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「リニア中央新幹線」整備に伴う産業・観光・居住面での構造変化

広域経済圏の形成、国内観光ルートの変更、移住・二地域居住の拡大

リニア整備に伴い誘発される「広域経済圏の形成」、「国内観光ルートの変更」、「移住・二地域居住の拡大」について考察を加える

はじめに

2014年秋、JR東海主導の下、超伝導磁石の力で浮上走行するという世界初の方法を実現し、“日本発”技術を結集した「リニア中央新幹線(以下、リニア)」の着工が予定されている。当該リニアの建設は、今年で開業後50年が経過した東海道新幹線の経年劣化や、南海トラフ巨大地震を中心とした大規模災害に対する抜本的な備えとして、東京圏~中京圏~関西圏を結ぶ大動脈を二重化することを目的に整備構想検討が推進されてきた事業であり、総工費9兆円にも上る今世紀最大のプロジェクトである。

リニアの開業により、品川⇔名古屋間は40分(現行100分程度)、品川⇔新大阪は67分(現行150分程度)と、三大都市圏間における移動時間の大幅な短縮が見込まれており、その結果として企業活動や観光活動、生活スタイルへの影響など、多様なアクターにとっての恩恵と行動パターンの変化が生まれるものと考えられる。経済活動量の拡大に拠る経済効果を、名古屋開業時で10.7兆円、大阪開業時で16.8兆円(開業後50年間の現在価値合計)と見込む試算結果も存在している。
本稿では、以上のような日本経済活性化に向け、大きなインパクトを与えると考えられるリニア整備に着目し、移動時間短縮の結果として誘発される、産業・観光・居住面における構造変化について考察を加える。

なお、当該記事は執筆者の私見であり、デロイト トーマツ グループの公式見解ではない。

1. 産業面における構造変化:広域経済圏の形成

アメリカの経済学者リチャード・フロリダによると、世界経済を牽引するのは「メガリージョン」(大都市とその周辺都市で構成される巨大連坦都市圏であり、時には国境を越えて広がり、貿易、交通、イノベーションの一大圏として発展し、優れた人材が集まっている都市圏)であり、世界に存在する40のメガリージョンが経済活動の66%、特許登録数の86%を占めると分析している 。アジアにおいては、長江デルタや珠江デルタ、環渤海地域などを代表に、メガリージョン形成を通じた産業振興が図られている。一方、日本の三大都市圏においては、2010年に関西圏で「関西広域連合」が全国初の都道府県境を越えた組織体として形成され、国内外での合同プロモーションやビジネスマッチング、高度産業人材の育成・確保等に取組み始めるなど、メガリージョンの機能強化に向けた動きが伸展している。

一方、ASEANにおいてはシンガポールを中心にASEAN経済共同体の設立に向けた動きがあり、アメリカにおいては中南米との連携強化、欧州においてはEU加盟国の拡大に向けた動きが存在するなど、今や世界ではメガリージョンを超える広域経済圏の確立に向けた動きが進展している。このような背景を踏まえつつ、リニア整備により三大都市圏が時間距離的に1つの経済圏レベルに集積することを鑑みると、グローバル競争力強化に向け、三大都市圏が広域経済圏として有機的な連携を構築していくべきと考える。国土交通省においても、リニア整備に伴う世界最大の「スーパー・メガリージョン(世界から人・モノ・カネ・情報を引き付け、世界を先導する国際経済戦略都市)」の形成に向け、「三大都市圏は連携するとともにメガリージョン内で切磋琢磨」 を行っていくべきと方向性を示している。参考ではあるが、東京圏~関西圏におけるリニア開業時の三大都市圏の人口規模は、約6,800万人 に至り、GDPでは世界第5位のフランスを勝る規模に拡大することになる。

今後も日本が世界における社会課題の先進国であり続けることを踏まえると、「少子高齢化問題」「食糧問題」「インフラ更新問題」など、三大都市圏が広域経済圏として取組むべき社会課題のテーマを決定した上で関連企業・学術機関・最先端研究者等の集積を図りながら、持続的にイノベーションを創出することが望ましいと考える。そしてその取組みの中で、世界におけるプレゼンスを有している東京圏においては世界に対する玄関口として営業・交流・発信等の機能(施設としては、インテリジェントオフィスや大規模統合型リゾート(Integrated Resort、以降「IR」)施設など)を持たせるとともに、医療・バイオ、ロボット産業などの集積する関西圏においてはR&D(Research & Development)機能(施設としては、最先端機材等を備えた高度研究施設など)を、自動車産業を中心に製造業の集積する中京圏においては製造・物流等の機能を持たせることなどが考えられる。

