Posted: 06 Feb. 2024 10 min. read

生成AIで「人」の価値を高める明治安田生命のDX戦略

スピーディーなユースケース実証で全社の業務効率化・高度化の実現へ

「2030年にめざす姿」の実現に向け、積極的なDX戦略を推進する明治安田生命。中でも生成AIの活用に向けた取り組みは、国内外の金融業界を一歩リードしている。具体的な取り組みや目標について、同社 デジタル戦略部 デジタル戦略推進グループの池田匡克グループマネジャーに、デロイト トーマツ コンサルティングの執行役員室住淳一、シニアマネジャー老川正志が聞いた。

 


めざす姿を実現するためDX戦略を推進
 

室住 明治安田生命は、2020年5月に2030年までの10年計画「MY Mutual Way 2030」を策定されています。この計画では、貴社が「2030年にめざす姿」を明確に打ち出されましたね。

 

池田 長期的な環境分析に基づく検討を行った結果、時代を超えて進化するお客さま志向の追求を基本姿勢としつつ、2030年にめざす姿を「『ひとに健康を、まちに元気を。』最も身近なリーディング生保へ」と定めました。

その姿を実現するため、2021年度からスタートしたMY Mutual Way I期の中で、「営業・サービス」「基幹機能・事務」「資産運用」「相互会社経営」の4分野で制度やインフラ等の抜本的な見直しを行う「4『大』改革」と、お客さまの健康づくりと豊かな地域社会づくりに貢献する「みんなの健活プロジェクト」「地元の元気プロジェクト」の「2『大』プロジェクト」を推進しています。

さらに、これらの「4『大』改革」「2『大』プロジェクト」を支えるため、DX戦略を積極的に推進していく方針を打ち出しました

 

明治安田生命保険 デジタル戦略部 デジタル戦略推進グループ  グループマネジャー 池田 匡克 氏
システム開発、商品開発、営業企画などを担当。ITとビジネスの両分野での経験を生かし、現在はデジタル戦略部にて生成AIをはじめとする新技術のビジネス活用を推進している。

 

老川 デジタルの力を存分に活用して、めざす姿の実現をより確かなものにしようというわけですね。

 

池田 その通りです。「4『大』改革」の成果は、いずれも明治安田生命がお客さまに提供する価値に直結します。例えばデジタルの力で「営業・サービス」を変革すれば、お客さまの体験価値はこれまで以上に高まりますし、「資産運用」においてもさらに高度化することができると考えています。

一方、「2『大』プロジェクト」とは、お客さまや地域の皆さまの健康づくりをサポートする「みんなの健活プロジェクト」と、当社が橋渡し役となって地域の資源やコミュニティをつなぎ、地域創生に貢献する「地元の元気プロジェクト」の2つですが、これらの取り組みを活発化させる上でも、デジタルの果たせる役割は非常に大きいと思っています。

人々の健康づくりや地域創生は重要な社会課題ですが、外部環境の変化とともに、課題解決のために取り組むべきこともどんどん高度化、複雑化しています。変化をキャッチアップしながら柔軟に課題解決に取り組んでいくためにも、デジタルの力は欠かせません。

DXに関しても、従業員から、お客さま、社会に至るまで、すべてのステークホルダーを視野に入れた戦略作りと実行に取り組んでいきます。

 

室住 今回、デロイト トーマツ コンサルティング(以下、DTC)で明治安田生命のDXを支援させていただきましたが、具体的にどのようにDX戦略を進められたのか。改めて教えてください。

 

池田 「Design」(デザイン)、「Digital」(デジタル)、「Data」(データ)の「3つのD」を柱として進めています。

お客さまや従業員により良い体験価値を提供するためには、分かりやすく、使いやすいサービスをデザインしていかなければなりません。業務の効率化やサービスの高度化を図っていくには、デジタルの力によるタスクの簡略化やプロセスの合理化が不可欠です。さらに、経営管理を高度化していくには、データの効果的な利活用、つまりデータドリブン経営が求められます。

この「3つのD」のバランスが取れたDX戦略を実行することで、あらゆるステークホルダーに大きな価値をもたらす変革が実現できると考えています。


明治安田生命の「10年計画における2020-23年度の位置づけ」

2020年5月に策定した10年計画「MY Mutual Way 2030」で、社会的価値と経済的価値の向上をめざした明治安田生命。その実現に向け、生成AIの活用をはじめとするDX戦略を積極的に推進している

 

 

■具体的なケースを決めて生成AIの実験を進行中

 

