アフターコロナでスポーツ運営の在り方が変わるデジタルとアナログが融合する全く新しい観戦体験

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2020/5/25

スマートフォンやIoTの浸透に続き実用化しはじめたAI、5Gの本格的なサービス開始に伴い、スポーツの観戦体験の可能性も拡大する。著名なeSportsのタイトルでは、世界中で1億人を超える観戦者が試合を盛り上げる。

これは、会場を満杯にすることを一つの目標にしてきたスポーツの運営の在り方が大きく変わることを意味する。客席のキャパシティを超えた新しい観戦体験が私たちをこれまで以上に楽しませてくれることになるだろう。

会場に観客を呼べない!

本稿執筆時点(2020年5月下旬)で、緊急事態宣言が全国的に解除されるも新型コロナウイルスの影響についてはまだまだ予断を許さない状況である。収束には長期間を要するともいわれている。また収束後の世界は不可逆であり、経済や我々の生活は以前のそれとは全く変わってくると考えられる。

そんな中、Jリーグやプロ野球が来場者を絞った観戦や無観客試合を検討している。数千から数万人の観客席を満員にしてはいけないのだ。ファンやサポーターに「会場に来て、選手に声援を!」と言えない期間が続くのである。

本稿では、この厳しい環境におかれたスポーツの世界でできること、そして平時に戻ったときのコロナ禍前を上回るような観戦体験の可能性について議論をしたい。

デジタル・テクノロジーの進化と新たな発想による可能性

ご存知のようにスポーツの世界にも多くのテクノロジーが新しい価値を生んでいる。選手強化の視点だけでなく観客の視点でも、電子チケット、AR / VRを使ったサービスも始まっている。スタジアム全体をデジタル化したスマートスタジアムの話題もよく耳にする。

2022年には1,000億円超と言われるスポーツテクノロジー市場。国内外の様々な企業がテクノロジーを活用した新しいサービスを提供している。

スタジアムで格闘技?

2016年に公開された動画はインパクトがあった。サッカースタジアムで巨大化した柔道選手が柔道の試合を行い、満員の観客が応援している。他の場所での試合映像をスタジアムに転送して再現しているのだ。

NTTグループは「情報の収集・加工」「リアルタイム同期伝送」「演出・再現」を実現する技術で、「競技空間をまるごとリアルタイムで日本国内はもとより世界へ配信する」ことを目指している。スタジアムの稼働率の問題も解決しそうである。

NTT グループ Kirari!

"波動打ち"が現実に

「かめはめ波を撃ちたかった」という福田社長の夢を実現したHADOは、AR技術を活用したテクノスポーツで、既に多くの大会が国内外で開催されており、福岡の高校ではHADO部もある。そのHADOの新しい形態がHADO Xballであり、これは「波動打ち」を実現した「応援が多いチームが強くなる」スポーツである。観客がスマホをタップするとその数が蓄積され、プレーヤーは強力な「波動」を撃つことができる。2021年リーグが開幕する。

全く新しい概念で始まったスポーツが世界中のファンを魅了する。キャプテン翼が世界のトッププレーヤーに影響を与えたようにドラゴンボールに憧れてHADOやHADO Xballを始める人も増えていくだろう。

HADO Xball

デジタル投げ銭

2018年に開始されたこのサービスは、コミュニティ型交流アプリによりスポーツチームや選手を『ギフト』で応援できる。チームや選手から配信される動画やメッセージに対し、ファンは購入したポイントを使って『ギフト』ができる。贈られたデジタルギフトによる売上は、チームの運営や選手のキャリアを支えるお金として使われる。このサービスにはブロックチェーンの技術が使われている。

Engate

データがプレーを語る

高度の映像分析で、一つ一つのプレーを解説したり、チーム強化のためのデータを提供したりするソリューションが、海外のみならず日本国内にも提供されてきている。スポーツデータアナリストという職種の認知度が向上し、日本スポーツアナリスト協会が主催するスポーツアナリティクスジャパン2020(2020年2月1日開催)では900名を超える参加者が集まった。強化のための分析に留まらず、エンターテイメントとしての分析も注目されている。プレー中の選手のパフォーマンス(走る速度やジャンプの確度や高さ、ボールのスピードなど)をリアルタイムで画面上に表示したり、ゴールの瞬間にボールの軌道や揺れるゴールネットにまるで爆発したかのような演出をARで実現したりなど観客はプレーそのもの以外でも楽しむことができる。
(例:https://www.youtube.com/watch?v=sKN2pDJLwI4)