2. 観光面における構造変化:国内観光ルートの変更

過去の新幹線開業の影響を見ると開業区間における鉄道移動者は増加(開業前後の変化は、北陸新幹線:26%増、東北新幹線:24%増、九州新幹線:37%増) しており、リニア整備に伴い、品川・名古屋・新大阪間における観光を目的とした鉄道移動客についても増加することが確実と考えられる。しかし一方で、移動時間の大幅縮小に伴い日帰り観光客が増加することが想定され、特に品川~新大阪間においてはその影響が顕著に現れるものと考えられる。そのため、品川や新大阪においては、観光周遊バスを拡充する、周辺都市のアンテナショップを集積させる、などコンパクトに観光を楽しめるような取組みの強化が望まれる。また、訪日外国人観光客の観光ルートとして、羽田or成田空港へ到着後、東京周辺の観光スポットを回り、箱根・富士山・名古屋等を経由した後、関西を観光して関西国際空港から帰国する、というゴールデンルートが現状存在するが、リニア整備に伴い、東京周辺観光後に一気に品川~新大阪間の移動を行い、関西周辺観光を長期化させる観光客が増えるものと考えられる。そのため、関西圏においては、新大阪駅を基点とした外国人目線に合った広域観光ルートの整備に取組むことが必要であろう。一方、中京圏においては、名古屋駅の通過に伴う観光客減少を抑制すべく、中京圏の観光情報を積極的に発信していくことが必要であろう。関係事業者と連携の上、訪日外国人観光客が母国から飛行機で出発する際、成田・羽田空港に到着した際、東京圏でホテルに宿泊する際、リニア発券所付近に居る際などのタイミングで、モバイル端末等へ情報を発信し、中京圏への観光を誘発する取組みなどが一案として考えられる。

3. 居住面における構造変化:移住・二地域居住の拡大

品川駅-名古屋駅間の途中駅全ては品川駅と30分以内で、東京駅や新宿駅と60分以内(乗換え等も含め)で結ばれるようになる。そのため、駅周辺におけるまちのブランディング次第では居住形態の自由度拡大に伴って移住者や二地域居住者(平日は都会で暮らし、週末は都会から離れて暮らす形態)が増加するものと考えられる。長野新幹線の開業により都心と1時間で結ばれるようになった軽井沢は、自然の豊かさや清涼な気候に恵まれた環境に加え、落着きある高級リゾートというイメージが人気に拍車を掛け、「大手企業の管理職や大学教授らを中心に収入と時間に余裕がある人たちが増えている」、また「リタイアした団塊世代も定年後の住まいとして軽井沢を選び、引っ越してくるケースも増えている」 ようである。

移住や二地域居住を促進していくためには、まちづくりの視点が重要である一方、住宅商品面からの促進策も重要だろう。具体的には、①沿線居住への関心を有する人に対してお試しで居住させ、移住や二地域居住への関心を抱かせること、②移住や二地域居住を志向する人に対して住宅を購入しやすくすること、③住宅の買換えを志向する人に対して売りやすくすること、を実現することが望ましい。①については、リゾート開発事業者によるタイムシェア型住宅(1年のうち特定の期間に毎年利用することができる権利を所有するもの)の提供を促進することで、試験的に沿線居住できるようになり、そこでの生活体験が沿線での住宅購入に繋がるものと考えられる。②については、都心の物件とリニア沿線の物件の利用権を半期ずつ組み合わせてセット販売する(例えば都心物件の4月~9月、沿線物件の10月~3月の利用権を組み合わせて販売する等)方法の促進により、一定期間の移住や二地域居住が低価格で実現できるものと考えられる。③については、中古マーケットの充実によって住宅が売却できない懸念を払拭し、投資を呼び込みやすくすることが考えられる。アメリカでは、リタイア後におけるより良い住処を求めて、年収に応じた不動産の買換えが一般化しているため、上記3つの取組みを通じて海外からの移住者呼び込みを通じた国際的なまちづくりに繋げていくことも期待できるだろう。

おわりに

以上のように、リニア整備による効果を産業・観光・居住それぞれの面において最大化していくためには、産業振興に向けた都市間連携や各種業務拠点の整備、観光促進に向けた関連プレイヤー間連携や集客施設の整備、住宅購入促進に向けた法制度の整備やマーケットの醸成など、様々な取組むべきことが存在する。そのため、2027年の開業まであと13年しかないと捉え、官民各々、今からすぐにでも取組めることに着手していくことが望まれる。今世紀最大のインフラプロジェクトを成功に導くかは、これからの過ごし方に掛かっていると言っても過言ではない。

【出典】

  三菱UFJリサーチ&コンサルティング 政策研究レポート「リニア時代到来への期待」(2013年9月)P2 

  JR東海「環境影響準備書のあらまし」(2013年9月)、電磁波問題市民研究所「電磁波研会報 第85号」(2013年11月23日発行)

  Diamond Harvard Business Review「“Megaregions: The Importance of Place,”」(2009年11月号)P153

  国土交通省「新たな国土のグランドデザイン」(2014年3月)P6より引用

  総務省統計局「統計で都道府県のすがた2014」より作成

  鉄道・運輸機構「北海道新幹線」(2012年)P4 

  フォーラム福岡「長野新幹線にみる新幹線効果の「光」と「陰」」(2008年3月29日発行第19号)のWEBページより引用(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/pdf/h25_kettei_gaiyo.pdf)

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