「CX」がスポーツの枠を超え ビジネスに新たな循環をもたらす

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2020/2/27

キラーパスは「観戦体験」
CXで、スポーツはもっと面白くなる

人々の生活に浸透するデジタライゼーションはスポーツの観戦体験にも大きな影響を与えている。観戦チケットの購入をはじめ、チームやプレイヤーの情報はWebにアクセスして閲覧することが主流になり、試合放映の主軸も地上波からWebにシフトした。試合の途中経過、結果は時間や場所に制約されることなく、リアルタイムで容易に確認できる。AI、VR、5G、IoTといったテクノロジーがスポーツにも浸透しつつある中、人々がスポーツ観戦に求める期待も変容を遂げていくのは当然の流れだ。

デロイト トーマツ グループは、スポーツビジネスの知見を持つチームをグループ横断的に組成している。また、デロイト トーマツ コンサルティングではCRMの知見を有し、企業のデジタル変革に戦略からクリエイティブまで一貫して支援を行っている。こうした専門性を基に「スポーツ観戦体験グローバル調査レポート-サッカー編-」を2019年6月に発表した。これはカスタマーエクスペリエンス(以下、CX)の観点からサッカーファンの「観戦体験」に着目した調査だ。体験を可視化し、比較することでスポーツ観戦の魅力をさらに向上させるための解決策を探る。

スポーツにおいてもビッグデータ、リアルタイムデータの重要性が高まる中、本レポートをベースに、スポーツアナリティクスの可能性を探る対論が行われた。2020年2月1日、東京ガーデンテラス紀尾井カンファレンスにて開催された「スポーツアナリティクスジャパン2020」で行われたセッション「スポーツ観戦のCX(顧客体験)向上 ~グローバル調査から見えた日本の課題とFC今治の挑戦~」だ。

セッションにはデロイト トーマツ グループ 特任上級顧問、株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役会長の岡田武史氏、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー/カスタマー・エクスペリエンス・デザイナーの森松誠二が登壇。スポーツ観戦体験を再定義し、試合以外のタッチポイントにおいてもファンの心をつかむ取り組みを、クラブ視点、コンサルタント視点から解説した。

観戦の面白さは試合そのものにとどまらない
CXがもたらす、スポーツ新次元

「スポーツ観戦体験グローバル調査レポート」は、森松らチームの「スポーツ観戦の面白さは試合そのものだけにあるのではない」という思いが原点にある。すなわち、試合の情報を知った瞬間に始まり、情報収集、チケットを購入するまでの一連のやりとり、試合当日の競技場までの移動、試合観戦からの帰路ではWebやSNSで感想を共有し、翌日のメディアで選手、チームの情報を確認するに至るまで――全ての流れを「観戦体験」として定義することで、一連のプロセスをダイナミックに向上させる。それはCXのアプローチに他ならない。

「CRM、とりわけCXに関するコンサルティングに特化してきた私たちのノウハウ、知見はスポーツ観戦体験の向上に応用できます。人々がそれぞれのスタンスでスポーツ観戦を楽しむ。そんなスタイルが日本の文化として定着するアシストになれば、と考えています」と森松は言う。

「スポーツ観戦体験グローバル調査レポート」は顧客ロイヤルティ指標を用いて、スポーツ観戦の推奨度を算出した。14に分解されたそれぞれのシーンが持つ全体の推奨度に与える「影響度」をきめ細かく分析し、観戦前から観戦後の期待がどのように変容していくか、顧客サービスの観点ではどこに課題があるかを明らかにするのが狙いだ。

このレポートは「サッカー編」として日本、アメリカ、ドイツの3カ国を対象に調査し、国別のスポーツ観戦文化の違いを明らかにしている。ドイツ・アメリカとの比較から見えた日本の特徴は「試合そのものが持つ影響の大きさ」だ。日本のサッカーでは、試合そのもの以外で観戦体験を構成するという文化がまだ根づいていない。試合前(期待)、試合後(次の観戦へのモチベーション)には大きなポテンシャルがある。

本レポートはスポーツ界の各所から反響を得た。FC今治を率いる岡田氏も経営者の視点から大きなインパクトを感じたという。

「これまでは、スタジアムを訪れてから帰りのバスに乗るまでが『観戦体験』の範囲だと考えていました。たとえチームが試合に負けても、楽しい思いを持ち帰ってもらえる。そのようなスタジアムが顧客満足につながる手応えも感じていました。しかし、このレポートを読んで観戦体験の捉え方が一変しました。試合の情報を知り、観に行こうと思った時点から観戦体験が始まるとしたら、FC今治のマーケティング手法も再考が必要です。試合の認知活動をより早めるなど、お客様にプッシュするタイミング、方法論の変化が求められるでしょう。ビッグデータを活用したゲーム分析から始まり、クラブ経営にもデータを生かしていく動きが活発ですが、CXにはスポーツクラブとして無視できない魅力を感じています」

人口15万人の市で1万人の集客を
FC今治の戦略をCXが支えていく

岡田氏が率いるFC今治は2020年シーズンからJ3に昇格し、J2、J1への昇格を目指して地域と一体になった取り組みを続けている。2016年に岡田氏が今治の地に立ってからクラブ一丸となって健闘を続け、人口15万人の今治市で平均3,000人のホーム観戦者を集めるまで認知された。これは、東京に置き換えたら30万人を集客するという驚異の数値だ。

