2025年度薬価改定について、これまでの中間年の薬価改定との違いを骨太の方針2024で示されたイノベーションの推進・安定供給確保の必要性・国民皆保険の持続可能性の3つのキーワードに照らして解説する。また、次回の中間年改定である2027年度薬価改定の方向性についても併せて考察する。
2025年度薬価改定の話をする前に、「経済財政運営と改革の基本方針(通称:骨太の方針)」について記載することとしたい。国のあらゆる政策は政府方針を踏まえて決定されることが通例であり、この政府方針に相当するものが「骨太の方針」だからである。
2024年6月に策定された骨太の方針20241では、「2025年度薬価改定に関しては、イノベーションの推進、安定供給確保の必要性、物価上昇など取り巻く環境の変化を踏まえ、国民皆保険の持続可能性を考慮しながら、その在り方について検討する」とされている。また、2024年11月に策定された石破内閣における総合経済対策2でも、2025年度薬価改定に関しては、骨太の方針2024の記載を踏まえて対応するとされていることから、2025年度薬価改定では、以下の3点がキーワードになっている。
このため、本稿では、2025年度薬価改定について、上記の3点のキーワードに照らしながら、筆者の厚生労働省在籍時に培った薬事業務経験を活かし、内容を分かりやすく紹介する。また、次回の中間年改定である2027年度薬価改定に向けた考察も併せて行っていくこととする。
2025年度薬価改定の前に薬価改定の仕組みについて触れることとしたい。薬価改定は、保険医療機関・保険薬局や医薬品卸売販売業者(医薬品卸)を対象とした医薬品価格調査の結果を基に実施される。2025年度薬価改定の場合、2024年9月に実施された医薬品価格調査によって得られた納入価3の加重平均値に流通安定のための調整幅と消費税を加味することにより、新薬価が算定される(図1)。
中間年(奇数年)の薬価改定は、偶数年の本改定とは異なり、薬価改定の対象範囲を限定して実施されている。これは、2016年12月に策定された「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」4で「価格乖離の大きな品目について薬価改定を行う」とされていることを根拠としている。これまで、中間年の薬価改定は、2021年度及び2023年度に実施されたが、いずれも全品目の平均乖離率5の0.625倍超(2021年度:乖離率5%超、2023年度:乖離率4.375%超)6の品目を対象に一律に薬価改定が実施された(図2)。
一方、2025年度薬価改定では、2024年12月に策定された「令和7年度薬価改定について」7において、「品目ごとの性格に応じて対象範囲を設定することとする」と示されていることに基づき、医薬品のカテゴリごとに改定対象範囲が設定されることとなった(図3)。
医薬品カテゴリごとの対象範囲の設定は、骨太の方針2024に由来している 改定の対象範囲を見直した結果、改定対象品目数は医薬品全体の53%と前回及び前々回の69%から減少した。医薬品カテゴリごとに改定対象範囲を設定したことに伴い、新薬及び後発薬の改定対象品目数は減少した一方、長期収載品8は著変動が認められなかった(表1)。
ここで、骨太の方針2024に示された3つのキーワードと照らして、今回の改定対象品目数を見てみることとしたい(表2)。イノベーションの推進や医薬品の多くを占める後発薬の安定供給確保の必要性から、新薬及び後発薬の改定対象品目数は過去よりも減少している。一方で、国民皆保険の持続可能性に照らすと、長期収載品の改定対象品目数は増加するべきであるが、従前も約9割の品目が改定対象になっており、既に十分の品目が改定対象になっていることから、増加が認められなかったものである。このため、2025年度薬価改定の対象範囲は、骨太の方針2024で示された3つのキーワードに沿って実施されていることが読み取れる。
中間年(奇数年)の薬価改定は2021年度から始まったが、偶数年の本改定と比較して適用される薬価算定ルールは限定的であった。しかし、前回の2023年度薬価改定では不採算品再算定と薬価改定時の外国平均価格調整が追加され、さらに今回の2025年度では薬価改定時の加算、新薬創出加算の累積額控除が追加されており、本改定時の薬価算定ルールに近づきつつある(表3)。
新薬創出加算とは、一定の要件11を満たした革新的な新薬について、薬価改定時に改定前薬価まで加算、すなわち、薬価が維持される算定ルールである。ただし、後発薬上市後または薬価収載15年後の薬価改定時に過去の薬価改定時に累積した加算額をまとめて控除することとされている(図4)。この後発薬上市後または薬価収載15年後の「薬価改定時」は、これまで中間年の薬価改定は対象外とされていたが、2025年度薬価改定において初めて適用され、21成分46品目が2026年度の本改定を待たずに1年早く薬価が控除されることとなった。
ここで、骨太の方針2024に示された3つのキーワードと照らして、2023年度改定からの薬価算定ルールの変更点を見てみることとしたい(表4)。イノベーションの推進では小児や希少疾患等の効能追加を評価すべく薬価改定時の加算、国民皆保険の持続可能性では薬剤費の削減を目的として新薬創出加算の累積額控除が初めて適用された。また、安定供給確保の必要性では医療上必要な医薬品の採算性の確保を目的として最低薬価が約3%引き上げられている。このため、2025年度薬価改定における薬価算定ルールについても、骨太の方針2024で示された3つのキーワードに沿って変更が実施されていることが読み取れる。
