Posted: 07 Sep. 2023 3 min. read

スペースポート(宇宙港)が生み出す価値 Part4

~日本のスペースポートの目指したい姿「スペースポートカントリー構想」~

筆者: 脇本 拓哉 中村 祥代

スペースポートカントリー構想

 

前回の記事(Part3)では、現状のスペースポート周辺環境について、「打上げ関係者」と「打上げ見学者」の2人のペルソナ像から、どのような課題(ペイン)があるのか仮説的に導出した。本稿では、これら課題を克服したあるべき(目指すべき)スペースポートの周辺環境像を引き続き仮想的な顧客体験の視点(ペルソナおよびカスタマージャーニー)で考えてみたい。イメージは今(2023年)から10年後、2030年以降のスペースポートの顧客体験である。前回の記事(Part3)の裏返し(課題が解決された状態)だとどのような打上げ体験ができるのだろうか。

図 1ペルソナの基本情報

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スペースポート周辺環境の発展
 

【打上げ関係者:Aさん】

Aさんは、衛星プロジェクトの現場リーダーとして、部下5人を率いて9月の打上げ予定日2か月前に、単身でスペースポートに向かった。滞在先は2か月に及ぶ長期滞在で極力仕事に専念できるように、スペースポートに併設されたホテルを確保した。部下の中には、仕事とプライベートを分けたいと考える者もいて、彼らはスペースポートから電車で15分先にあるジムが備わっているビジネスホテルを選んだ。

7月の赴任当初は9~17時の通常稼働で順調に準備が進められた。勤務時間の休憩やランチはスペースポート内のレストランやカフェを利用したり、天気のいい日はスペースポート外の徒歩で行ける場所で地元料理を食べたりした。トラブルで勤務時間が22時までになるとスペースポート内のコンビニでお菓子やお弁当を購入したり、ドローン宅配サービスを使ってスペースポート外のグルメをデリバリーしてもらった。人工衛星を搭載するロケットはスペースポートの近くにある工場で量産(アッセンブリー)されたもので、所用で外出した際に運ばれてくるロケットを道端で見かけ、Aさんは打上げに向けて心を躍らせた。

勤務後は打上げ関係者間の親睦を深めるため、スペースポートから電車で20分ほど先の繁華街まで足を運んだ。親睦会や飲み会がない日は、バスで近くの温泉まで疲れを癒しに行くこともあった。

週末は同僚や打上げ関係者とゴルフやテニスで体を動かしたり、一人の場合は趣味のサーフィンやダイビングを楽しんだ。地元のレストランでは、衛星データで栽培管理され(スマート農業)、色や含有成分が最適化された野菜や、スマート漁業で実現した持続的な養殖マグロ等を使ったグルメを堪能した。観光名所には、周遊バスや無人タクシーで気軽に行くことができた。途中下車した道の駅では、スペースポートを見学した帰りの修学旅行生で賑わっていた。

8月の3連休には、パートナーが子供たちを連れて遊びに来て、キャンプや海水浴で遊び、周辺の水族館や先日できたばかりの宇宙ミュージアムにも連れて行った。買い物は仕事終わりや週末にスペースポートの近くのスーパーマーケットやショッピングモールに行った。買いに行く余裕がない時は、ネット通販で注文し翌日受け取りもできたし、追加料金を払えばドローンによる即日配達の手配も可能だった。

今回の打上げは最新技術を搭載した人工衛星の打上げであったため、記者会見を行った。Aさんら打上げ関係者はスペースポートに備わる会議室(30人収容可)をよく利用していたが、会見に参加する100名を収容することが難しかったので、スペースポートの近くの講演会場を借りて準備を進めた。100名の中にはVIPもおり、彼らのために5つ星ホテルを予約した。一般参加者にはVR環境を整えることで、遠隔でも記者会見や射場見学を臨場感もって楽しんでもらえるように工夫した。

衛星を管理する管制室は射場付近ではなく鎌倉にあったため、現場で作業に協力してくれたAさんの部下の衛星運用担当者は打上げ前に鎌倉に戻ることになっていた。Aさんは2か月間、現場で頑張ってくれた部下をスペースポート発/羽田空港行きのターミナルまで見送った。

打上げ当日は、Aさんの家族も駆けつけ、パートナーは2人の子どもと一緒にスペースポートの近くに設置された見学会場にてパブリック・ビューイングを楽しんだ。Aさんも現場リーダーとして射場の管制塔から打上げを見守った。
 

【打上げ見学者:Bさん】

Bさんは友人2人と3泊4日の旅行として一度は自分の目で見てみたかった打上げの見学を企画した。狙いは9月に打上げが予定されている某衛星会社の最新技術がふんだんに搭載されている衛星打上げだ。ただし、9月は台風が多く打上げがずれ込む可能性があるため、打上げが延期になっても十分楽しめるように、某旅行会社の打上げツアーを申し込んだ。ツアーでは、2泊3日で専門家による打上げの解説を聞くだけでなく、一般公開されていない施設やロケットの輸送の見学にも参加ができる。仮に打上げが延期になった場合、打上げツアー保険による費用補償も可能だったし、打上げ見学以外のツアーに切り替えることができるフレキシブルなプランだった。

過去には多くの打上げ関係者を悩ませていたスペースポートまでの移動手段も、航空会社が打上げに合わせて飛行機を増便したり、スペースポートの周辺まで拡張された新幹線や地下鉄を使うことができた。今回は、多少コストはかかるが最短の航路となる伊丹空港発/スペースポート着の航空券を予約することにした。