岡田武史氏

デロイト トーマツ グループ 特任上級顧問、株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役会長

「Jリーグにはクラブライセンスがあり、J2であれば1万人の観客を収容できるスタジアムが必須条件。つまり、チームがJ3で優勝するだけでは昇格できないのです。今治の人口を考えたら、1万人規模の集客は容易なことではありません。ヨーロッパサッカーのように100マイル圏内の後背地から観客を呼び寄せられる施策が必要です。そこで構想しているのが、試合前、試合後にショッピングや飲食、エンターテインメントまで複合的に楽しめる『フットボールパーク』です。試合を観ていただくだけではなく、スタジアムの随所にワクワクがあり、人と人とのつながりができる、そんなスペースの構築を目指しています。実現のためには、観戦体験の分析が大きなヒントになるでしょう」と、岡田氏は自身の構想も交えCXの分析に期待を寄せた。

デロイト トーマツ グループはFC今治においても観戦体験調査を実施した。ファンエンゲージメントと相関性のある座席の種別を軸に結果を集計し、現状の観戦体験を分析、評価。このアプローチはFC今治が目指すべきCX像を設計、実現していくためのものである。

調査は2019年シーズンの4月・7月・11月の3試合にわたって行われた。森松らチームは自らもスタジアムに立ってチラシを配布し、参加者を募っている。帰宅後に記入してもらう回答項目もあるため、会場でアンケートを取るだけでは調査にならない。スマホでQRコードを読み込んでもらった上で事前登録する、というハードルがあったのだ。

調査の結果を森松は次のように総括する。「調査でわかったのは、FC今治の観戦者は試合観戦そのものだけに影響されていない、ということです。会場での体験、試合後のファンサービス、帰宅後の情報収集といった体験が大きな影響を与えています。メインスタンドで観戦した人の方が試合以外のイベントで気持ちを高めているなど、座席セグメントによって観戦体験が変化していくことも明らかになっています。また、愛情の変化という項目では、コアファン化のための要件も浮かび上がってきました」

観戦体験の考察には、観戦者の感情の流れを一続きの「スペクテーター・ジャーニー」として分析する視点が重要になる。2019年シーズン、森松らのチームはFC今治スタッフと連続してワークショップを開き、調査で収集した観戦者のインサイトを分析。フットボールパーク構想につながるCXのデザインを継続して行った。クラブと足並みをそろえ、スペクテーター・ジャーニーを掘り下げて観戦体験の改善、今後の可能性を探る試みだ。調査の設計、データの分析で積み上げた知見は2020年以降のシーズンに生かされていく。

「観戦者が『FC今治の何に期待して来てくれているのか』が見えてきました。試合以外でもしっかり盛り上がってくれている人たちに、どのようなコミュニケーションを取っていくかが次の課題です。AIを活用した顔認証の実証実験も取り入れ、よりきめ細かくCXを掘り下げていければ、と検討しています。クラブのマーケティング戦略とも連動させ、より広域なサポーター動線を提案していきたいです」と、森松は今後の課題について言及する。

岡田氏も今後のCXの可能性について次のように語る。「クラブスポーツにおいてデジタルマーケティングは欠かせない要素の一つです。チームが強いだけではなく、来てくださる方にスタジアムでの体験、Webでの体験を通して何をプラスアルファしていけるかが重要です。好きな選手が見やすい席のチケットが取れたり、その選手の画像をスマホに中継したりするなど、5G時代にはチケット、物販と連動したさまざまなアイデアが出てくるでしょう。デロイト トーマツとのパートナーシップを礎に、新たなカスタマーサービスを模索したいと考えています」

スポーツからエンターテインメントまで
観戦体験のデザインがビジネスを広げていく

デロイト トーマツは、2020年シーズンにはJリーグ全18チームでも観戦体験を探る調査を実施する。「検証を重ねることで観戦体験のベーシック、いわばJ基準をデザインしていければ」と森松は展望を語る。クラブのレイヤーを超え、リーグ単位で構築される観戦体験モデルづくりには大きな意義がある。

スポーツの観戦体験向上を目指し、クラブ、運営側は観戦者の立場で体験を設計し、提供していく。観戦者は自分たちの期待や満足度を伝え、共有していく。理想的なサイクルを形成するのは5Gなどのテクノロジーだ。CXによってクラブ・観戦者のコミュニケーションが双方向に循環するようになれば、日本のスポーツ界はさらなる活況を呈し、これまでにない熱狂が提供されるだろう。

森松誠二

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー/カスタマー・エクスペリエンス・デザイナー

森松は今期から目指すこととして、クラブ側が意思を持って自分たちの価値を伝え、スポンサー側も提案し積極的に価値を創造していくモデルづくりを強く意識しているという。「観戦体験を基盤にすることで、スポンサー価値を見直し、新たなビジネスの循環が視野に入ると考えています。そして、私たちが見据えているのは、スタジアムを観戦者で一杯にしたり、パブリックビューイングなどで盛り上がったりするだけではなく、スタジアム の外にいる人たちの熱狂をどう集め、お互いつないでいくか、ということ。そこには、席数という枠を越えたビジネスの広がりがあります。これはミュージカルやコンサート、ライブにも通底する可能性です」

観戦者の体験を基盤にし、データを可視化するアプローチはスポーツだけにとどまらない。デロイト トーマツはその知見を生かし、エンターテインメントでも観戦体験を可視化するためのトライアルを進めていく。スペクテーター・ジャーニーとして体験をデザインするCX視点は多彩なビジネスで活性化をもたらすに違いない。

PROFESSIONAL

  • 森松 誠二/Seiji Morimatsu

    デロイト トーマツ コンサルティング
    デロイト トーマツ グループ シニアマネジャー

    製造・流通・小売、エンターテイメント、保険、エネルギー、ライフサイエンス業界に対してCRMを中心に20年以上のコンサルティング経験を有する。戦略策定から顧客体験や業務設計、IT導入・運用及びチェンジマネジメントの全工程における豊富なプロジェクト経験を元に、現在は顧客体験(カスタマー・エクス...さらに見る

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