生成AIの急速な普及を背景に、医師の情報収集が大きく変化しつつある。本書では、医師561名を対象に生成AIの利用実態および製薬企業に求める価値を調査した結果を踏まえ、今後の製薬企業における情報提供のあり方を考察している。
従来、医師の主要な情報収集チャネルはMR、MSL、製薬企業のオウンドメディア、ペイドメディア、PubMedなどであり、製薬企業にとってはこれらのチャネルを疾患領域・製品ごとにどのように組み合わせて情報を届けるかが重要な論点であった。しかし近年、生成AIを活用した検索や情報収集が急速に普及し、医師の情報収集行動そのものが変化し始めている。情報へのアクセス手段が多様化する中で、従来の情報提供モデルが今後も有効であり続けるのか、また製薬企業はどのような価値を提供すべきなのかを改めて捉え直す必要がある。
こうした問題意識のもと、本調査では「現在、医師はどのような情報をどのチャネルで収集しているのか?」を起点に、「生成AIの利用頻度や活用場面」、「生成AIで収集している情報の内容」、「利用にあたっての懸念事項」など、生成AI時代における医師の情報収集実態を調査している。また、「生成AIによって代替される可能性が高いチャネル」や「今後の製薬企業に求める価値・情報提供」についても調査し、その結果を踏まえて、生成AI時代における製薬企業の情報提供モデルの方向性について考察している。
調査結果からは、生成AIはもはや一部の医師が活用する補助的ツールではなく、診療における情報収集・活用の前提そのものとなりつつある姿が見えてきた。このような環境下では、これまで製薬企業が行ってきたMRや自社・外部ウェブサイトを中心に据えた情報提供の価値は相対的に低下すると想定される。これは、短期的な業績に係る問題ではなく、製薬企業が医師に対して、今後どのような価値を提供し続けられるかという、より本質的な構造転換を意味している。
一方で、こうした変化は、製薬企業に求められる価値の中核を一層明確化する。すなわち、医師が真に求めるのは、単に情報そのものを提供することではなく、臨床現場の文脈を踏まえて「適切に問いを設定し」、「複雑な状況下で判断を支え」、「継続的な信頼関係を築く」ことである。これらは、現時点において生成AIが容易に代替し得ない「人」に固有の役割である。
だからこそ、製薬企業の情報提供モデルにおいては、生成AIを前提とした組織設計、データ・システム基盤、コンテンツ管理を高度化しつつ、そのうえで「人」、すなわちMR・MSLそれぞれが介在する価値を再定義することが不可欠となる。目指すべき姿は、単なる情報伝達の担い手ではなく、医師にとってのディスカッションパートナーとして機能する体制への転換である。生成AIが情報アクセスの非対称性を縮小する時代において、こうした「人が介在する価値」をいかに再設計できるかが、製薬企業の競争優位性の維持・強化を左右する重要な鍵になる、と我々は考察している。
なお、本書で示す見解は執筆時点における考察であり、確定的な結論を提示するものではない。日々進化する生成AIに合わせて医師による行動も変化し続けており、それに伴い生成AI時代における製薬企業の情報提供モデルについても継続的な検証とアップデートが不可欠である。執筆者一同は、生成AI時代における製薬企業の情報提供モデルについて、本書が議論を喚起する起点となり、読者の方々との対話を通じて、その内容を継続的に発展させていくことを望んでいる。