特に今回適用された新薬創出加算の累積額控除は控除額が約562億円12であり、2025年度薬価改定による薬価削減額2,466億円13の約23%と大きな金額を占めており、製薬業界からの不満も大きい。しかし、国が推進する製薬業界の産業構造モデルが、新薬創出加算により革新的な新薬の研究開発投資を早期回収し、後発薬上市後は後発薬への早期置換えにより薬剤費財源を捻出することにあるため(図5)、この産業構造モデルに従うと、後発薬上市後速やかに新薬創出加算の累積額を控除することは合理的であり、また、骨太の方針2024のキーワードを鑑みると、今回適用される可能性は十分にあったものと考えられる。
2025年度薬価改定は、昨今の物価の高騰に加え、医薬品価格調査における乖離率が年々減少傾向にあったことに伴い、薬剤費削減額も減少していたことから、実施されない機運が高まっていたが、2024年12月に策定された「令和7年度薬価改定について」において実施されることが決まった(図6)。
薬剤費削減額は確かに減少傾向にあるものの、年々右肩上がりの医療費の現状を鑑みると、次回の中間年改定である2027年度薬価改定も、政権交代が起こらない限り、実施される可能性は十分に考えられる。ここで「政権交代が起こらない限り」と表記した理由は、2024年12月に立憲民主党と国民民主党が共同で「医薬品不足を解消するための中間年改定廃止法案」を提出したためであり、中間年改定廃止を公約とする両党が政権を取得した場合は、薬価改定が従前の2年ごとの改定に戻る可能性はある。
さて、2027年度薬価改定が仮に実施される場合、適用される算定ルールがどのようになるかを予想してみる。ここで、2024年12月に財務大臣と厚生労働大臣との間で合意された「大臣折衝事項」の記載が参考となる。
この「大臣折衝事項」では、
と記載されており、次回(2027年度)の中間年改定での長期収載品の薬価引下げと市場拡大再算定の導入可能性について触れられている。
2025年度薬価改定での薬剤費削減額は2,466億円であるが、このうち、新薬創出加算の累積額控除が約562億円を占めたことを鑑みると、医薬品価格調査による薬価改定だけでは薬剤費の削減は限界を迎えつつあり、薬剤費の抑制のため、2027年度薬価改定時の算定ルールは偶数年の本改定のものに近づく可能性は十分に考えられる(表5)。
これまで、政府の方針である「骨太の方針2024」と、政策の一つである2025年度薬価改定との関連性が高いことを見てきた。このことから、次回以降の薬価改定については、今後の骨太の方針の記載内容が非常に重要になってくると言える。
2025年度の薬価改定において、中間年改定で新薬創出加算の累積額控除が初めて適用されたことに対し、米国商工会議所から在ワシントン日本大使館に対して抗議の書簡が送られるなど、医療財政の健全化を優先して、薬価下落を助長するような制度改正は、国内医薬品市場を衰退化させるだけではなく、外交問題にも繋がりかねない。
一方で、中間年の薬価改定は必ずしもマイナス影響ばかりをもたらすものではなく、不採算品再算定や薬価改定時の加算等、薬価の引上げルールも併せて適用されている。例えば、小児や希少疾患の効能追加による薬価改定時の加算が偶数年の本改定を待たずに1年早く適用されることや、不採算品再算定が毎年適用される可能性があるなど、中間年の薬価改定があることで薬価の引上げの機会を増やすことができるという見方もできる。このため、特に採算性が高くはない品目を扱っている場合は、不採算品再算定の適用を意識した薬価戦略を取ることが一層重要になってきていると考えられる。
2024年12月に財務大臣と厚生労働大臣との間で合意された「大臣折衝事項」では、中間年改定の在り方について、2025年度末に中間的なフォローアップを実施し、結果を公表するとされているが、引き続き、今後の骨太の方針や厚生労働省の検討状況を注視し、このフォローアップ結果が公表され次第、2027年度の薬価改定の方向性を考察していくこととしたい。なお、本稿で示した考察は、あくまで筆者の厚生労働省で培った薬事業務経験を基に推測したものにすぎないことに留意されたい。
脚注
1:経済財政運営と改革の基本方針2024(2024年6月21日閣議決定)
2:国民の安心・安全と持続的な成長に向けた総合経済対策~全ての世代の現在・将来の賃金・所得を増やす~(2024年11月22日閣議決定)
3:医薬品卸売販売業者から医療機関・薬局への医薬品の販売価格をいう。
4:2016年12月20日付け内閣官房長官、経済財政政策担当大臣、財務大臣及び厚生労働大臣決定
5:薬価と納入価との間の乖離率をいう。
6:2021年度及び2023年度の平均乖離率はそれぞれ8%、7%のため、平均乖離率の0.625倍超である5%、4.375%超が改定対象となる。
7:2024年12月20日付け内閣官房長官、財務大臣及び厚生労働大臣合意
8:後発薬が上市している先発薬を指す。
9:「医療用医薬品の安定確保策に関する関係者会議」で決定された安定確保医薬品のカテゴリA及びBに位置付けられている医薬品を指す。
10:2023年10月18日及び同年11月7日付けの感染症対策療法薬等の安定供給に向けた大臣要請を指す。
11:品目要件及び企業要件の双方を満たした新薬のうち、医薬品価格調査時の乖離率が平均乖離率以下のもの。
12:厚生労働省 「令和7年度薬価基準改定の概要について」
13:厚生労働省 「令和7年度薬価基準改定の骨子」に係る参考資料
杉本 健太郎
パートナー
ライフサイエンス事業ユニット
有限責任監査法人トーマツ
kentaro.sugimoto@tohmatsu.co.jp
廣元 健一
マネジャー
ライフサイエンス事業ユニット
有限責任監査法人トーマツ
kenichi.hiromoto@tohmatsu.co.jp