大都市への人流の集中下で、地方自治体は地域振興に頭を悩ませています。経済安保の高まりによる製造拠点の国内回帰によって、半導体や物流センターなどの大規模な設備投資が続いています。これらの投資は地域経済の活性化につながることから、多くの自治体にとって熱望されています。本稿では、産業振興や企業立地施策を戦略的に展開する際の切り札として、「産業連関表」の活用をご紹介します。
こうした企業や製造拠点の誘致を目的として、各地で工業団地の造成や各種優遇策の導入が進められています。一般社団法人日本立地センターの調査によると、企業が立地先を選定する際に重視する要素として、優遇制度の充実や交通アクセス、用地等の受け皿の整備・供給といった項目が重視されており、呼び水の効果が期待されます。
一方で、多額の財源を用いて優遇制度の導入やインフラ整備を先行する自治体が多く、結果として投資回収のために熾烈な誘致合戦が繰り広げられていることも事実です。こうした誘致の結果として、雇用の創出や税収の増加などの経済効果などの成果が見られる地域も見受けられますが、地域内に対する恩恵が十分に得られていないという事例も数多く存在します。例えば、新たに進出した企業による調達元のほとんどが地域外であったり、地域内で生み出された付加価値の多くが地域外に再投資されていたりすることなどが考えられます。
企業誘致などが生み出す地域内の経済効果を最大化させるためには、まずは自地域の経済・産業の特徴や強みを把握する必要があるといえます。このためには、例えば経済センサス等の公的統計から、産出や付加価値の規模の大きい産業(絶対的評価)や、地域内の他の産業に比べて強みのある産業(相対的評価)の抽出を通じた、自地域の産業構造の特徴の把握が考えられます。しかし、このアプローチでは、それぞれの産業のつなががりまでは明らかにすることができないため、一定の限界があるのも事実です。
産業の経済規模や構成比といった概観を把握するための統計表として、産業連関表があります。産業連関表とは、産業間の取引関係を明示し、経済活動の相互依存性を示す統計表で、財・サービスの投入や需要の構造を把握できるという特徴を持ちます。例えば、産業連関表を用いることで、自地域の経済や産業に関する以下の点を把握することができます。
*1 地域内で生産され、地域外や国外へ販売された財・サービスのこと
*2 地域内で発生した需要に対し、地域外や国外から購入する財・サービスのこと
このように産業連関表を用いて自地域の産業を多面的に評価できると、産業振興や企業立地施策を戦略的に展開することが可能になります。例えば、企業立地においては、基幹産業と関連の強い産業や既存産業に与える影響が大きい産業を集中的に誘致することができます。また、こうした評価を踏まえることにより、誘致対象の企業に対し、その企業のニーズに沿ったインセンティブを提供することもできます。
地域の産業特性の把握は、このように個別の政策の検討にも活用することができますが、より大局的な視点での成長戦略の立案においても活用が可能です。例えば、成長戦略を立てる際に重要な視点として、稼ぐ力の強化、資金の域内循環の向上、需要の促進といった3つが挙げられます。これにより、域外から獲得される資金が増加するとともにその域内での循環が実現し、さまざまな産業への資金の供給や、インセンティブ付与による消費の喚起、資金の域内での循環の加速につながります。
【図表1-1】成長戦略に必要な3つの視点
そしてこうした戦略の実現のためには様々な施策の実施が必要となります。例えば、1点目の稼ぐ力の強化のためには、輸出の増加や交易収支(輸出-輸入)の拡大に力点を置く施策が必要であり、域内企業の生産性や付加価値の向上、海外進出の支援、企業の誘致などが該当します。2点目の資金の域内循環の向上施策は、地産地消の推進や域内取引先のマッチング支援が該当し、3点目の需要の促進施策として、地域でのイベントの実施や電子決済に伴う利用者への還元といった施策が考えられます。
【図表1-2】 稼ぐ力の向上による効果
【図表1-3】 資金の域内循環の向上による効果
【図表1-4】 需要促進による効果
【ご参考】産業連関表の構造
このような施策の実施を通じて、稼ぐ力を強化した地域経済のエコシステムを形成することにより、自立発展的な経済構造の構築につながります。地域の稼ぐ力は製造業や観光業など、域外の企業や個人を主な販売先とし、域外からの資金を呼び込む産業を強化することが重要ですが、これらの産業が生産するための財・サービスを域外から調達する割合が高いと、せっかく獲得した資金が域内で循環せずに域外に流出してしまい、期待した効果が得られないこととなります。一方で、獲得した資金を域内で循環させることができれば、域内取引が増加し、関連する産業の就業者の雇用が増加し、域内を対象としたサービス業や小売業も潤い、最終的には地域全体の経済が活性化することになります。
こうした関係性を示したものが図表2となります。域内の取引が増加することにより付加価値の絶対量が増加し、それを分配することで競争力の向上や住民の所得が増加し、さらに域内外の取引が増加し、地域経済が発展していくという構図を作り出すことが可能となります。
【図表2:地域経済のエコシステムの外観】
これまで述べてきたように、産業連関表で地域経済の現状を把握したうえで、地域経済のエコシステムを形成することにより、地域の特色を生かした経済活性化を実現することができます。こうした産業振興施策の展開により、
といったことが想定され、地域経済の活性化につながっていくものと考えられます。
さらに、これらの産業振興施策の定量的な評価を行うことができることから、EBPMの実施にもつなげることができます。全ての産業を強化することは財政的に大きな負担となることはもちろんですが、地域内の全て産業の自給率を向上させることは地域経済に必ずしもプラスとはならないため、定量的な評価を通じた強化領域の取捨選択が求められます。
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デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
エコノミクス
マネージングディレクター 増島 雄樹
マネジャー 宮原 拓也
(2025.1.15)
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