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気候変動にどう向き合うか ―取締役会議長へのインタビュー―

ヤマハ発動機株式会社 渡部 克明 氏

デロイトでは、取締役会や経営幹部の皆様が共通して関心を寄せる重要なトピックに取り組むべく、「Deloitte Global Boardroom Program」を実施しております。このプログラムの一環として「取締役会議長」にフォーカスをあて、気候変動・サステナビリティにおける取締役会の役割や各社の取り組みを中心にインタビューを実施しました。

<プロフィール>
渡部 克明 氏
ヤマハ発動機株式会社
代表取締役会長

1982年ヤマハ発動機株式会社に入社。2014年に取締役上席執行役員生産本部長 兼 MC事業本部第1事業部長、2016年に取締役常務執行役員MC事業本部長を経て、2018年に代表取締役副社長執行役員に就任。2022年からは代表取締役会長に就任し(現職)、現在まで取締役会議長を務める。

渡部 克明 氏のお写真

“執行側は、計画通りに実施することがどうしても至上命題になってしまう。世の中の状況を見ながらアジャストが必要かどうか、取締役会が提案しなければならない”

Q. ヤマハ発動機におけるサステナビリティ推進体制

A. まず執行側の体制としては、経営会議と並ぶ形で最上位にサステナビリティ委員会が設置されています。社長執行役員を委員長として執行役員8名で構成され、環境に限らずサステナビリティに関する大きな方向性を策定し、取締役会に年2回、答申を行うことになっています。その下には環境委員会があり、各部門の執行のトップで構成し、環境にフォーカスして環境計画や個々の施策に対する進捗、KPIの設定等を行います。これ以外にも、サステナビリティ推進会議として、テーマ毎にリスク・コンプライアンス部会、サステナビリティ部会、グローバル・コンパクト部会の3つの部会を設置し、サステナビリティ委員会がこれを取りまとめています。これに対し、取締役会はサステナビリティ委員会からの答申・報告を受け、進捗確認や監督を行うのが1つの機能です。加えて、サステナビリティの個別テーマを取締役会の議題として割り当て、議論しています。

Q. サステナビリティの推進における取締役会の役割や議長として意識していること

A. 議長として意識していることは大きく2つあります。1つ目は社内理論に囚われて「井の中の蛙」にならないことです。計画を策定して、実行していく中で、その通りにやっていれば問題ないかというとそうではない。取り巻く環境は常に大きく変化しているので、社外の「今の動き」を冷静かつ謙虚に聞く努力をしています。

2つ目は、「今のまま実行したら、どんな潜在的リスクがあるか」を意識することです。当社は「ヤマハ発動機グループ環境計画2050」のように長期スパンで計画を策定していますが、それを今後3年の計画に落としこむと、執行側は計画通りに実施することがどうしても至上命題になってしまう。世の中の状況を見ながらアジャストが必要かどうか、取締役会が提案しなければなりません。

以上を実践していく上では、社外役員の機能が重要です。社内の常識や範疇では気が付かないこと、例えば外部環境の変化や他業界の取り組み等を共有いただくと、執行側にとって非常に良いフィードバックになりますよね。

社外役員の皆様には、非常にフランクに発言をいただけていると思っています。例えば今、電動化の取り組みを進めていますが、「世の中の動きに対して遅い。こんなにゆっくりやっていたら負けますよ。ネジを巻きなおしてください。」なんて発言をいただいたこともあります。

そうした意見交換ができる土壌作りとして、社外役員の皆様には、積極的に市場を視察いただいています。当社の事業展開は大半が海外市場なので、一緒に回りながら移動時間も含めてフランクに話す雰囲気ができているのだと思いますね。今年も、社外役員4名にアメリカの市場を視察してもらい、市場の中での当社の位置づけを、実際に見て感じてもらいました。同行する事業部や役員とのコミュニケーションの機会もその中で生まれています。

Q. サステナビリティに関する取締役会の議論の変化

A. サステナビリティに関するテーマを議論する回数が格段に増えました。今年は取締役会と役員研究会(取締役会とは別に、当社の重要経営課題に関する率直な討議を通じて、経営感覚の相互研鑽を行う場。全役員が参加)を合わせて全15回開催し、うち8回で、サステナビリティに関する議題が入っています。

