最新動向/市場予測

生物多様性市場のトレンドと新規参入の可能性

生物多様性とネイチャーポジティブ

自然資本や生物多様性に関する国際的な重要度が高まっている。自然資本は大気、水資源、生物など自然を構成する要素[1]であり、社会・経済生活において不可欠な生態系サービスを生み出す基盤となる。世界経済フォーラムによると、世界全体で約44兆ドルの経済的価値の創出(GDPの半分以上)が、自然資本や生態系サービスに依存し[2]、ネイチャーポジティブ(生物多様性の減少を止め、回復に向かわせる)な食料生産や土地利用、インフラ、エネルギー利用など社会経済システムを変革することで年間最大10.1兆ドル(約1,372兆円)のビジネス機会がもたらされると試算している[3]。この自然資本の健全性と安定性を維持しているのが生物多様性であるが、個体数や種の生息域は減少を続け、喪失のリスクに直面している[4]。陸域・海域の利用の変化、汚染といった直接的な要因の他に、この50年間におけるグローバル・サプライチェーン拡大による生産地と消費地の遠隔化、人口動態や制度・ガバナンスの変化など社会的な要因が間接的に影響を及ぼしていると考えられている[5]。

 

生物多様性市場の概況

世界全体のネイチャーポジティブの市場規模は10.1兆ドル(最大1,372兆円)である一方、日本のネイチャーポジティブの市場規模は最大104兆円、2020-2030年間の成長率は16.5%となり、日本のGDP成長率の約5-6年分にも相当するとデロイト トーマツは試算している[6]。生物多様性に配慮した原料調達、製品・サービス提供、廃棄物の処理や、事業活動を通じた生物多様性への影響評価など、ネイチャーポジティブに係るビジネス機会は多岐にわたり、特に近年は持続的な海洋資源の開発・活用を進める「ブルーエコノミー」への資金動員の本格化も相まっている[7]。ESG投資分野における気候変動と同様に、事業活動が⽣物多様性に悪影響を及ぼす企業が淘汰され、「ネイチャーポジティブ」な企業が評価される展開が現実化しつつある。

 

新規参入の可能性

地理や資源的制約に縛られないサイバー空間における新たな成長フロンティアとなり得る Web 3.0の登場により、これまでの経済秩序が大きく変わろうとしている。2021-2022年には世界的な企業が相次いで Web 3.0 業界へ参入、暗号資産への投資のほか、将来を見据えたブロックチェーン技術の活用や、連携の可能性を模索している[8]。このように、インターネット活用が大前提となる情報化社会において、参加する全員が安全かつ平等に、分散的に情報を共有化しながら「つながり」を実現、信頼性と効率性を高める仕組みを前提とすると、グローバリズムと地球環境変化に対応する「自律分散」かつ「サステナビリティ」に依拠したシステムへの移行、デジタル技術の実装と信頼性、人々の価値観の成熟によるライフスタイルの変化が想定される。

 

Regenerative Finance (ReFi、再生金融)とは

生物多様性のもたらす金融リスクや機会の把握に向けた動きが本格化する中、既存の環境保規制やESG投資の枠組みではなく、ブロックチェーンもしくはWeb3.0の技術・理念を応用し、地球環境の再生に金融的なインセンティブを組み込む新たなビジネスモデルとしてReFiに注目が集まっている。

  • 炭素クレジット

炭素クレジットとは、企業のCO2削減活動の効果をクレジット(削減量)として発効し、他の企業と取引を可能にする制度である。クレジット取引により削減活動を実施した企業に対して収益がもたらされ、クレジットを購入した企業にはCO2排出量が相殺する権利が与えられる。現状の炭素クレジットの課題として、削減活動のモニタリング、評価といったクレジット発効や認証に係るプロセスが煩雑である点、クレジットの複製を防ぐなど品質の担保が困難である点が挙げられる。ここでブロックチェーン技術を活用した ReFi であれば、ブロックチェーン上でNFT化されたクレジットは追跡が可能であるため透明性が保持され、スマートコントラクトにより低コストな売買が可能になる。CO2削減活動に多様な企業を巻き込める新たなFinTechスキームとして注目を集めている。

  • Marine Protected Area (MPA、海洋保護区)

MPAは世界の酸素の50%を生成するだけでなく、グローバルな食物網の基礎を形成するため推定 29.5 兆米ドル/年の海洋生態系サービスを人類に提供している。国連は、2030 年までに海洋の 30% を保護するという目標を設定したが、現在は 2% 程度。MPAは、不安定な政府資金と伝統的な慈善活動に依存しているため、水域での生命を適切に保護するためのリソースが圧倒的に不足しており、国連の目標を達成するために必要な速度でMPAを拡大するには、新しいインセンティブ設計が必要である。ブロックチェーン上にプランクトンプロファイルを構築し、海洋生態系の食物網の構造と代謝の健全性に関するインサイトを得る生物多様性指標をNFT化。この生物多様性指標をエビデンスとしたブルーカーボンおよび生物多様性クレジットを開発し、クレジット販売の収益をMPAの保全活動への資金拠出とする持続可能なビジネスモデルが実施されている。

