる専門家です。そのためAIの精度に慎重になるのは自然なことです。総論では賛成でも、各論になると「人間の方が正確なのに、なぜ変えるのか」となる。初期のツールは監査の部分的な工程しか処理できず、AIの精度に課題もありました。

そこで大切にしたのは、現場のニーズを徹底的に聞き、小さく作って大きく育てることです。最初から完璧を目指さない。シンプルで、実務の中で自然に使えるものにする。そうして、少しずつアジャイルに監査の流れ全体につないでいった結果、いまはグローバル共通の監査プラットフォームそのものにAIエージェントを組み込み、プラットフォーム上でAI利用が前提になっています。日本で独自開発したAI監査ツールは、フロント部門で91%が常時利用するところまで来ています。

技術面でも工夫が必要でした。AIには誤った答えを返すリスクがあります。そこで、すべてを生成AIに任せるのではなく、従来のプログラムによる機械的な処理を組み合わせてシステム化しています。例えば、情報を探す作業や絞り込む作業はAIに任せ、原文を抜粋する作業はプログラムに任せる形にしました。そうすることで、専門家が安心して使える品質に近づけています。

図:トーマツにおけるAIエージェントの導入状況と特徴

外賀
浸透を支えたのは、トーマツの企業文化も大きかったと思います。オープンでフラットな企業文化が、アイデアの共有の輪を広げることを後押ししました。会計士だけで閉じて考えると、どうしても今の仕事の小さな改善にとどまりがちです。私たちトーマツのAudit Innovationには、AIエンジニアやクラウドエンジニア、セキュリティ専門家、データサイエンティスト、デザイナーやプロジェクト管理の専門家も在籍しています。彼らと議論すると、会計士だけでは出てこない問いや発想が出てくる。そして部門の垣根なく、フロント部門や本部の品質・リスク管理部門と開発が近い距離で協働できることは、トーマツの強みだと思います。

――クライアント側の実感として、どのような変化が生まれると考えていますか。

外賀
監査対応の負担を減らしながら、論点をより早く、より具体的に共有できるようになるはずです。監査の最後に重い論点が出るのではなく、早い段階から一緒に伴走する。それは、経営に資する洞察を提供する監査です。企業の課題や企業価値向上の視点から、先回りした考察とアクションを提言することには、大きな意味があります。

監査実務に根差した独自開発で差別化

――他法人との差別化は、どこにあると考えていますか。

外賀
技術そのものだけを見れば、差はだんだん縮まります。ですから勝負どころは、AIを持っているかどうかではありません。何を取り入れ、どう使い、どんな価値につなげるかです。トーマツには、長年の監査で蓄積してきた本部の知見や、さまざまな業界を見てきた経験があります。公開情報だけでは得られない、現場で磨かれた視点や失敗から学んだ知見を、部門を越えて収集し、AIを介して活用する。そこが強みです。しかも私たちは、業務効率化だけで終わるつもりはありません。企業にとって意味のある洞察まで提供することを重視しています。

町野
日本で独自に開発することで、日本の法規制や商慣習、監査実務に合った形に落とし込めるのも大きいと思います。海外のツールをそのまま持ってくるのではなく、日本で本当に使える形にする。そのためにフロント部門や本部と一緒に開発していることにも意味があります。

――これから1〜3年で、監査におけるAI活用はどこまで進むと見ていますか。

町野
まだエベレストの一合目という感覚です。土台はかなり整ってきましたが、これからもっと情報をつなげていきたい。いまは一つの案件、一つの論点ごとの助言が中心ですが、今後は企業の内部情報、外部情報、業界知見、過去事例やグループの知見を立体的につなぎ、監査人のそばでベテラン会計士がサポートしてくれるような形に近づけたいと思っています。

外賀
最終的に目指しているのは、より早いリスク識別と、より前広な対話です。企業から「早く言ってもらって助かった」と言われる監査です。ただし、リアルタイムに近い形まで持っていくには、技術だけでなく、企業側のシステムやデータの標準化といった課題もあります。だから一気に理想形に行くわけではありません。それでも、AIをチームメンバーの一員として監査に組み込み、人がより深い判断や対話に集中する流れは、確実に進んでいくと思います。

AIは手段、監査の仕事はさらに面白く

――お二人は、この仕事にどのような思いを持っていますか。

町野
私は、監査をさらに面白くしたいです。監査は企業の実態を見て、経営者と向き合い、あるべき姿を問い直す。とても知的で、創造的な仕事です。AIは、その面白さを発揮するための道具だと思っています。ベテラン会計士の知見や暗黙知を広く共有して使えるようにすることで、経験の少ない人でも質の高い思考を巡らせる。その結果、会計士がもっと深い議論や判断に集中できるようにしたいです。

外賀
監査法人に入ってくる人の多くは、もともと「社会を良くしたい」という志を持っています。けれど監査現場では、膨大な作業に追われる中で、その気持ちは見失いやすい。AIには、そうした志を取り戻すための環境を作る力があると思っています。私が大事だと感じているのは、監査人は信頼されるだけでなく、尊敬される存在でなければならないということです。正しいことを指摘するだけなら、ある意味では誰でもできます。でも、正しいことを適切なタイミングで伝え、企業や社会の役に立つ形にまで高めるのは簡単ではありません。AIを使っても、最後に問われるのは人の判断力や対話力です。だからこそ、先人たちが蓄積してきた知見やノウハウを生かしながら、社会や企業の課題解決に貢献したい。AI時代の監査は、会計士を置き換えるものではなく、会計士の役割を引き上げるものだと考えています。

――最後に、この記事を読む方へ伝えたいことをお願いします。

外賀
監査におけるAI活用の本質は、「AIを使っています」という話ではありません。変化の激しい時代に、監査人が本当に注力すべきことは何かを見直し、そのために時間と知見を再配分することにあります。

町野
AIによって監査人の仕事は、さらに深く、さらに面白くなります。定型業務から解放された先にあるのは、企業に寄り添い、先回りして考え、価値を提供する監査です。そのような未来を本気で、国内外の仲間と楽しく実現していきたいと思っています。