室住 お話をうかがっていると、明治安田生命の経営に関する考え方は、私たちDTCと近いものを感じます。

DTCでは、経済価値(財務価値)であるFinancial Valueに、社会価値(非財務価値)としてSocial Value、Client Value、People Valueの3つを加え、この4つのValueの総和こそが当社の本質的企業価値、つまり「DTC Value」であると定義しました。

 

デロイト トーマツ コンサルティングが掲げる「2030年に向けた新経営方針」

デロイト トーマツ コンサルティングは2022年、経済価値と3つの社会価値の総和を「本質的企業価値」とする「DTC Value経営」にかじを切った。新たな経営によって、経済価値と社会価値の「相乗的増大」をめざしている。

 

企業として求められる経済価値だけでなく、将来につながる社会価値との両輪で企業価値を追求する経営を進めています。

この考え方は、個人やお客さまにとっての価値にとどまらず、社会全体への価値貢献を求めていくという点で、明治安田生命の「MY Mutual Way 2030」に通じるものがあるのではないかと思います。

 

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 室住 淳一
外資系・国内系コンサルティング会社を経て現職。AI技術を活用した新規事業創出、業務の高度化、AI基盤構築等、企業のDX推進へのコンサルティングに従事。DX立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoTのビジネス活用に強みを持つ。



池田 おっしゃる通りですね。

 

老川 ところで、DTCは、明治安田生命が現在進めておられる生成AIの活用に向けた実証実験を支援させていただいております。

そもそも実証実験を始めることになったのは、どのような経緯だったのでしょうか。

 

池田 2022年10月ごろからChatGPTが世界的に注目されるようになり、当社もその可能性について各方面から情報収集を重ねてきました。文章の作成や要約をはじめ、様々な局面で業務の効率化や高度化などの効果が見込めると思い、実際に使って確かめてみようということになったのです。

セキュアな環境を担保するためにAzure OpenAI Serviceを活用し、2023年4月から社内業務に生成AIを活用する実証実験を開始しています。DTCには、実証実験のための環境づくりなどで大変お世話になりました。

 

老川 実験の初期段階は、「とにかく使ってみること」から始まりましたね。

 

 

デロイト トーマツ コンサルティング シニアマネジャー 老川 正志
大手ITコンサルティング会社などを経て現職。金融機関のシステム化計画策定・実行支援、ITサービスマネジメントの実行支援などに従事。最近はAI活用に関するコンサルティングを手掛ける。


池田 本社の従業員全員に自由に使えるようにして、普段Web検索するのと同じように分からないことを尋ねたり、長文を要約させたりと、いろいろ試してもらいました。どんな使い方ができるのかを探ってみるためです。数多くの体験例が集まったところで絞り込みを行い、2023年10月からは、より具体的なケースでの実証実験に取り組んでいます。

 

老川 お客さまのお申し出に対する回答状の自動作成も、その一つですね。

 

池田 はい。お客さまからお問い合わせ等をいただくと、現在は担当者が手作業で回答状を作成しています。その回答状の草稿を生成AIが自動作成できるようにならないか実験を行っています。具体的には、過去の回答例などのデータを生成AIに読み込ませ、お客さまからの問い合わせに応じて回答案を作成するというものです。

また、事務関連の質問に対して、約款やマニュアルから回答を生成する仕組みの実験も行っています。これらの約款やマニュアルは内容が非常に膨大で、必要な部分を探すのは大変な作業なのですが、生成AIが自動で探し出し、要約してくれれば、かなりの効率アップになります。

 

室住 実験の成果はいかがですか。

 

池田 まだ途中段階ですが、回答状の自動作成については、手作業だと1件当たり30分ほどかかっていたものが数分で完了できそうなケースも出てきています。また、時間短縮以外にも、個人の経験やスキルに依存せず適切かつ統一感のある文章を作成することが可能です。

事務関連の質問に対する回答生成については、思った通りの結果が出なくて苦しんでいます。約款やマニュアルには、似たような内容や表現がいくつもあるので、欲しい情報が1回の検索でヒットすることはほとんどありません。尋ね方によって、提示される情報が異なってしまうのも難しいところですね。同じような問い掛けを行っても、「てにをは」が異なるだけで、全く違う情報が提示されてしまうこともあります。

この点については、DTCのサポートを受けながら、改善を図っているところです。

 

 

「人にしかできない仕事」に専念できる体制を目指す
 

老川 検索した項目がうまくヒットしない問題については、項目ごとの内容や表現を微調整するなど、デジタル戦略推進グループの皆さんと一緒にいろいろ試行錯誤を重ねています。

支援させていただきながら素晴らしいと感じているのは、かなり突っ込んだ実験を行っている点ですね。当社は、世界中の数多くの企業による生成AIの実証実験を支援させていただいていますが、原因を徹底追究して「この方法なら業務適用が可能である」という対応策が見えてきている点です。

