脱炭素を達成し地球温暖化を緩和するには、化石燃料をベースにした社会からの転換が必要である。このためには、再生可能エネルギーにとどまらず、水素・アンモニアなどの新燃料、蓄電池や送配電網、エネルギーの電化・効率化、二酸化炭素回収・貯留(CCS)といった、様々な事業が現実化しなくてはならず、そのための研究開発や設備投資への資金供給が不可欠である。しかしながら、このような脱炭素移行に関連する事業における潜在的な資金不足が危惧されている。我が国の第7次エネルギー基本計画においても、「民間資金を最大限活用する形で、電力分野における必要な投資資金を安定的に確保していくためのファイナンス環境の整備に取り組む必要があるi」とされているが、最近のコスト増や政治的・地政学的な状況変化もあり、いまだ困難な問題となっている。
このような事業の多くは発展の初期段階であり、実用化には大きな不確実性が伴うため、しばしば市場で高リスクと見なされ、高リターンが要求されるか、資金が供給されにくくなる。さらには、資金調達コスト増からプロジェクトの採算見込みが悪化、さらなる投資不足を招くという悪循環さえ起こりうる。エネルギー転換は民間資金なしでの実現は不可能である。市場の厳しい見方を変え、プロジェクトの資金調達を容易にする、いわゆる「バンカビリティ」を向上させることで、これを逆回転させ、金融仲介が行われやすくなり、一般事業と遜色のない資金調達コストを実現し、ひいては事業が経済合理性を自然に確保できる、という好循環に導く必要がある。
本稿では、バンカビリティ向上のための方策として、①事業リスクの軽減、②残存リスクへの金融対応、③予見可能性の向上、の三つの柱について議論することとする(図1)。
バンカビリティを向上させるとは、すなわち脱炭素移行プロジェクトのリスクを投資家にとってリターンに見合う程度に限定されるようにすること、と言い換えることができる。投資家の認識するリスク、ひいては要求資本コストを低下させるためには、まずプロジェクトの事業リスクを市場が受け入れられる水準に軽減することが必要となる。
事業リスクとは、例えば、需要に合わせた商品・サービス価格では損益分岐点に達しなかったり、売却量や価格が大きく下落したりすることで、持続可能なビジネスとして成立しないリスクに始まり、政治的なサプライズ、予期せぬ関連政策の変更、規制枠組みの不確実性や、許認可プロセスの事情などにより被る政策的なリスク、研究開発や建設工事の遅延など立ち上げ時のリスク、コスト超過、設備パフォーマンスの不足、運用・保守費用の想定外の高騰など運用時のリスク、などがある。
これらのような点で、グリーン技術と化石技術の間にあるコストと不確実性のギャップを埋め合わせられれば、持続可能な事業と判断できるようになり、投資対効果をより説得力のある形で投資家に訴えることができる。
具体的な手段を整理すると、次のようになる。
(1) 先行投資のリスクと資金負担の肩代わり
研究開発や設備投資など、事業がキャッシュフローを生むのに先行して必要な投資を支援し、イノベーションへの取り組みのリスクとコストを削減することで、プロジェクト立ち上げの障害になる先行投資負担を削減する。これにより、短期的にはプロジェクト開発コストを削減し、長期的にはグリーンなエネルギーシステム全体のコストが削減できるであろう。これらの用途にしばしば政策的に用いられる手段は、制度的・税制的な優遇のほかに、次項で触れる補助金・助成金、低利子/長期貸付などの公的な金融手段がある。
(2) 事業収益安定化の支援や供給インフラ整備による、グリーン商品市場の育成
事業収益に安定的なサポート手段を追加し、価格リスクや需給リスクを継続的に緩和することで、グリーン資産による事業収益が水準・安定度共にGHG集約的な事業と遜色なくなれば、自然と参入者が増え、安定的なグリーン製品市場が確立され事業環境が安定すると同時に、プロジェクトの収益リスクを軽減することができる。例としては、オフテイク契約(買取価格・数量とタイミングなどを契約)、電力購入契約(PPAii)、差額決済契約(CfDiii)などがある。新たなグリーン商品の取引形態を創設・支援するなど、取引市場の育成を行うことも、事業の将来性を担保することになる。
(3) GHG集約型資産へのペナルティ賦課、化石燃料関連の優遇の縮小
カーボンプライシング、すなわち、炭素税、カーボンクレジット、内部炭素価格などの、GHG排出を金銭的に評価する仕組みを導入し、外部性を持つGHG排出のコストを市場経済システムへ内部化して、排出削減を市場の力で促すことができる可能性がある。政府はGX推進戦略の中で、排出量取引制度を2026年度より本格稼働させるとしておりiv、排出枠の割り当て水準や取引品質の確保の方策などの詳細次第ではあるものの、着実な進展が期待されるところである。並行して、政府による化石燃料へのサポートを縮小していくことで、市場へのメッセージはより一貫性を増すと考えられる。
(4) 座礁資産処理・人員の配置転換コストへの支え
カーボンプライシングの導入、技術革新に起因する市場変動(例:安価な再エネやネガティブエミッション技術の出現)、カーボンニュートラル製品に対する消費者選好など社会規範の変化、市場における価値評価基準の変化などの影響により、耐用年数が切れる前にGHG集約資産が価値を失うといった、座礁資産のリスクは避けられない。このリスクは将来予測が困難であり、これを恐れず投資を継続するためには、結果発生した座礁資産に起因する損失や、関連人員の職務転換に対する支援の枠組みを備えることが考えられる。
前述のような、個別の事業リスクの軽減では追いつかない残存リスクとして、例えば、新技術開発の達成可能性、各国政策の見通しの変化や、地政学的イベント、マクロ経済・金融システムにおける不確実性、災害や事故などインフラやサプライチェーンへの影響などのシステミックなリスクが存在する。リスク負担能力を備えた適切なリスクテイク主体にこれを移転することで、より多くの投資ニーズを満たせる形にできる可能性がある。その実現には、残存リスクを適切に扱えるよう設計された金融取引や金融商品と、リスクテイカーとなりうる市場参加者の両方が必要である。
本来は、サステナブルファイナンスの市場を拡大、多様な参加者による分散投資を通した市場全体でのリスク許容量の拡大や、グリーニアム、ESGアルファを求めた投資需要の高まりなどを通して、民間の市場参加者だけで資金が回るのが理想的であろう。しかしながら、現状は、すでに述べたような事業リスク軽減の施策と、ESGリスク管理の上でも、しばしば民間だけではリスクが取り切れないことも多いと考えられる。