  • KINEXONは最近Bリーグのアルバルク東京に導入されることが発表され注目を集めている。

従来なかった概念がこれらのテクノロジー、サービスにより観客の潜在的なニーズを発掘する。それぞれ独立したサービスではあるが、組み合わせにより一つのストーリーを構成したりすれば、観客の動線にも大きく影響するだろう。新しい観戦体験(Spectators' Journey)※は私たちをこれまで以上にワクワクさせてくれるだろう。

  • デロイト トーマツ コンサルティングは、観戦体験を「試合の情報を知った瞬間からチケット購入、移動、観戦、観戦後の食事やSNSの利用など一連の体験全体」と定義している。また、カスタマー・ジャーニーのスポーツ版をSpectators' Journeyと呼んでいる。

DARTFISH
KINEXON

様々な体験による一つの観戦ジャーニー

スタジアム内外の垣根がなくなり、応援することで健康になる?

上述のテクノロジーやサービスを活用した、ワクワクするような新しい観戦体験をいくつか紹介したい。既にあるテクノロジーだけでなく、今後期待できるテクノロジーを活用するなど、その実現性が担保されているわけではないが、今回のコロナ禍の様な状況下にも活用でき、その先においても進化した観戦体験になることは間違いない。

パブリックビューイングを超えたバーチャル・スタジアム構想

会社の会議室が、町のカラオケボックスがそのままスタジアムになったら。

パブリックビューイングの進化形の一つで、会議室やカラオケボックスなどの部屋がそのままスタジアムになる。とはいっても部屋の中でプレーをするわけではなく、スタジアムやアリーナの映像をそのまま転送し、空間再現技術を使って特定の座席に座っているのと同じ空間を会議室に再現する。プレーが目の前で見られるだけでなく、隣にいる観客さえもリアルに再現される。

さらに5Gを活用し、会議室での応援の映像がスタジアムやアリーナに映し出される。満員の観客に加え、ネットの向こうの会議室で数万人が応援し、その声が会場で響く。「キャパシティ」「入場者数」というビジネスの概念が変わる。

試合会場で盛り上がりたいが、大人数がいる場所で声を出すのは恥ずかしいという人や、応援するチームの試合会場が遠く移動できなくて悔しいという思い、病気や怪我で移動が困難といった悩みはこの「バーチャル・スタジアム(アリーナ)」が解決してくれることだろう。

スタジアムの外からも応援が繋がる

「ネット配信を見ているが、応援する気持ちを届けたい」とう思いを実現する新しい応援スタイルが可能になる。

我々が株式会社エーネクスと協働で企画、開発を進めている応援アプリ「オクエールTM」は中継映像などを見ながら、応援したエールが同じように中継映像を見ながら応援している人たちの声と重なり合い、大きな声援となって共有でき、そしてそれが会場の大型ビジョンにも映し出されるというものである。

以下は企画、設計途中の画面イメージだが、中継映像を見たり、ラジオを聴いたりまたは運営側によって提供されるテキストの実況を見ながらスマートフォンで応援(画面タップ)するとその回数がカウントされる。

このカウントは同様にアプリを使って同じ試合を観ている観戦者のタップと合わさって一体となりピークに達すると、くす玉が割れたり花吹雪が舞ったり、ロケット風船が飛んだりする。この映像はスタジアムやアリーナの大型ビジョンにも表示される。大きな演出にはプレゼントなどのインセンティブも提供される。先に紹介した投げ銭と連携すれば選手やチームへのギフトにも繋がる。

行きたくてもスタジアムに行けない、無観客試合を余儀なくされるといった状況においても中継や配信で試合を観ながら自分の声を仲間と共有し、試合会場に届けることができる。

今年プロ野球のオープン戦でファンの声を大型ビジョンに映していたが、ファンの気持ちを満たすだけでなく,観客からの声は選手にとって大きな力にもなる。スタジアムの外から応援の力を届ける新しいサービスである。

  • オクエール™は、株式会社エーネクスの商標です。

座席からの映像を持ち出してストレスフリーな移動

バーチャル・スタジアム(アリーナ)構想は退場混雑の問題の解決にも一役買う事ができる。来場時間は皆自由だが、試合終了と共に訪れる退場時の大混雑は大きな問題で、各地でアナウンスや試合後のファンサービスなどで「時差」退場を促している。また野球などに多いのが、試合が大方決まった状態で試合終了を待たずに混雑を避けて早めに帰宅する観客の姿である。延長戦時に終電に乗るため泣く泣く会場を後にする姿もある。

