借手が使用権資産・リース負債の現在価値の算定に用いる割引率は、貸手の計算利子率を借手が知り得る場合にはこれを利用できますが、知り得ないときには借手が割引率を見積ることになります。通常は、貸手の計算利子率を知りえない場合が多いため、追加借入利子率により割引率を見積もることになります。なお、本記事においては、割引率に関する考察を中心に行っているため、使用権資産の基本的な内容については、デロイト トーマツ グループにて作成しております「リース IFRS第16号ガイド」を参照ください。
追加借入利子率とは「借手が、同様の期間にわたり、同様の保証を付けて、使用権資産と同様の価値を有する資産を同様の経済環境において獲得するのに必要な資金を借り入れるために支払わなければならないであろう利率」のことで、2023年5月に企業会計基準委員会より公表された「リースに関する会計基準の適用指針(案)」においては、次のような利率が例として記載されています。
なお、対象リース資産が不動産である場合には、不動産利回りを重要なインプットとして追加借入利子率の算定を検討できると考えられていますが、説明力や客観性等の観点から、実務上、当該アプローチは取られていないのが現状です。以下では、不動産利回りを用いて追加借入利子率を算定する場合の考え方と実務上の問題点について見ていきたいと思います。
不動産利回りとは一般的には収益還元法を適用する際に用いる還元利回りまたは割引率を指すことが多く、その構成はWACC同様に借入金と自己資金から成り立っているものと考えられています。不動産鑑定評価基準(運用上の留意事項)によると、還元利回りを求める方法として「借入金と自己資金に係る還元利回りから求める方法」が示されており、以下の算式で還元利回りの説明が行われています。割引率においても同様の考え方が示されています。
R = RM × WM + RE × WE
R: 還元利回り、RM: 借入金還元利回り、WM: 借入金割合、RE: 自己資金還元利回り、WE: 自己資金割合
したがって、不動産利回りは、期待収益率がそれぞれ異なる負債と資本の両方を用いて、不動産取引時の資本構成を最適化する市場参加者の見解を反映した利回りとなります。一方、追加借入利子率は借入のみを考慮した利率であり、性質が全く異なるものであるため当該部分に係る調整が必要となります。また、不動産利回りにおいて考慮されていない項目、すなわち、借手の追加借入利子率に影響を与える対象リースや企業固有の要因についても、調整を検討する必要があります。
不動産利回りをベースに追加借入利子率にアプローチしていく場合、主に以下の二点に関する調整を検討する必要があります。
資本に対する期待収益率が含まれることによる調整
対象リースや企業固有の要因
以上のとおり、不動産利回りは追加借入利子率を決定する際に、有用なインプットになる可能性はあると考えられていますが、実務上は、無担保・有担保借入利子率からスタートする方が必要な調整が少なくなり、煩雑さや恣意性を排除したより効果的な算定できるため、不動産利回りをインプットとしての算定は標準実務として行われていないのが現状です。
公正価値の定義が「独立第三者間取引において、取引の知識がある自発的な当事者の間で、資産が交換され得るか又は負債が決済され得る金額」である点を踏まえると、当事者である市場参加者において適用されていないアプローチを利用することは困難であるため、追加借入利子率の算定に不動産利回りを用いることは、現状の実務上は難しいと考えられ、会計監査においても個別の判断になるものと思料します。
なお、いわゆる有利契約・不利契約に関する賃貸借契約に係る無形資産評価においては、市場参加者においても不動産利回りをベースにした検討がなされていますので、当該部分においては、不動産利回りは基準となる情報になります。
デロイト トーマツでは、使用権資産に係る実務対応経験の豊富な会計士・不動産評価のプロフェッショナルが多数所属しておりますので、IFRS適用時及び国内における新リース会計基準適用時の適切なサポートも対応可能です。
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
不動産アドバイザリー
シニアヴァイスプレジデント 成田 正憲
シニアアナリスト 遠藤 友輔