  • 海洋プラスチック

海洋プラスチックの流出により、特に魚類、甲殻類、海鳥、アザラシなど海洋哺乳類の誤飲による海洋生態系への直接被害が深刻化している。1950年以降生産されたプラスチックは83億トンを超え、うち63億トンがごみとして廃棄、回収済みプラスチックの79%が埋め立て、あるいは海洋等に投棄されており、現状のペースでは2050年までに120億トン以上のプラスチックが埋め立て・投棄されると予想。近年の取り組みとして、沿岸に漂着したプラスチックに対し日用品など交換可能なNFTを発効できるアプリケーションが実装され、発展途上国における貧困層の回収インセンティブ、雇用創出に寄与している。回収済みプラスチックはブロックチェーン上で出自が記録され、再生原料の利用を進める大手消費財メーカーにとって証明書付きの原料調達手段を提供している。生態系の保全とサーキュラーエコノミーの高度化の双方に貢献するビジネスモデルが実現しているのだ。

 

おわりに

生物多様性保全はテクノロジーや法令・制度で成し遂げられるものではなく、社会的緊張と生態系の転換点との連鎖に直面する中で、私たちは単に現状維持を目指すことをやめ、すべての生命が成長、進化、繁栄するための能力を構築する「再生」の発想を持つことが必要だと言われている[9]。これは、20世紀以降のGDPを指標とした経済成長では、SDGsの目標達成が困難であり、個人の幸福や生態系の持続性など”社会の進歩”の解決策にはならないことが明らかになりつつあるからである[10]。言い換えると、生物多様性回復の機会は、「生物多様性を繁栄させるために取るべき行動」と「その解決に貢献する企業にとっての利益」が交差するところに見出すことができる。国連ミレニアム開発目標が世界の貧困削減を目指した結果、世界経済全体が影響を受けたように[11]、次の20年は自然環境や「人の心」への洞察とそれに基づく行動が国際規範と世界経済を動かす[12]と筆者らは見ている。生物多様性の分野で検証可能なポジティブな成果を推進するために、投資パフォーマンスを求めつつ、信頼でき、再現性のあるインサイトが必要とされる。デロイトアナリティクスは、AIをはじめとするアナリティクスを用いて生物多様性を保全できるようアドバイザリーサービスを拡充していく所存である。

 

引用

[1]Natural Capital Coalition(2016)”The Path Towards the Natural Capital Protocol:A Primer for Business”
(https://naturalcapitalcoalition.org/wp-content/uploads/2016/07/NCC_Primer_WEB_2016-07-08.pdf

[2] World Economic Forum(2020)“Nature Risk Rising: Why the Crisis Engulfing Nature Matters for Business and the Economy”
(https://www.weforum.org/reports/nature-risk-rising-why-the-crisis-engulfing-nature-matters-for-business-and-the-economy/)

[3] World Economic Forum(2020)“New Nature Economy Report II: The Future Of Nature And Business”
(https://jp.weforum.org/reports/new-nature-economy-report-ii-the-future-of-nature-and-business/)

[4] WWF ”Living Planet Report:生きている地球レポート2022” 
(https://livingplanet.panda.org/)

[5] IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)(2020)「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書 政策決定者向け要約」〈環境省・地球環境戦略研究機構による翻訳〉
(https://www.iges.or.jp/jp/news/20200326)

[6] デロイト トーマツ(2022)「自然資本・生物多様性の真の価値とは。”ネイチャーポジティブ”市場とビジネス」
(https://www2.deloitte.com/jp/ja/blog/d-nnovation-perspectives/2022/nature-positive.html)

[7] UNEP(2021)”Turning the Tide: How to Finance a Sustainable Ocean”
(https://www.unepfi.org/publications/turning-the-tide/)

[8] デロイト トーマツ(2022)「Web3とは何か?企業はどう向き合うべきか?」
(https://www2.deloitte.com/jp/ja/blog/d-nnovation-perspectives/2022/what-is-web3.html)

[9] WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)(2021)「Vision 2050: Time to Transform エグゼクティブサマリー(日本語翻訳版)」
(https://www.iges.or.jp/jp/publication_documents/pub/translation/jp/11724/WBSCD_Vision2050_j_final.pdf)

[10] Deloitte(2015)“Social Progress in 2030:Developing beyond economic growth”
(https://www2.deloitte.com/jp/en/pages/public-sector/articles/social-progress-in-2030.html)

[11] 国際連合広報センター「国連ミレニアム開発目標報告(MDGs) 2015」
(https://www.unic.or.jp/files/e530aa2b8e54dca3f48fd84004cf8297.pdf)

[12] デロイト トーマツ(2015)「Foresight ~未来に向けた日本企業への問いかけ~」
(https://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/jp/Documents/strategy/cbs/jp-cbs-foresight.pdf)

 

プロフェッショナル

毛利 研/Ken Mohri
デロイト トーマツ グループ シニアマネジャー

有限責任監査法人トーマツ 所属。
国内最大級のインターネットサービス企業におけるR&D部門にて、機械学習およびディープラーニング、自然言語処理技術の研究および同テクノロジを利用した機能開発をプロダクトマネージャーとしてリード。

山本 昂/Takashi Yamamoto
デロイト トーマツ グループ

有限責任監査法人トーマツ 所属。
総合シンクタンクにおける環境・エネルギー部署にて、気候シナリオに基づく財務影響評価、再エネ電力市場動向などの調査・コンサルティング業務に従事。2021年に有限責任監査法人トーマツに入社。自然言語処理など機械学習の手法を応用したカーボンニュートラル・生物多様性分野の調査・分析に従事。修士(経済学)

神津 友武/Tomotake Kozu
デロイト トーマツ グループ パートナー

有限責任監査法人トーマツ パートナー。
物理学の研究員、コンサルティング会社を経て、2002 年から有限責任監査法人トーマツに勤務。金融機関、商社やエネルギー会社を中心にデリバティブ・証券化商品の時価評価、定量的リスク分析、株式価値評価等の領域で、数理統計分析を用いた会計監査補助業務とコンサルティング業務に多数従事。

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