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スタートアップの活躍で追い風に乗るスマートシティ転換期

スマートシティスタートアップの最新トレンド

国内外に多くのスマートシティが構築されるなか、社会やテクノロジーの変化に応じて進化し続けることができる、持続可能なスマートシティを実現するためには、スタートアップが有する技術・サービスをまちやコミュニティに機動的に実装していくことが必要です。今回はスマートシティテックにおけるスタートアップの具体例に加えて、持続可能なスマートシティ実現の要諦を紹介していきます。

スマートシティの潮流

全国的に人口減少が急速に進み、地域の担い手が減少する一方、多発する大規模災害や新たな感染症リスクなど様々な社会課題に直面しており、持続可能な地域・コミュニティを実現するうえで、データや新技術を駆使して住民が安心して豊かに暮らすことを目指すスマートシティは不可欠なものとなっている。スマートシティの類型としては、「既存都市改修型(ブラウン・フィールド)」と言われる既存の都市をスマート化する手法や、新たな都市を開発してスマートシティを創る「新都市開発型(グリーン・フィールド)」のように、まち全体にテクノロジーを実装することで最適化する手法だけでなく、特定領域における社会実装もスマートシティの一つとして語られることがある。

海外では、1970年代にアメリカ・ロサンゼルスの都市計画におけるビッグデータプロジェクトでスマートシティの礎となる動きが始まり、我が国においては、地球温暖化対策としての環境・エネルギー先進都市という位置づけを中心に推進されてきた。こうした行政機関などを中心とした先端技術を都市インフラとして社会実装する手法でスマートシティは推進されてきたが、2015年頃のスペイン・バルセロナを中心に、市民が都市の課題を解決するために主体的に考え、まちづくりを担っていく市民主導のスマートシティの概念が広がっていく。日本においても、内閣府、総務省、経済産業省および国土交通省が合同で公表した「スマートシティ・ガイドブック 第2版(令和5年8月10日公開)」において、スマートシティの3つの基本理念の1つとして「市民(利用者)中心主義」が示されている。

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コロナ禍を経たスマートシティテックの市場規模、投資動向

Grand View Research*1によると、2022年の世界のスマートシティ市場規模は約6,600億米ドルとなり、2023年から2030年にかけてCAGR25.8%で成長していくと予測されている。直近のスマートシティ市場の成長を牽引する主な要因としては、COVID-19の大流行により人々の移動が制限されたことでモノのインターネット化(IoT)が加速したことに加え、AIや機械学習といった先端技術の導入が拡大していることに起因している。

また、COVID-19の流行が始まった2020年以降、スマートシティテックにおける投資も急増しており、2021年には投資件数は177件、投資額も約5.1B$となった。これらの技術は、特に都市のインフラ機能として適用され、エネルギーの削減や安心・安全な都市を実現し、今後もスマートシティ市場の成長を促進していくと考えられる。

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スマートシティスタートアップ最前線

スマートシティでは、環境エネルギー、防災・防犯、物流・モビリティ、健康・医療などの各領域と共通データ基盤である都市OSが特に重要な分野とされているが、ここでは都市OS、モビリティ、および健康・医療領域のスタートアップを紹介する。

人流分析/LocationMind

位置情報技術の社会実装を目指し、2019年に創業した東京大学発スタートアップ。データパートナー企業から提供される様々な位置情報データを組み合わせ、人流データ等を精度高く見える化することで、道路の混雑緩和、地域・施設の集客向上等に加えて最適な都市計画マスタープラン策定へのインプットといった行政による方針策定にも貢献している。直近のシリーズA調達は2022年9月で、総額11.6億円を調達した。2023年7月には、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が主催する「SBIR推進プログラム」のステージゲート審査を通過、「フェーズ2」への事業継続が決定し、物流事業者向け第三者位置認証サービスの実証実験に着手しているほか、海外進出にも意欲的で、複数国の行政、企業や大学との共同開発など協業を推進している。

参照:
位置情報の信頼性をベースとした、物流事業者向け第三者位置認証サービスの実証実験を開始 | LocationMind株式会社 | 位置情報解析の東大発ベンチャー
[Press Release]シリーズAで11.6億円の資金調達を完了 | LocationMind株式会社 | 位置情報解析の東大発ベンチャー

