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Industry Eye 第50回 物流セクター

物流セクターにおけるイノベーションとその取り込み

近年注目を浴びるAI、ロボティクス、ドローン等の最新テクノロジーの取り込みは、物流セクターにとっても極めて重要です。これらは単なるコスト削減にとどまらず、提供サービスの高度化による競争力の強化にも直結します。本稿では、国内物流セクターにおけるテクノロジーとその取り込み状況について、事例を用いて解説します。

I.はじめに

本邦物流企業はグローバルでの競争激化への対応から、ドライバー・拠点・貨物の拡大や海外売上高のさらなる成長を目指してきた。しかし、図表1に示されているように本邦物流セクターにおけるM&A件数は国内企業間の買収(IN-IN)、また、国内企業による海外企業の買収(IN-OUT)のいずれを見ても概ね横ばいで推移している。

グローバル企業との競争に打ち勝つためには、このような従来型のM&Aも引き続き需要があることが想定される一方で、その他セクターと同様に本邦物流セクターにおいても近年急激に拡大しているM&Aの領域が存在する。それがベンチャー企業への投資である。

図表2では、買手が物流企業であるか、または対象会社が物流ベンチャー企業であるベンチャーM&A件数の推移を示している。本邦物流セクターにおいては2014年までは件数が極めて少なく、ベンチャー投資の浸透度合いが依然低かったことが窺えるが、2015年から件数が急上昇し、2018年では13件に達している。この中には、2018年の寺田倉庫等によるラストワンマイルに特化したルート最適化サービス「Loogia(ルージア)」を提供するオプティマインドへの出資案件や、2019年のソフトバンク・ビジョン・ファンドによる国際物流に関わるプラットフォームをクラウドベースで構築し「デジタルフォワーダー」と呼ばれるFlexport社への出資案件も含まれている。

人口減少という日本が抱える構造的な問題に加えて、昨今注目されているドライバー等の人材の慢性的な不足や働き方改革の浸透等によって、長期的には物流各社はこれまでのマンパワー依存型のオペレーション体制から抜本的に脱却していくことが求められている。IoTからはじまり、AI・ロボティクス・ドローン等のテクノロジーがこれまでの物流オペレーションに大きなイノベーションをもたらしており、中長期的な競争力を高めるために物流各社はさらなるテクノロジーの活用を通じて、提供サービスの高付加価値化を急いでいる。

II.物流セクターにおけるテクノロジーと取り込み

1.物流セクターにおけるテクノロジー

AI・ロボティクス・ドローン等が今日も世の中を賑わせている。物流企業のテレビコマーシャルを一つとっても、自身のオペレーションの中にテクノロジーが組み込まれていることを訴求しており、物流オペレーションへのテクノロジーの導入は単なる人件費の削減にとどまらず、オペレーションの高度化をも可能とし、ひいては顧客に提供するサービスの高付加価値化に繋がる。

図表3は当社がまとめた物流の各バリューチェーンに活用されているテクノロジーである。

物流網の設計プロセスでは、荷物を運びたいドライバーと運んでほしい荷物を持つ荷主の双方を抱えるプラットフォーマーによるマッチングサービスの存在も見られる。また、このプロセスでは前述のFlexport社に見られるような、様々な輸送モードのデータをデータベース化することで最適な輸送ルートを提案することも可能である。

入荷からの在庫管理プロセスでは、作業者の負荷を軽減することを目的としたパワースーツの存在に加えて、そもそもこれらの作業自体から人間を解放し、ロボットやドローンに実施させるテクノロジーも目に留まる。これは出荷時のピッキング・梱包プロセスにおいても同様であり、こうしたテクノロジーの導入により、ミスが少なく素早いオペレーションが可能になる。

近年、多くの人員不足で悩まされている運送・配送プロセスにおいてもテクノロジーの存在は大きい。自動運転の研究・開発に加え、国土交通省および経済産業省は「高度な自動走行システムの社会実装に向けた研究開発・実証事業」の一環として、2019年6月25日から新東名高速道路においてトラック隊列走行の公道実証を実施すると発表し、実験を進めている。2019年度の公道実証では、2~3台の後続車無人システム(後続車有人状態)について車間距離約10mまたは約20mの車群が時速70~80kmで走行し、さらに4台の後続車有人システムについても同程度の速度で車間距離約35mの車群を組み、走行する。このような取り組みが実用化された場合、必要なドライバー数の軽減が期待される。

最後の配送プロセスにおいては、昨今注文されている再配達問題に関する技術的アプローチが多く見られる。宅配ロッカーや宅配ボックスによる再配達件数の削減に加えて、そもそもマンパワーに頼ることなくロボットやドローンでの配送が可能となる未来は近い。

 

2.M&Aによるテクノロジーの取り込み

各社はどのようにイノベーションを社内に取り込んでいるのか。自社の技術力を武器に独自で研究・開発を進める物流企業も少なくない。一方で、M&Aを活用して自社に不足するケイパビリティを補完する、または典型的なM&Aの目的である時間を買っている企業も存在する。

