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Industry Eye 第86回 航空運輸・ホスピタリティ・サービスセクター

物流業界の2024年問題を踏まえた物流子会社の方向性

2024年4月、「自動車運転の業務」に対する働き方改革関連法が施行されました。「2024年問題」と呼称される、ドライバーの年間時間外労働時間の制限によって発生する諸問題に対して、物流各社は近年対応を強化しています。本稿では、「2024年問題」を中心に物流業界を取り巻く厳しい事業環境の中で、特に物流子会社を保有する企業がどのような戦略方向性を選択肢として検討すべきか、近時の事例をもとに考察します。

I. はじめに~物流業界の「2024年問題」

1.「2024年問題」とは

物流業界における「2024年問題」とは、働き方改革関連法の施行によって、「自動車運転の業務」に対し年間の時間外労働の上限が960時間に制限されることによって発生する諸問題の総称を指す。2018年の同法成立後、トラック運転手などの長時間労働となりやすい業種に対しては一定の猶予期間が設けられていたが、2024年4月1日から、これらの業種に対してもいよいよ施行されることとなった。

近年の物流業界を取り巻く環境は厳しさを増しており、Eコマースの普及により需要が増加する一方で、高齢化や長時間労働などを背景にトラック運転手の担い手が不足することが懸念されてきた。そのような状況下、今回の働き方改革関連法における時間外労働の制限は、労働力不足に拍車をかけるとみられている。
 

2.各社の動向

「2024年問題」に対し、国内ではすでに対策の動きが広がっており、物流各社は輸送スケジュールやルートの見直し、他社との共同輸送の導入といった対応に動いている。

例えば、とある大手小売企業では、物流効率の改善という観点からサプライチェーン上のオペレーションを見直し、配送車両の削減やトラック運転手の負荷軽減を企図した取り組みを実行している。その他にも、大手メーカーの物流子会社では、他社との物流プラットフォームの相互利用による共同物流を取り入れる動きもみられる。

II. 物流子会社の再編にかかる動向

物流企業の中には、メーカーや小売企業の子会社・グループ会社として、主に親会社グループの物流機能を担うことを主たる業務とする企業(以下、「物流子会社」と呼称する)が多く存在する。2024年問題という業界環境の激変を受け、物流子会社を保有するメーカーや小売各社の中には、前述のようなオペレーションの効率化や共同配送といった取り組みのほかに、物流子会社の再編に踏み切る企業もみられる。物流子会社の再編の動向としては、主に①他社への売却、②親会社への吸収合併、③他の物流企業の買収といった3つのトレンドが挙げられる。
 

1.物流子会社の他社への売却

第一に、親会社自身のコア事業への注力を目的として、事業環境が厳しく、かつ、ノンコア事業である物流事業を物流専業の企業等へ売却する動きがみられる。親会社にとっても、物流子会社が他の物流企業と統合し規模を拡大することで、自社製品の安定的・効率的な物流を実現できるというメリットがある。

例えば、エーザイは、事業領域の選択と集中の過程でコア事業である医薬品開発に注力する一方で、物流子会社であるエーザイ物流の全株式を2023年に安田倉庫へ売却した。エーザイ物流が安田倉庫グループの傘下に入ることで、エーザイ物流の医療用医薬品配送ネットワークと安田倉庫の倉庫運営ノウハウによるシナジー効果により、エーザイにとっても同社製品の安定的かつ効率的な供給に資することが期待されるとしている。

また、明治ホールディングスは近年、複数の物流関連会社をグループ外に売却している。2023年には、北陸・山陰・九州北部エリアを中心としたコンビニエンスストア向けの食品配送センターの運営を手掛けるスリーエスアンドエルの株式をシモハナ物流に売却するなど、再編を加速している。

図1: 近時の主な物流子会社の売却事例

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2.物流子会社の吸収合併

第二に、近年物流の持続可能性に関する課題が表面化したことを受け、メーカーが物流戦略の再構築・強化を図る中で、物流子会社を親会社に吸収合併することにより一体運営による機能強化を図る動きもみられる。

例えば、2022年には、パナソニックオペレーショナルエクセレンスが、業務効率化を目的としてパナソニック物流を吸収合併している。また2024年には、フクダ電子が物流子会社であるフクダ物流センターを吸収合併した。フクダ電子の吸収合併の背景として、同社は部品調達から在庫保管・製品の全国発送に至るサプライチェーンマネジメント改革を進めており、そのために社内リソースの一元強化を図ることが挙げられている。

図2: 近時の主な物流子会社の吸収合併事例

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3.他の物流企業の買収

上記に加えて、既に物流子会社を有しているメーカーや小売企業が、他の物流企業を買収する動きもみられる。2024年問題が現実のものとなる中、持続的かつ安定的なサプライチェーン構築の観点からは、規模の拡大によるリソースの確保やオペレーションの効率化が重要となるが、むしろ自社が再編の主体となり、他の物流企業を獲得することでそれを実行しようという動きである。

たとえば大王製紙は、2024年問題を見据え、物流子会社であるダイオーロジスティクスを通じてケイジー物流を買収した。大王製紙としては、ケイジー物流の輸送と倉庫業務のノウハウに加え、同社が有する約70台のトラックと運転手が強みであると考え買収に踏み切ったものであり、昨今の物流リソース不足の状況におけるリソース確保の重要性がうかがえる。

III. 物流子会社を保有する企業のとりうる戦略方向性

「2024年問題」をはじめとして今後も厳しい事業環境が想定される国内物流業界において、物流子会社を有する企業としては、当該物流子会社の事業を今後どのように展開すべきであろうか。様々な判断軸が考えられるが、ここでは、当該物流子会社自身の収益性・効率性および、親会社事業における物流子会社の役割・位置づけを主な軸として考えてみたい(図3)。

まず、物流子会社が現状で利益を生み出せていない、あるいはコスト負担が大きい場合は、今後の厳しい事業環境の中で独力で収益性を改善し、業界再編の核たり得る存在となるには、一定のハードルがあろう。したがってこの場合は、他社への売却も視野に入れた検討が選択肢となりうる(下表①)。

一方、物流子会社が一定の収益性・効率性を確保できている場合には、別の選択肢もあり得る。その場合において、物流子会社の親会社グループ内物流機能としての役割を重視する、すなわちグループ向けの内販を重視する方針であるならば、物流子会社の事業については現状維持とするほか、親会社へ吸収合併して更なる効率性向上を目指すことも選択肢となりうる(同②)。また、物流子会社が外販を強化して規模を拡大し、さらなる収益性と効率性を追求する方針であるならば、他の物流企業を買収して積極的に物流事業を拡大することも選択肢となるだろう。(同③)

「2024年問題」が現実の問題となった今、これを契機として、自社における物流子会社のあり方・今後の戦略方向性をあらためて検討する良い機会といえるのではないだろうか。

図3: 物流子会社を保有する企業のとりうる戦略方向性

※クリックまたはタップして拡大表示できます

IV. 終わりに

2024年4月の働き方改革関連法施行により、2024年は国内物流業界にとって事業環境の大きな変化に対応する、変革の年となるだろう。当社では、M&A(企業買収・売却)の戦略策定から実行までの各種支援、アライアンス戦略の検討・実行支援、さらにIT・アナリティクスを活用したコンサルティングサービスまで、幅広い領域において豊富な経験を有しており、こうした知見を活用して物流業界の変革のご支援ができれば誠に幸いである。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
航空運輸・ホスピタリティ・サービス
パートナー 池澤 友一
シニアアナリスト 高山 朋哉
ジュニアアナリスト 佐々木 俊亮

(2024.4.15)

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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