ブレンデッド・ファイナンスは、このような状況において、政府部門や、国際的な開発金融機関などが、民間だけでは成立しがたいプロジェクトに対するファイナンス提供者として一部参加することで、民間資金の呼び水とするものである。その手法は様々であるが、国際的な推進組織のコンバージェンスvによれば、次のように類型化される。
加えて、国際機関や政府機関が市中と協調して参加する、結果志向型のファイナンス(サステナブルファイナンスや、インパクトファイナンス)もその一類型とできるだろう。
採用する手法と取引スキームによって、必要な資金源や負うべきリスク、適した対象や民間金融機関の参加の仕方も違ってくる。このため、主導する組織の状況、取引の目的、投資先や協調先の状況、コストとリソース、リスクとリターンの選好など、前提条件を十分に踏まえたうえで検討することが重要であると考えられる。表1は、ブレンデッド・ファイナンスの手法の選択肢の検討を行う際に、とりうる観点をまとめたものであるvi。
脱炭素プロジェクトへのファイナンスは、その社会的な効果が次世代以降にまで及ぶことから、将来時点との最適資金配分の問題とみることができる。長期的な公共投資の評価で用いられるRamsey式はこのような問題にしばしば適用される社会的割引率(Social Discount Rate)の一つであり、次のような変数で構成される(式1vii)。
この中で、純時間選好率ρは、将来の利益やコストを現在価値に換算する際の、時間に対する選好の程度(せっかち度)を示し、高いほど未来の利益やコストをより低く評価することになる。したがって、投資家が脱炭素プロジェクトに(低い割引率による)高い評価を与え、迷いなく資金提供するためには、今資金を投下して、見合いとして実現するポジティブインパクトが遠い未来であっても、気長に待てるような「当てにできる」ものであること、つまり予見可能性があることが、もっとも重要な柱となる。
脱炭素移行プロジェクトは、コストアップや地政学リスクの高まり、反ESGの動きなど、これまで以上の見通しの不確実性に見舞われている。脱炭素とエネルギーに関する長期的視野に立った政策決定とその継続的な実行によって、未来の脱炭素社会の実現に対する信頼感が向上し、プロジェクトの戦略決定のリスクを低減、投資家に透明性と可視性を提供し、プロジェクトの資金調達を促進しうると考えられる。
脱炭素移行プロジェクトが難しい時期を迎えている。その実現可能性を高めるためには、バンカビリティを高め、金融システムの中で持続可能な形で位置づけられる必要がある。それは、事業に対するリスク認識を改善し、残存リスクの受け皿となるファイナンス環境を整備することで、市場資金を十分に呼び込み、脱炭素移行を現実的な経済・社会コストで実現するということである。
政府、投資家、銀行、開発金融機関、国際機関などの関係者が協力し役割を果たす中で、経済社会の脱炭素移行が、市場参加者のコンセンサスとして形成されることにより、予見可能性が向上し、トランジションファイナンスの今まで以上の標準化・共通言語化を進めることができるであろう。このようにして、これまでにない資金供給が市場の力で行われると同時に、将来の持続的で社会的な利益を達成していくことが期待される。
Deloitte Global (November 2023), “Financing the Green Energy Transition, A US$50 trillion catch”
https://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/global/Documents/deloitte-financing-the-green-energy-transition-report-2023.pdf
Deloitte Global (May 2024), “Financing the Green Energy Transition, Innovative financing for a just transition”
https://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/us/Documents/financial-services/us-financing-the-green-energy-transition-innovative-financing.pdf
i 経済産業省 資源エネルギー庁(2025)、「第7次エネルギー基本計画」
https://www.meti.go.jp/press/2024/02/20250218001/20250218001-1.pdf
ii Power Purchase Agreement
iii Contract for Difference
iv 内閣官房GX実行推進室(2024)、「GX実現に資する排出量取引制度に係る論点の整理(案)」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/carbon_pricing_wg/dai5/siryou2.pdf
v Convergence Webページ
https://www.convergence.finance/
vi The Center for Sustainable Finance and Private Wealth at the University of Zurich (2022), “Blended Finance: When to use which instrument? Phase 1: Clusters and decision-making factors” を参考
https://www.csp.uzh.ch/en/research/All-Publications/Blended-Finance-When-to-use-which-instrument.html
vii 大谷他(2013)、「主要先進国等の公共事業評価に適用される社会的割引率」、土木学会論文集D3(土木計画学), Vol.69, No.5 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscejipm/69/5/69_I_163/_pdf