  • ヤマトホールディングスによるラクスル株式の一部取得
    2017年7月、ヤマトホールディングスはデジタルテクノロジーを活用し、企業間物流の構造変革を実現するため、中小運送事業者トラックの非稼働時間と荷主企業の物流ニーズをタイムリーにマッチングする「ハコベル」を展開するラクスルの既存株式の一部を取得したと発表した。
    この発表の中で、ヤマトホールディングスは日本のサプライチェーンでは荷主・納品先企業と物流事業者間における出荷納品時の煩雑作業や待機時間、また、ドライバーや車両不足等により社会的な機会損失が恒常的に発生していると指摘し、その一方でデジタルテクノロジーの飛躍的な進歩に伴い、従来のサプライチェーンを抜本的に変革できる可能性が急速に高まりつつあることにも言及している。
  • 寺田倉庫によるオプティマインドの第三者割当増資の引受け
    2018年6月、寺田倉庫は名古屋大学発の物流AIベンチャーであるオプティマインドが実施する第三者割当増資を引き受け、同社に出資したことを発表した。オプティマインドは、組合せ最適化、機械学習、統計などの技術を用いて、「どの車両が、どの訪問先を、どの順に回るか」という配送計画の領域を中心に事業を展開している。具体的には、SaaSモデルによるAI最適配車クラウドサービス「Loogia」(ルージア)を展開している。この発表の中で、寺田倉庫は物流業界では深刻なドライバー不足やドライバーの高齢化が進んでおり、インターネット通販の拡大による配送の複雑化・小口化が物流量の増加を引き起こし、人手不足にさらなる拍車をかけている中で、配送を効率化し、限られたリソースを最大限に活かすことで持続可能なシステムインフラを構築することが喫緊の課題であることに言及し、自身が展開するクラウドストレージ事業とのシナジーを見出したとのことである。 

このように、物流セクターにおいても新テクノロジーやそれを活用した事業のさらなる展開のためにM&Aを上手く活用している事例が増えてくるが、金額面で比較的少額であるベンチャー投資に対して、通常の企業買収に対する社内の投資意思決定プロセスを適用することは必ずしも理に適っていないと考えられる。日々急速にビジネスが成長し、比較的早いスピード感をもって意思決定が実行されるベンチャー企業への投資に対しては、このような企業間の構造的な違いを理解したうえで通常とは別の意思決定プロセスを有することも有効である。このような異なるプロセスにおける一つの手段として、コーポレートベンチャーキャピタルが用いられることも多い。

 

3.コーポレートベンチャーキャピタルによるテクノロジーの取り込み

コーポレートベンチャーキャピタル(Corporate Venture Capital)とは、CVCとも略され、投資を本業としない事業会社が自社の事業分野とシナジーを生む可能性のあるベンチャー企業に対して投資を行うことや、そのための組織を指す言葉である。CVCを組成することで前述のとおりベンチャー投資の実態に即した意思決定プロセスを個別に構築できる点や、組成自体のアナウンスメント効果により案件の持ち込みが増えるといった効果が期待できる。日本でも近年多くのCVC事例が見られるようになっているが、海外の物流セクターでは大手物流企業のUPSが1997年からヘルスケア関連物流、急成長している海外市場、Eコマース領域を投資対象とするCVCを設立し、ドライバーと荷主のマッチングプラットフォームを展開するDeliv、運送・配送用の自動運転技術を開発するTuSimple、ピッキング・ロボット等物流関連のロボット開発を行うDorabot等へ投資している。

本邦物流セクターにおいても、2017年11月に日本郵政が日本郵政キャピタルを設立し、2019年1月には物流用ドローンポートシステムを開発するブルーイノベーションへ出資した。また、2018年8月には近鉄グループHDもファンド規模20億円の近鉄ベンチャーパートナーズを設立し、翌年の2019年には身体の負担を軽減する着用ロボット「パワードウェア」の開発を行うATOUNに出資した。セイノーHDもベンチャーキャピタルであるスパイラル・キャピタルと共同で70~100億円規模のCVCを組成することを発表した。

CVCへの注目が集まる一方で、実際にCVCを組成するにあたっては、目的・実現したいことを明確にしたうえで、それを実現するための最適な組織設計、VCとのパートナリングの是非、ソーシングから投資意思決定・実行プロセス等を検討していく必要があると考える。

III.おわりに

最新のテクノロジーが世の中を変えていく。物流の未来も同じである。テクノロジーの取り込みによる提供サービスの高度化を目指す中で、物流企業によるテクノロジー・ベンチャー企業への投資は今後も一層進んでいくことが期待される。このような状況の中で、当社としてもM&Aに関する豊富な知識・経験のみでなく、セクター知見との掛け算により、今後も数々の物流企業の成長を支援していきたい。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
航空運輸・ホスピタリティ・サービス
シニアヴァイスプレジデント 丸 浩平
シニアアナリスト 前原 充裕
ジュニアアナリスト 矢野 真純

(2020.04.10)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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