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国際通商ルール(TPP・FTA)対応戦略 第2回 2014.09.29

~TPPにおける各国思惑と主要論点~

TPP/RCEP/AECなど、かつてない広範かつ高インパクトの広域経済連携枠組みによって、ビジネス上看過できないほど、世界の通商・産業ルールが激変する可能性がある。「国際通商ルール(TPP・FTA)対応戦略」シリーズ第1回では、このような世界経済連携の潮流と重層化・複雑化する世界の経済連携網を概観し、「なぜいま国際通商ルールが経営課題とされるのか」について解説した。第2回となる今回は、TPPの成り立ちから、TPPをめぐる各国の思惑、そして主な論点について解説する。

はじめに

TPP/RCEP/AECなど、かつてない広範かつ高インパクトの広域経済連携枠組みによって、ビジネス上看過できないほど、世界の通商・産業ルールが激変する可能性がある。「国際通商ルール(TPP・FTA)対応戦略」シリーズ第1回では、このような世界経済連携の潮流と重層化・複雑化する世界の経済連携網を概観し、「なぜいま国際通商ルールが経営課題とされるのか」について解説した。第2回となる今回は、TPPの成り立ちから、TPPをめぐる各国の思惑、そして主な論点について解説する。 

TPP誕生の経緯

近年、二国間あるいは広域経済連携枠組みを通じ、米国や欧州連合(EU)がアジア各国の通商・産業ルールへの関与を強めている。米国は環太平洋パートナーシップ(TPP)を実質的にリードし、EUは、韓国や日本に加え、ASEAN全体及びASEANの複数国と経済連携枠組みの構築を目指している。中国は自国に優位なパワーバランスでの東アジアにおけるルール形成を企図し、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)枠組みや日中韓FTA交渉を推進している。これらの動きが相まって、アジアでは、大国の思惑が錯綜する形で経済連携が加速化している。

TPPは、2006年に発効した貿易自由化レベルの高いいわゆるP4(Pacific4)協定をベースとしつつ、参加国・分野を拡大した交渉枠組みである。原加盟国は、国際競争力の高い農産品が輸出の過半を占めるニュージーランドと製造業やサービスに特化した産業構造を持つシンガポールの貿易自由化推進の急先鋒に、ブルネイ・チリを加えた貿易自由化推進派4カ国で構成される。2010年には、米国が参加表明し、これに豪州、ペルー、ベトナムを加えた8カ国でTPP交渉が開始した。交渉参加国の中で、最大の経済大国であり、かつ強い政治・外交的影響力を持つ米国が、実質的に高い発言権を持ち、協定の成否の鍵を握る枠組みとなっている。現在は、これら交渉参加国にマレーシア、カナダ、メキシコ、日本を加えた12カ国で交渉が進んでいる。 

主要各国のTPP参加見通しと米国のスタンス

TPP交渉参加国は、日本を除けば、アジアからの参加国はベトナム、マレーシア、シンガポール、ブルネイと経済規模では小さい。このことから、中国、韓国、タイ、インドネシアのTPPの参加動向への注目度は高い。

TPP交渉参加が取り沙汰される韓国は、中韓FTAを最優先事項とするスタンスは従前と変わっていない。同国の「新通商ロードマップ」(2013年6月)では、「韓中FTAを最優先に取り組む。TPPとは距離を置き、韓国がRCEPとTPPの架け橋となる」と明記している。これまで韓国は、貿易立国としてのグローバル競争力を維持・強化すべく、貿易額・産業競争力の観点で効果の大きい相手国とのハイレベルな経済連携の実現を政策目標に掲げてきた。米国やEUとのFTAが締結されたことから、次は中国とばかりに中韓FTA交渉を進めており、政治的な理由や日本牽制の意味合いから、日中韓FTA交渉よりも中韓FTA交渉を重視する姿勢を貫いてきた。しかしながら、日本のTPP参加によって、対米貿易面での韓国のアドバンテージが失われる可能性が高いことから、韓国自身もTPP交渉への参加に意欲を示さざるを得ず、目下、交渉参加への途を模索している。

中国は、自国に優位なパワーバランスでの東アジア経済連携の実現を志向している。通商・産業ルール上、米国にアジアを席巻される前に、中国に有利な形でアジアのルールを作りたいとの思惑から、TPP以外の枠組みでアジアをリードすべく、ASEAN+6 (ASEAN + 中国、インド、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランド)によるRCEP交渉の推進力となっている。

タイは対外的にはTPP交渉参加を明言している。現状、国内の政情不安から芳しい進捗が望めないものの、金融サービスや医療など未成熟な国内産業への影響に対する懸念から、国内企業へコンサルテーションを経て、影響評価を行い、最終判断をするステージである。

インドネシアはタイと全く異なり、「TPPには入らない」スタンスで一貫している。インドネシアは、高い自由化レベルのFTAに参加するには国内産業競争力が不十分であり、参加によって自国の政治レバレッジが低下することを懸念している。他方、ASEAN重視の通商スタンスからRCEP交渉を推進していく構えを見せている。

米国としては、TPPをアジア太平洋地域における中国を牽制するための枠組みとして活用したいとの思惑がある。米国リードで新枠組みを構築するよりは、既存の枠組みであり、かつレベルの高い経済連携枠組みを実質的に乗っ取る形で、アジア経済・貿易ルール形成をリードしていきたいとの意図である。このため、E3 (Expanded Economic Engagement)イニシアティブという枠組みを作り、「ASEANがTPPのような高レベルの協定に入れるよう米国も支援する」と表明するなど、対中国包囲網としてタイやインドネシアを始めとする主要なアジア各国を取り込みたいとの意向が強い。 

