調査レポート

ファミリーエンタープライズの転機:ファミリービジネスの将来

売却やその他の出口戦略のオプションにどのように備えればよいか

将来的に、ファミリーエンタープライズ売却の可能性を出口戦略として考える場合、売却に対する準備の良し悪しが、売却への関心、バリュエーション、条件の度合いに影響を与えることになります。ファミリーメンバーの要望やニーズ、様々な選択肢や機会を理解することにより、ファミリービジネス及び個々のニーズにとって最適な道を株主が選択できるようになります。

素晴らしいものを創り上げると、手放すのがつらい場合があります。自分の作品を売ることに思い悩む芸術家は多く、作品の評価が自分と同じではないと思われる相手には売ることを拒む芸術家もいるぐらいです。
このようなことは、多くのファミリービジネスの創業者にもよく見られる難題であり、自分のビジョンを実現するために懸命に働いてきたがゆえに、ファミリービジネスを一族以外の誰かの手に委ねることなど創業者には想像もつかないのです。ファミリーエンタープライズを対象としたデロイトのグローバル調査では、自社のリーダーシップ承継の選択肢として、第三者への完全な売却やIPO(新規株式公開)が望ましいと答えた回答者は10人に1人にとどまりました。

しかし、ファミリービジネスのオーナーシップのライフサイクルは複雑であり、全部であれ一部であれ、オーナーシップを手放すという決定は、個々のファミリーメンバーの要望やニーズによって左右されることが多いのです。ファミリーエンタープライズの次世代が承継には興味がない、あるいは承継の準備ができていない場合もあるでしょう。また、複数のパートナーやファミリーメンバーが関与し、その多くが様々な意欲を持っている場合もあるかもしれません。

ファミリービジネスを継続的に成長させたいと考える人もいれば、持ち株を現金化したいと考える人もいるでしょう。ファミリーエンタープライズの将来に売却の可能性がある場合、売却に対する準備の良し悪しが、売却への関心、バリュエーション、条件の度合いに影響を与えることになります。様々な選択肢や機会を十分に理解することにより、ファミリービジネス及び個々のニーズにとって最適なルートを株主が選択できるようになります。

流動性とコントロールのバランス

これまでのテーマの中でも、ファミリーの戦略とビジネスの戦略を整理し、将来に対する共通の見解を生み出すことの重要性を強調してきました。このプロセスは、流動性イベントと合わせて承継を検討する場合、さらに複雑になる可能性があります。実際にリーダーの立場に就き、数世代にわたる成功を維持できるような候補者は、ファミリーの中に少数しかいないことが多いのです。後継者になる準備と意思があるのは誰なのかを十分な余裕を持って把握しておくことで、ファミリーは将来のファミリーリーダーを育成し、承継プロセスを開始することができます。

しかし、同時に、創業者に流動資産を提供するため、成長を加速させる目的でビジネスに資金を注入するため、あるいはファミリーの投資ポートフォリオの多様化を支援するためなどで、いつかファミリーメンバー以外のパートナーを必要とする場面があるかどうかを検討することも重要です。ファミリーエンタープライズが外部資本へのアクセスを必要とする理由は数多くあり、経営権を譲り渡すことなしに外部資本へアクセスする選択肢も多数あります。

Max Hughes(Managing Director, Deloitte Corporate Finance LLC)は、「事業売却に二の足を踏むファミリービジネスのオーナーは、別の選択肢があること、つまり、希薄化を大幅に抑えながら、あるいは全く希薄化させることなしに、希望する資本や流動性へのアクセスを可能にする選択肢があるということを認識するかもしれません。自身の最終的な目標と想像力以外にオーナーを制限するものはないのです。」と述べています。例えば、経営権を維持したいファミリーリーダーなら、投資家が一定のリターンを得ながら取締役会の傍聴権や限定的な代表権のみを有するという形での追加的な債務の引き受けを検討するとよいかもしれません。

株式投資一つをとってみても、様々な取引形態(転換優先株式、参加型優先株式、少数株主持分など)があり、ファミリーは経営権を維持しながら、成長やファミリーの流動性のための資金を調達することができます。ファミリーメンバーが会社の売却あるいは自分の持ち株分の売却に関心を示した場合、他のファミリーメンバーはそのようなメンバーが売却を望む理由をより深く理解しなければならない義務があります。時には、第三者である仲介業者の助けを借りることで、ファミリーは個々のニーズを探り、資本構成を見渡し、ファミリーメンバーが必要とする資金調達に関して、その可能性と選択肢を検討することができます。このプロセスの中で最も困難な段階の一つは、株主間の分配について大小のバランスを取ることであり、収益の不平等な分配に対して株式の再配分が必要になることが通常です。そのためか、このような状況にある多くのファミリーでは、株式の内部譲渡の価格を指定した売買契約を結んでいることがよくみられます。

 