こんなとき、「自分の座席からの映像」を持ち出すことができたらどうだろうか。移動中でも「さっきまで座っていた」座席からの映像を見ることができる。あなたが買ったチケットは「座席に座る」だけではなく「その座席から試合終了まで見届ける」権利に変わる。

「見る権利の放棄」は必要なくなる。

日常の活動が応援に繋がり、そして健康増進にも繋がる

エーネクス社と進めている『オクエール™』には「応援して健康になろう」というコンセプトがその根源にある。ヘルスケア業界で活躍するエーネクス社と協働で、日々の生活データ(歩数や特定場所へのチェックインなど)を蓄積して応援アプリのポイントに還元したり、ウェアラブルデバイスで応援時の情報を取得、ビッグデータとして蓄積、分析したりすることで応援と健康管理をつなげる仕組みへの展開も検討している。

応援と健康の関連性を調査したレポートも出ているように、クラブが地域に根付くときその観客の健康管理と連携することは地域にとっても有益であり、少子高齢化が進む日本の課題の解決にスポーツの力が貢献出来ることになる。

スポンサーからパートナーへ

これらの新しい観戦体験の実現には投資が必要だ。投資にその効果を求められるのは一般の企業と同じである。人材や強化に多くのコストがかかるスポーツ業界において、一(いち)クラブでこれらのサービスを実現することは容易ではない。コロナ禍で海外の巨大なクラブでさえも経営難が報告されている。スポーツをビジネスとして成立させるためにお金の循環の仕組みが不可欠なのである。

そこで重要になってくるものの一つが、観戦体験の設計と新たなパートナーシップの形である。

リーグやクラブは観戦体験を設計し、観客にどのような体験を提供したいかを明確にする必要がある。観戦体験は前述の通り多くの体験から構成される(スポーツ観戦体験グローバル調査レポート)。そのため一(いち)クラブだけでなく、それぞれのシーン(体験)をよりよいものにしていくためにパートナーやスポンサーとの連携が必要になる。ユニフォームや看板などにロゴを露出するスポンサーシップはクラブにとって重要な収入源ではあるが、スポンサー側もその「効果」については慎重だ。ロゴの露出だけに頼らない新たな価値を共創していくパートナーシップを構築することが今後は重要になる。海外では既にそういった事例が紹介されている。いわゆるスポンサー・アクティベーションである。実際デロイトトーマツグループもFC今治とのパートナーシップを2020年から強化し、ソーシャルインパクトパートナーとして新たな価値創造に向けたテーマに共同で取り組んでいる(2020年1月26日プレスリリース)。

クラブだけではなく、パートナーやスポンサー企業も一緒になって価値創造を行う時代に変わっていくことで今後のスポーツの未来が作られていく。

ロールモデルのない時代に期待されるスポーツの持つ力

デロイト トーマツ コンサルティングがFC今治とスポンサーシップ契約を続けてきた5周年を記念して作成した動画の中で、FC今治のオーナーであり且つデロイト トーマツグループの特任上級顧問である岡田武史氏がこうコメントしている。

「これからはおそらくロールモデルのない新しい時代に入っていく、その時に一番必要とされるものがひょっとしたらスポーツになるかも知れない」

答えのない時代に私たちは、誰に教えてもらうのではなく自分自身の価値観で生きていく。自分の心を解放してくれるスポーツ。私たちひとりひとりが探している本質的な答えがそこにあるのかも知れない。

私たちはスポーツの持つ力を信じている。デロイト デジタルはその力の最大化のためにスポーツ観戦体験の新しい価値創造をリードしていく。

PROFESSIONAL

  • 森松 誠二/Seiji Morimatsu

    デロイト トーマツ グループ シニアマネジャー

    製造・流通・小売、エンターテイメント、保険、エネルギー、ライフサイエンス業界に対してCRMを中心に20年以上のコンサルティング経験を有する。戦略策定から顧客体験や業務設計、IT導入・運用及びチェンジマネジメントの全工程における豊富なプロジェクト経験を元に、現在は顧客体験(カスタマー・エクス...さらに見る

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