市場アクセス-関税削減・撤廃

TPPの主要論点として市場アクセス(関税)交渉方式が挙げられる。約1万にも及ぶ関税品目すべてが交渉の対象となっており、交渉参加国同士が個別に交渉を行うバイ方式と自国以外の交渉参加国全てに対して共通の関税削減が適用されるマルチ(共通譲許)方式という2つの方式がある。TPPにおける関税交渉の考え方は、基本的には既存のFTAが無い国との間ではまず「バイ方式」で交渉するスタイルである。このため、日本の場合、既存のFTAのない米国との協議が最大の山場となっている。

日米協議の焦点は、自動車をめぐる関税及び非関税障壁と、日本の農産物をめぐる関税である。前者については、TPP交渉参加に際しての日米協議において、米国が日本の乗用車やトラックに課す関税撤廃をTPP最長期間に設定し、米韓FTA劣後の条件とすることで合意がなされた。加えて、米国は米国車をそのまま日本に輸出可能となるよう、日本の安全基準などの非関税障壁を緩和するべきと強硬に求めており、依然決着がついてない状況にある。また、農業分野では、日本の聖域5項目(コメ、麦、砂糖、乳製品、牛・豚肉)の関税をめぐる議論が争点である。先に大筋合意した日豪FTAを受けて、TPPにおいても牛・豚肉の関税が大幅に引下げられる可能性が高いが、依然、これら製品の日本の輸入が急増した場合の「セーフガード」の発動条件などをめぐって議論が難航している。 

原産地規則

原産地規則とは、FTA税率を適用するため、言わば物品の「国籍」(原産性)を決定するルールである。TPPなどの広域経済連携枠組みのビジネス上の大きなメリットは、「国籍」(原産性)が認められる範囲が広くなる、累積原産地規則が適用されることである。例えば日本、マレーシア、中国で生産した部品をメキシコで組み立て、米国に輸出するルートがある場合、NAFTAを使ってメキシコから米国に無税で輸出しようとすると、メキシコ産と認められるためにはメキシコで高い付加価値を付ける生産工程が必要となる。TPPができると、日本とマレーシアの生産工程で生じた付加価値をメキシコで生じた付加価値に「足し算」することができ、メキシコに高付加価値な生産工程を移すことなく、NAFTAの付加価値基準を容易にクリアできることになる。つまり、日本に高付加価値なコア部材開発・生産を集約したままサプライチェーン最適化することも可能となるなど、生産工程の自由度を保持しながら、関税メリットを享受できることとなる。現在、日本とASEANの間ではこのルールがあるが、これがTPPによって北米にも延びることは、大きなビジネス上のメリットであり、積極的にTPPを後押しすべき最大の理由となっている。 

図: 「累積原産地規則」によるメリット

知的財産権

新興国と先進国との間で議論が対立している分野であり、特に新薬や著作権の保護期間が争点となっている。新薬開発の保護期間をめぐっては、後発薬に依存するため保護の長期化に反対するマレーシアなどの新興国と、保護期間を長くしたい米国との間での対立が大きい。日本は、米国と新興国の間を取る形で、8年という折衷案を出すなど折衷案を提示している。

著作権については、米国は、「著作権は著作者の死後70年」、「著作隣接権は発行後95年」など大幅延長を主張するほか、音・匂いなど視覚認知不可なものの商標対象化や著作権の非親告罪化などの提案を行ってきており、議論の対象となっている。

政府調達・競争政策

政府調達はGDPの10~15%を占めるグローバル貿易上も重要な取引分野である。政府調達をめぐっては、米国は公共事業や物品・サービス調達の内外差別撤廃を主張する一方、マレーシアなどが、ブミプトラ政策などの国内政策堅持のため、中小企業及びBOT(build-operate-transfer)への適用除外など、例外措置をめぐって議論が行われてきた。このほか、米国にとっての守りの側面でもある、州政府の政府調達の外資企業への参入確保なども議論となっており、ビジネスとしてどのように決着がなされるのか、注目すべきテーマとなっている。

また、競争政策面では、国営企業や政府関連企業が国内経済に大きな役割を果たしていることから、規定のフレキシビリティを主張するマレーシアやベトナムなどの新興国と、中国を念頭におき、まずはTPPで国営企業との競争条件の同等性確保することを主張する米国との間で議論が対立している。 

まとめ

TPPは、11月の大筋合意が目指されており、日米協議をはじめ、水面下での調整が続いている。しかしながら、交渉をリードする米国では、中間選挙が控える時期に迫り、大筋合意に向けて予断を許さない状況となっている。他方で、TPPによる累積原産地規則に基づく関税削減・撤廃のメリットは、ビジネスにとってサプライチェーンの自由度が高くなるという点で意義が大きく、TPPの成立を積極的に後押しすべき大きな理由の1つとなっている。また、TPPが目指すハイレベルかつ広範な規律は、今後のアジア・太平洋の通商・産業ルールの大きなメルクマールとなることから、国内メディアでスポットライトの当たっている農産分野の議論のみならず、ビジネスとしては自社へのインパクトの想定される各分野交渉の進捗を慎重に見極め、フォローしなければならない。 

コラム情報

著者: デロイト トーマツ コンサルティングレギュラトリストラテジー
サービスリーダー 羽生田 慶介
シニアコンサルタント 白壁 依里 

2014.09.29 

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。

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