 

室住 一般に生成AIの実証実験では、十分な技術検証を行った上で、具体的なユースケースの実験を行うものですが、明治安田生命の場合は、ユースケースの実験に移行するまでの時間が非常に短かったのも印象的です。新しい技術を、スピード感を持って採り入れていこうとする強い意欲が感じられます。

 

池田 生成AIの活用による業務の高度化は、当社のDX戦略の中でも重要なテーマと位置づけているので、今後もリソースを集中的に投入していきます。

 

室住 ところで生成AIの活用では、情報漏洩や著作権の侵害といったリスクも隣り合わせとなります。この点については、どのように考えていますか。

 

池田 おっしゃる通り、お客さまの大切な情報をお預かりしている保険会社にとって、個人情報の漏洩などは絶対にあってはならない問題です。生成AIが提示する答えにどこまで確からしさがあるのかといったことも、きちんと見極められるようにしなければなりません。つまり、“攻め”の活用と同時に、“守り”のリスク対策もしっかりと固める必要があるわけです。

“攻め”については、使いやすいUI(ユーザーインターフェイス)の開発などによって従業員の生成AI活用を促す一方、“守り”についても、情報漏洩対策やAIが誤った回答をすることによる事故防止などの取り組みも行っています。

また、DTCの支援を受けて、部長層を対象とする生成AIの勉強会を実施するなど、様々な取り組みを行っています。

 

老川 我々としても、明治安田生命をはじめとするクライアントの皆さまの生成AI活用を支援するため、“攻め”と“守り”の両面におけるコンサルティングを心掛けています。

社内に「生成AIタスクフォース」という専門チームを設け、先端的な実証実験を繰り返して、その成果を各クライアントに展開しているのも、そうした取り組みの一つです。

また、クライアントの全社的な生成AI活用を促すため、部門横断のCoE(センター・オブ・エクセレンス)を立ち上げるお手伝いをすることもあります。

 

室住 我々の考えとしては、生成AIを単体活用して得られるメリットを享受するだけでは競合企業との差別化にはならずに、すぐに同等の状況になってしまうと思います。

生成AI技術は企業の複雑かつ多様なミドルオフィス・バックオフィス業務のプロセスを最適化・統合化を実現できる技術です。そして、企業のコアビジネスにおいて変革を実現できる可能性を秘めています。

つまり、ビジネスモデル再創造、AI駆動型エコシステムの構築により競争優位性を築き、新たな経営変革を実現できる手段になり得ると強く感じています。

DTCはその変革のシナリオを提言するだけでなく、実現するための仕組み作りにも関わっていきたいと思っています。

 

池田 それはぜひ期待したいですね。生成AIの活用によって従業員の業務が効率化すれば、その分、「人にしかできない仕事」に専念できる時間が増えます。保険の仕事は、つまるところ、お客さまと従業員の「人と人との関係」によって成り立っています。

生成AIを活用することのメリットは、それによって当社の「人の価値」を最大化できる点にあると思っています。それができてこそ、当社がめざす「最も身近なリーディング生保」になれると確信しています。

 

室住 明治安田生命の根岸秋男取締役会長も、「人にしかできない仕事こそが重要」だとおっしゃっていますね。DTCとしても、明治安田生命がこれまで以上に「人」を通してお客さまや地域社会に貢献できるように、引き続き支援をさせていただきます。

 

プロフェッショナル

室住 淳一/Junichi Murozumi

室住 淳一/Junichi Murozumi

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

Deloitte AI Institute ステアリングコミッティーメンバー 外資系・国内系コンサルティング会社を経て現職。 AI技術を活用した新規事業創出、業務の高度化、AI基盤構築等、企業のDX推進へのコンサルティングに従事。DX立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoTのビジネス活用に強みを持つ。 『機械学習・人工知能 業務活用の手引き~導入の判断・具体的応用とその運用設計事例集』情報機構(2017年)等、著書・寄稿多数。 名古屋大学 未来社会創造機構 モビリティ社会研究所 招聘教員 資格:早稲田大学ビジネススクールMBA、高度情報処理技術者(ITストラテジスト、システム監査技術者) 掲載記事 ・AI活用の成果に内外格差。そのギャップをどう埋めるか  [シリーズ対談]Deloitte AI Ignition|vol.7 (DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー) ・「データドリブン経営」を成功に導くための組織課題とチャレンジとは  Deloitte AI Partners│vol.6(デロイト トーマツ Blog: AI) 関連サービス ・ストラテジー・アナリティクス・M&A >> オンラインフォームよりお問い合わせ