自動配送ロボット/LOMBY

ラストマイル輸送領域での完全リモート配送を目指し、2022年に創業したスタートアップ。国内の労働人口は今後益々減少するなか、自動配送ロボット「LOMBY」の開発を通じ、新たな労働力の供給に取り組んでいる。再配達をなくす置き型バッグ「OKIPPA」を展開するYper株式会社の新規事業としてスタートし、DRONE FUNDよりシードでの資金調達を実施。また、広島県のひろしまサンドボックス実装支援事業や東京都の5G技術活用型開発等促進事業などに採択され検討を進めるなど、各地での実証にも精力的に取り組んでいる。

参照:
【プレスリリース】自動配送ロボットLOMBY、DRONE FUNDよりシード調達 - LOMBY
【イベント】ひろしまサンドボックス、実装支援事業体験会に参加しました。 - LOMBY
【イベント】東京都5G技術活用型開発等促進事業の成果発表を行いました。 - LOMBY

空間認知/LOOVIC

スマートシティ体感誘導プラットフォーム「LOOVIC」を開発する、2021年に創業したスタートアップ。デバイスに地図アプリを連動させて行き先を設定すると、スマホを見ることなく、触覚と首にかけたIoTデバイス(骨伝導スピーカー)により音声で目的地へ誘導してくれるというもの。技術の発展で複雑化した社会において、街で迷う・探すという空間認知に課題をもつユーザー(高齢者、認知症、発達障がいなど)に安全な移動を提供する。2022年にはプレシードでJ-KISS型新株予約権の発行により資金調達を実施。CES2023では、ShowStoppers Omdia mobility部門でイノベーションアワードを受賞している。

参照:
2023.01.10 CES2023 Showstoppers モビリティ部門において、Omdia Innovation Awards を受賞いたしました。 | LOOVIC
ハンズフリーフィジカルナビを提供するLOOVICがプレシードの資金調達を実施|LOOVICのプレスリリース (prtimes.jp)

スマートシティにおけるテクノロジー実装に向けたポイント

スマートシティの実現には、民間企業の拠出金、寄付や行政による補助金などの莫大な先行投資が必要であることから、社会やテクノロジーの変化に合わせた継続的な設備投資を行うにも限界があり、結果として期待していた効果や収益性を確保できない事例も少なくない。特に、日本のスマートシティにおいて多く見られる環境エネルギー先進都市においては、地域のエネルギーを一体的に管理するため、エネルギーを創る太陽光、風力等の発電設備や、エネルギーを蓄える蓄電池などのハードウェアに加えて、エネルギーマネジメントシステムのようなソフトウェアも必要であり、多くの初期投資が発生してきた。また、地域課題が複雑化し住民ニーズが多様化したことで、昨今のスマートシティは環境エネルギー領域に限らず幅広い領域でのテクノロジー実装を目指すようになり、都市OSと呼ばれる領域横断のデータ連携基盤構築や道路へのセンサー設置など、更なる投資が増えてきている。

一方、時代の変化により人々の生活スタイルや暮らしが変わることは必然であり、それに合わせてスマートシティにおいて求められる技術・テクノロジーも進化していくべきである。構想から実装までに数年、あるいは10年もかかれば、実現する頃にはより新しい技術が世の中を席巻していてもおかしくはない。今後は、初期投資を適切に抑制しつつ、社会やテクノロジーの変化に合わせて機動力高くテクノロジーを実装できるスマートシティを実現することが重要であり、そのためには社会のニーズを捉えた新しいアイデアや原動力に基づく技術・サービスを有するスタートアップの活躍が大いに期待される。