旅行初日、スペースポート最寄りの地下鉄駅から打上げツアーは開始された。Bさんたちはバスに乗り、スペースポートの施設をはじめ、その周辺にあるロケット製造/アッセンブリー工場や、宇宙データを使ったスマート農業等を行うビジネス特区をガイドの解説を聞きながら見学した。ビジネス特区では様々な宇宙関連企業の関係者が集まっており、Bさんたちは最先端のフィールドで活躍するビジネス関係者の生の声を聴くことができた。華やかな響きに聞こえる宇宙ビジネス/スマート農業等の裏で泥臭く活動している人たちの話を聞くうちに、Bさんはいずれはここで働いてみたいと思うようになった。様々な学びと出会いがあった夜は、ツアー会社が用意した温泉付き旅館で、温泉と地元の旬な食材を使った料理で楽しんだ。

いざ打上げ当日。ツアーバスは早朝に宿を出発し、途中のコンビニで朝食用のお茶とおにぎりを購入してから見学場所に向かった。そして午前6時に歴史の新たな1ページとなる最新技術満載の衛星打上げの鼓動を肌で感じることができた。見学後は、スペースポート周辺地域の観光名所を回るバスの中や昼食をとるために立ち寄ったレストランで、友人や他のツアー客と打上げ時の興奮を分かち合った。

ペイン(苦労)を乗り越えた「スペースポートカントリー」を目指して

このように現在スペースポートを利用する人がもれなく感じているペイン(モビリティ、宿泊施設、商業施設、MICE、飲食店等の不足)を乗り越えたスペースポートおよびその周辺環境が実現することで、打上げ関係者や見学者の双方のQoE(Quality of Experience)が向上する。

スペースポートで働くこと、スペースポートに遊びに行くことが、快適さを犠牲にすることを示唆するのではなく、むしろ新しさや楽しさを想起させるスペースポートおよびスペースポート周辺環境を目指したい。例えば図2のようなスペースポートが町と生活に一体化し地域全体がスマートシティ化している姿(「スペースポートシティ」)が目指せはしないだろうか?

 

図2 目指していきたい「スペースポートシティ」のイメージ

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このような未来的、それでも目指していきたい「スペースポートシティ」のユートピア像の実現にとって重要な要素の一つがスペースポートシティへのアクセスである。スペースポートシティへのアクセシビリティが快適・効率的であることは、人とモノ(ロケットや人工衛星等)を集め、産業を作り、町・社会を構築するために不可欠となる。そしてこれは地域の課題ではなく、国の課題である。なぜなら人とモノは日本全国、さらには世界中から集めるべきであるからである。

では日本のいずれかの拠点からスペースポートシティに向かう際のアクセシビリティはどのようにあるべきか。例えば人のアクセシビリティを考える場合、現状の公共交通システム(移動手段)を活用すると、何種類の移動手段を駆使(アクション回数)することによってスペースポートシティにたどり着くのかを仮想的に考えてみることができる(図3)。

現状の公共交通システムでは、多くの打上げ関係者や見学者は、自宅からスペースポートシティに至るまでに、新幹線・飛行機や電車・バス等の公共交通機関を乗り継いで移動する。公共交通機関が不十分な場所では、レンタカーやタクシーを利用することになるだろう。図3 Case Dのように、空港を活用する水平型スペースポートであれば、空港にアクセスできれば自ずとスペースポートにもアクセスできる。また、現時点の交通サービスの予約は、各サービスで予約するか、代理店に依頼するか、また、一部MaaS系アプリで予約することが考えられる。さらに、スペースポートが大きく成長するであろう2040年代を見据えると、新たなモビリティシステムとして空飛ぶクルマや無人タクシー、リニアモーターカーやハイパーループ等が普及している未来を想定して、今からスペースポートシティの構想設計に組み込むことも検討できる。

 

図3 スペースポート(宇宙港)への人のアクセシビリティ評価(Case毎アクション数ベース)の例

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このようにスペースポートまでの人のアクセシビリティを例にとってみても、世界有数のスペースポートシティ(あるいはアジアのハブスペースポート)を国内につくるには、スペースポート周辺の街づくりだけを高度化しても不十分な策になるということが想像できる。地方自治体および国内民間スペースポート事業者の一部はスペースポートシティ化を一つの打ち手の方向性として日々奮闘しているが、中央政府が主導して世界から見た日本スペースポートの価値向上(例えばスペースポートシティへのアクセシビリティ)を図らないといけない。つまり、我が国が目指すべきは、スペースポートシティ(地域)ではなく「スペースポートカントリー(国)」である。そうでなければ、スペースポートシティにいる間は快適だが、行くまでのペインが大きく、結局多くの潜在利用者は海外のより利便性の高いスペースポートに流れてしまうのではないだろうか。

スペースポート開発はまさに国家アジェンダの側面があることを強調して本稿シリーズを締めくくりたい。

執筆者

𦚰本 拓哉/Takuya Wakimoto
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
 

中村 祥代/Sachiyo Nakamura
有限責任監査法人トーマツ

アフリカやアジア、島嶼国、中南米等の発展途上国における日本政府のODA事業や企業の進出展開支援、オープン・イノベーションの促進のほか、国内の宇宙分野人材育成支援に従事。特に、航空宇宙やデジタル技術を活用した途上国支援を強みとする。

※所属などの情報は執筆当時のものです。

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