また、カーボンニュートラルに関する議論がかなり進展しました。当社は海と陸の乗り物を主な事業としていますので、環境のテーマといえばカーボンニュートラルになります。想定よりも世界のEV化のスピードは速く、またTCFDのような気候変動に関する情報開示も必要になっており、これらへの対応がここ1~2年の重要な議題でした。例えば、乗り物はスコープ1・2よりも3の方が、はるかにCO2排出量が多い。スコープ3のCO2排出量を原単位とするのか、総排出量とするのか、また、地域によって違いますが電気と言っても化石燃料を使って作れば当然CO2を排出するのでEV化してもそれほど減らないとか、課題は多くあります。そうした状況の中、取り組みを加速すべく、今年から全社横断で「電動化推進プロジェクト」を設置しました。これは取締役会からの指摘もあって始めたものです。事業部門毎に懸命にやっているけど、部門を跨いで検討するような大きなプロジェクトは、トップダウンでないとなかなか動きません。またカーボンニュートラルは、単に電動化するだけでなく、水素エンジンや、FCV、合成液体燃料等、長期的には様々な選択肢がありますので、研究は裾野を広げてやっていく必要があります。

Q. 気候変動対応やサステナビリティ推進に向けた課題

A. 一番の課題は「ヒト」、いわゆる人的資本の確保ですね。これは国内に限った話ではありません。本社は日本にありますので、戦略や技術開発等のコアの部分では、日本でリソースが必要になります。一方で、今後これらを日本人だけで検討していく時代ではないという意見もあり、グローバルで優秀な人材を確保しなければいけないし、更には本社機能を海外拠点に設けた方がいいという意見もあります。

もう1つの課題は、社会へのインパクトの説明の仕方です。環境対応はどうしてもコストアップに繋がり、短期的には収益低下の方向に進んでしまいます。ステークホルダーに納得していただくためには、財務指標だけでなく非財務指標、いわゆる社会的インパクト、環境インパクト等を評価し、説明していく必要があります。インパクト加重会計等の動きはまだ研究の域を出ていないものの、インパクト投資を重視する投資家も増え、世の中の見方は変わってきています。なお、投資家以外にも顧客や従業員等の様々なステークホルダーがあり、おのおの見方は違いますが、当社としては特定の誰かに向けて説明するのではなく、自分たちの考え方を整理しておくことが重要だと考えています。メリハリのつけ方はあれ、正(機会)と負(リスク)の両方のインパクトがあり、その中でも「正のインパクト」が大きくなる取り組みをしているという説明が重要です。

 

“環境対応にかかるコストや収益への影響に納得していただくためには、非財務指標、いわゆる社会や環境へのインパクトを評価し、説明していく必要がある”

Q. 取締役会の運営

A. 当社の取締役会のモニタリングボードとしての機能を強化するため、決議事項について執行側への権限委譲をもう一段進めることを検討しています。時間が足りないという点は以前からの課題で、例えば数年前から起案担当者がプレゼンを事前録画して取締役会メンバーに配信し、当日はプレゼン時間を設けず最初から議論をスタートするようにしています。それ以前はプレゼンに20分ほど要していましたが、非常に効率が良くなりました。事前録画することで執行側からすると自分の考えの整理ができますし、取締役会側からすると、質問や議論の要点について最初から意見を出し合えるメリットがあります。

それでも社外取締役からは議論の時間の不足を指摘されていて、今年から役員研究会を年1回から2回に増やしました。役員研究会とは、人材戦略や技術戦略等の戦略や事業横串のテーマについて、役員に加えて事業担当執行役員やもう一段下の職位者までが参加し、丸1日かけて議論するものです。例えば技術戦略では、業界の技術動向や部署単位の取り組みを理解でき、これがコア技術になっているから、技術部門は今こういう活動をしている、という全体像や、この開発の位置づけ、ロードマップがつかめます。取締役会で個別テーマを議論しようとすると、各技術の全体像や位置づけが見えにくいので、良いインプットになっています。