プロジェクトの成否を左右する、ステークホルダーの合意形成

スマートシティにおける技術・サービスは、まち全体、エリア全体などの広範囲かつ複数のステークホルダーが介在する領域において実装される。従来は、行政主体による都市計画や公共施設整備が展開されてきたが、近年は住民・企業・NPOなどが担い手となって、地域の持続的な価値向上に取り組む「エリアマネジメント」が活発化するなど、巻き込むべきステークホルダーは更に広がりを見せている。特に、地域活動の主体となる住民との対話を積み重ね、合意形成を図りながら推進することは非常に重要である。Googleの関連会社Sidewalk Labsは、カナダ・トロントにおいて街中が高度にデータ連携されたスマートシティの開発を進めていたが、データ収集によるプライバシー侵害の懸念から、地域住民を含むステークホルダーの反対により計画を中止せざるを得なくなった。このプロジェクトの中止が世界中のスマートシティ計画に与えた影響は大きく、個人のプライバシーを侵害しないデータ利活用のあり方を模索していくことは勿論、スマートシティの構想段階から地域の住民をはじめとするステークホルダーを巻き込んだ議論を行っていくことの重要さが明らかになった。

少数精鋭で取り組むスタートアップにとって、そのような調整に対応できる人材は不足しているのが実情であるが、スタートアップがまち全体を活用した実証実験を自社のみで計画することは容易ではなく、早い段階での大企業等パートナーとの協力が望まれる。

インパクト投資の促進をはじめとする公共調達におけるスタートアップの活躍

スマートシティへのテクノロジー実装は、街全体、地域全体のように広範囲への実装が必要となることから、官民連携による事業推進は不可欠である。一方、適格性要件や実績などの調達要件が適合しないことや人手不足などにより、これまでスタートアップが公共調達に直接参加してスマートシティに技術導入することは非常に難易度が高いものとなっていたが、令和5年6月16日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2023」、通称「骨太の方針」において、ソーシャルインパクトボンド(SIB)等のインパクト投資の促進を通じた社会的起業家(インパクトスタートアップ)への支援強化が示された。インパクト投資とは、財務的リターンと社会的環境的リターンを同時に生み出すことを意図する投資行動であり、GIIN*2によると2022年の世界のインパクト投資市場規模は約1兆1,640億米ドルとなり、SIBはそのインパクト投資手法の一つとされる。具体的には、SIBは2010年にイギリスで始まった民間資金を活用した官民連携による社会課題解決の仕組みである。通常の公共調達では、事業者が事業実施により創出した成果の有無や量に関わらず、活動にかかった経費を基に対価として事業費が行政から支払われる。SIBの場合、民間の資金提供者から調達する資金を原資に事業を実施し、創出した成果に連動して行政から対価が支払われる仕組みである。国内ではこれまでNPOや大企業がSIBを活用することが多く、スタートアップへの適用事例はまだまだ少ない。

スマートシティは、将来的な経済インパクトは勿論のこと、複数のステークホルダーが便益を享受できる取組みやソーシャルインパクトの創出を目指すスタートアップの活躍が大いに期待される分野であり、スタートアップの公共調達への参加が促進されることで、ひいては持続可能なスマートシティが実現していくと期待される。

持続可能なスマートシティへの転換のために

住民のための住民起点のスマートシティを実現するためには、社会課題の変化に機動的に対応するテクノロジーの実装とともに、SIB等のインパクト投資を活用しながら資金的持続性を確保することで、経済インパクト、ソーシャルインパクトをともに創出することが必要であり、そのためには社会課題の解決を企図するスタートアップの活躍が期待される。大企業、スタートアップ、行政、住民などのあらゆるステークホルダーが一体となった推進が不可欠である。大企業が有する研究開発、品質管理や大規模プロジェクトのナレッジと、スタートアップが有するテクノロジーや機動性が共創することで、真に持続可能な新たなスマートシティの姿を描いていくことができると考えられる。

デロイト トーマツ ベンチャーサポートは、多様なステークホルダーのオープンイノベーションによる、未来のスマートシティの実現を支援します。

【お知らせ】

 

デロイト トーマツ ベンチャーサポートでは、2023年10月5日、6日に開催される「京都スマートシティエキスポ」に協賛しています。今年は「安寧で持続的な未来を創る地域と産業 ~「超快適」スマート社会の創出~」をテーマに、けいはんなオープンイノベーションセンターで開催されます。また、開催10年目の特別企画として、スタートアップの展示やピッチイベント等を行う「KYOTO SMART CITY STARTUP FES(京都スマートシティスタートアップフェス)」が同時開催され、スマートシティに関連する技術・サービスを有する約50社のスタートアップが集結します。皆さまのご来場をお待ちしております。

執筆者

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
インダストリー&ファンクション事業部
濵 ミエ

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