取引に向けた準備

売却の可能性を検討するようになったら、次のステップは、強力なオファーを受けるために会社を可能な限り最善の状態にすることです。Jake Wise(Managing Director, Deloitte & Touche LLP)は、「多くのファミリービジネスは買収の経験はあっても、その逆の経験はあまりないかもしれません。売却プロセスを初めて経験するがゆえに、知っておくべきことを知らない可能性もあり得ます。」と述べています。

具体的に言うと、ファミリーエンタープライズは、取引時のデューデリジェンスの前に評価額に影響を与える可能性のある問題に対処し、その売却代金でファミリーの数世代にわたる富をどのように築くことができるかを検討する準備が必要です。ここでは、全体的または部分的な売却を検討する前に、ファミリービジネスのリーダーにとって採用したほうがよいと思われる4つの準備ステップを紹介します。

No. 1 ― 買い手の視点を取り入れる

優秀な不動産業者は、売却される物件の長所と短所の両方を評価します。企業も、価値を高める長所を際立たせ、短所を修正する十分な時間を確保するため、同様の事前作業が必要です。外部の視点を取り入れることで、より良いオファーにつながるような改善点を正確に特定することができます。Ryan Stecz(M&A Tax Partner, Deloitte Tax LLP)は、「売却の際に問題になりそうなことを、買い手の立場に立って絞り込む必要があります。」と述べています。
 

No. 2 ― 収益の質を重視する

多くの起業家は、適切な財務管理と本能的な直感によって成功を収めています。しかし、いざ売却となると、買い手は前者のほうにより大きな関心を寄せるはずです。そこで出番となるのが、収益報告の内容です。収益報告書は、企業の財務実績のどの部分に再現性があり、どの部分に再現性がないかということを教えてくれます。収益報告書は、ほとんどの買い手が最初に調べたいと思うデータ資料の1つであり、持続不可能とみなされる項目がほんの一握りでもあれば、事業から見込まれるEBITDA(税引前利益に支払利息、減価償却費を加えて算出される利益)の金額が下がり、低いバリュエーションになってしまう可能性があります。また、買い手候補が要求する質問に対し真摯に対応する必要があります。

このため、企業は、自社の報告制度が正確であるよう徹底するとともに、事業についての理解促進の上で買い手候補が必要とするであろう洞察のようなものを必ず提供する必要があります。また、財務報告や財務分析を改善できる高度な予測ツールに投資する企業も増えてきており、そのような先例に倣うことに時間をかけてもよいかもしれません。
 

No. 3 ― 税務問題に先手を打つ

税務問題は、取引における価値に大きな影響を与える可能性があります。売り手が、事業の法的主体や税務構造、税務申告のプロファイルや潜在的な税務問題を十分に理解し、買い手候補に対してこれらを明確に説明できることが望ましいのです。例えば、本来申告すべきだった複数の州において未申告になっている可能性のある企業では、これまで計上していなかった税コストを追加する結果になるおそれがあります。また、徹底的な見直しにより、売却する事業や資産に関連する潜在的な税務上のバリュードライバー(税務基準額のステップアップを得たり、将来の課税所得の相殺に利用可能な税務上の属性を得たりする機会など)を発見し、買い手にとっての価値を向上させることができるかもしれません。

このような潜在的な問題や機会を見極めるために、ファミリーエンタープライズは、売却する事業の税務のプロファイルを説明する「税務ファクトブック」の作成を検討することが望ましいのです。さらに、この作業を通じて、潜在的な税務リスク(修正申告、任意開示契約、償却方法の変更など)を軽減するための検討を進めることや、売り手と買い手の双方に利益をもたらす可能性があるストラクチャリングの選択肢を見出すことができるかもしれません。
 

No. 4 ― 収益を守るための手段を講じる

事業を売却する準備を整えることや、実際の売却時に取引を成立させることに比べて、資産プランニングはさほど重要ではないように思われるかもしれませんが、売却による偶発税金債務を軽減し、相続人により多くの資産を渡すために、ファミリービジネスのオーナーが事前に講じることができる手段があるのです。数世代にわたる資産承継の手段として人気があるのが、委託者留保購入年金信託(GRAT)というものであり、ビジネスオーナーが取引に先立って配偶者、子供、孫に事業の持分を贈与するためによく利用されています。売却の前に下がる可能性がある持分の価値は、GRATによって実質的に凍結されるため、将来の譲渡税を抑制することができます。

また、売却取引の成立後にファミリーオフィス体制が必要かどうか評価することをファミリーが望むこともあるでしょう。完全な売却を検討しているのであれば、ファミリーの新たな資産を管理し、ファミリーの目標や価値観に沿った投資先を決定する人が必要になります(このテーマについては、ファミリーオフィスの設立に関する本シリーズ最終回で詳しく説明します)。

調査レポート全文はこちら

ファミリーエンタープライズの転機:ファミリービジネスの将来 [PDF:1.1MB]

Fullwidth SCC. Do not delete! This box/component contains JavaScript that is needed on this page. This message will not be visible when page is activated.

お役に立ちましたか?