相続税や贈与税を計算する際、まずは、個々の財産の評価を行う必要がありますが、この財産の評価については、原則として国税庁が財産の評価方法を定めたマニュアルである“財産評価基本通達”に基づき評価します。この財産評価基本通達には、非上場株式である場合には、「類似業種比準価額方式、純資産価額方式又はその折衷方式により評価する」など、個々の財産の種類に応じて、詳細にその評価方法が定められております。 しかしながら、この財産評価基本通達には、国税庁による、いわゆる『伝家の宝刀』と呼ばれる財産評価基本通達総則6項(以下、総則6項)という規定が存在します。近年、この『伝家の宝刀』について不動産の評価に対し適用された事案が注目を浴びましたが、本ニュースレターでは非上場株式の評価について、この『伝家の宝刀』である総則6項が適用された事案を解説します。
ご参考 ~財産評価基本通達総則6項(この通達の定めにより難い場合の評価)~
6 この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する
非上場会社X社(以下、X社)の株主であったA氏(以下、A氏)は、生前、X社株式を第三者であるY社(以下、Y社)へM&A(株式売却)しようと考えていましたが、そのM&Aの途中で相続が発生してしまいました。X社株式を相続人B氏ら(以下、B氏ら)が相続し、その後、B氏らは、X社株式をY社へM&Aしています。また、A氏の相続税申告におけるX社株式の財産評価は、財産評価基本通達に基づき『類似業種比準価額方式』により評価し、相続税の申告を行っていますが、この『類似業種比準価額方式による評価』と『M&AにおけるX社株式の売却価格』には10倍以上の乖離が生じています。
その後、相続税申告について税務調査が行われ、X社株式の相続税申告の評価額について所轄税務署長が総則6項を適用し、税務署が依頼した外部鑑定業者が算出した価格に基づき更正処分を行いましたが、B氏らはこれを不服とし、審査請求を行いました。その結果、国税不服審判所において、所轄税務署長の更正処分が認められ、審査請求が棄却(納税者が敗訴)された事案になります。(令和2年7月8日仙台国税不服審判所裁決)
A氏がM&Aの相手先であるY社と秘密保持契約書を締結してから、B氏らがX社株式をY社に売却するまでの時系列は下図の通りです。
X社株式に関する基本合意価格・譲渡(契約)価格、B氏らの相続税申告における評価額、税務署が依頼した外部鑑定業者が算出した価格・その算出方法は下表の通りです。
国税不服審判所では、まず、相続税法における『時価』と財産評価基本通達の位置づけについて説明していますが、その要点は下記の通りです。
次に(1)を受けて、本事案における総則6項の適用可否について説明していますが、その要点は下記の通りです。
最後に、総則6項を適用する場合の本事案のX社株式の評価額について、基本合意価格及び譲渡(契約)価格については、主観的事情を捨象した取引価格とはいえないとし、一方で、税務署が依頼した外部鑑定業者の算出した価格は、適正な算出方法であり、合理性を有するため、相続税法22条における『時価』と認められるとしました。
過去の総則6項事案に関する裁決や判決をみると、『財産評価基本通達に基づく評価と鑑定価格・売却価格との乖離』『税負担軽減の意図があったか否か』『取引の異常性』等を踏まえて、総則6項の適用を判断したように見受けられますが、本事案においては、『税負担軽減の意図』や『取引の異常性』はないと見受けられ、単に『財産評価基本通達に基づく評価と鑑定価格・売却価格との乖離』だけをもって総則6項を適用したように感じられます。この点が過去の総則6項事案と大きく異なるものと考えられます。
本裁決後に納税者から裁判所へ訴訟が提起されているようであれば、その判断を待ちたいところですが、裁判所の見解が判明しない現時点では、1つの財産に対して、時期が近い2時点で2つの価格が生じている、いわゆる『一物二価』のような状況の際には特に注意をする必要があると考えます。
※本記事は、掲載日時点で有効な日本国あるいは当該国の税法令等に基づくものです。掲載日以降に法令等が変更される可能性がありますが、これに対応して本記事が更新されるものではない点につきご留意ください。