また、取締役会実効性評価の結果、サステナビリティに対して「より網羅的な」議論の実施が必要という課題も認識されました。サステナビリティには様々な切り口があるものの、全体像を整理するのはなかなか難しいと思います。人材や人権問題といった個別テーマについて取締役会の議題として扱うようにしましたが、それだけでは全体像がわかりにくい。そこで、当社のサステナビリティの取り組みを体系化し、サステナビリティ委員会のほかに、テーマ毎の分科会を設けて検討した結果を報告してもらい、どこに重点的に取り組んでいるのかが把握できるよう「網羅的な」議論をしていく必要があります。

Q. 気候変動以外のサステナビリティの取り組み

A. 当社は「感動創造企業」として、世界の人々に新たな感動と豊かな生活を提供することを企業目的にしています。豊かな生活の一要素として乗り物は重要で、現実世界で暮らしが豊かになることに当社はもっと貢献できるのではないか、と考え「環境・資源」「交通・産業」「人材活躍推進」の3つのマテリアリティを特定しています。特に2つ目の「交通・産業」では、「安全」と「交通課題」を重要テーマとしています。「安全」については、将来、「転ばないバイクができたら」と考え、人間工学も研究し、人の挙動をどうMan Machine Interfaceを通じて反映し、オートバイを制御して転ばないようにするか研究しています。「安全」のためにはライダーの教育も必要で、その裾野も広げていきます。

「交通課題」としては、例えばインドネシアのジャカルタでは、道路の面積よりも市民の所有する車の面積の方が多いと言われるように、都市部では交通渋滞の問題が起きています。一方で、日本の過疎の村のように移動手段が無いところもあるので、パーソナルモビリティで簡単に移動できる乗り物の仕組みを作ったり、乗り物と色々なサービスを組み合わせれば、もっと住みやすい街になるはずです。例えば、乗り物と交通情報のプラットフォーマー、行政や病院との連携を進めれば、よりよい街づくりができるでしょう。

その他、人権については今年の重要リスクに挙げており、当社の人権方針を策定したところです。サプライチェーンの上流・下流も含めて範囲を広げて取り組み始めています。

また、サプライチェーンも持続性の観点から大きなリスクの1つです。オートバイやエンジンを製造する上で、半導体やコンポーネントの問題、サプライヤーの能力、物流、どれもリスクになる。階層も深いし、サプライヤー側の問題でチェーン全体が止まることもある。この1~2年は、サプライチェーンの脆弱性が明らかになったので、重要リスクと認識して対応しています。

Q.ステークホルダーへの情報開示

A. TCFDに基づく開示は必須として、環境へのインパクトをどう開示していくかが重要です。利益を上げてステークホルダーに還元するだけでなく、当社が事業活動を通じて環境や社会にこんなインパクト貢献をしていると積極的に発信することです。「豊かな街づくり」というのは、社会的に非常にインパクトがありますが、伝えないと正しく評価してもらえないし、従業員や株主の暮らしも豊かにならない。取り組んでいる人たちも報われないですし、自社の取り組みを正しく伝えることは、経営者の責任だと思っています。

インパクト評価に関する当社の取り組みとして、例えば、アフリカやアセアンを中心としたクリーンウォーターシステム(以下、CW)があります。まだビジネスの規模は小さいし収益性は高くありませんが、アフリカのへき地できれいな水を飲めない環境で生活する人たちに対して、当社の事業できれいな水が飲めるようになったら、相当なインパクト貢献があるのではないかと思います。そこで、どの程度社会的インパクトがあるのか、インパクト加重会計のアプローチで試算して開示しています。


CWの導入によるインパクト(”水が変われば、暮らしが変わる”をスローガンとし、不衛生な水源を原因とする疾病の予防と重症化の軽減を実現し、子どもや女性を水汲み労働から解放することで、人々の豊かな生活に貢献)

(左)写真提供:ヤマハ発動機株式会社
(右)出所:ヤマハ発動機株式会社統合報告書より抜粋

 

“環境変化を捉えるために「社内とは違う視点」を積極的に取り入れ、俯瞰して物事を見る。そしてその中で、今取り組んでいることに潜在的なリスクがあるのかを意識すること”

Q.次世代の議長へのアドバイス

A. 周囲がものすごいスピードで変化していることを認識して、様々な人の意見を聞くことです。当社の事業において気候変動に関する取り組みは不可避です。発電やバッテリー然り、この領域はものすごいスピードで技術革新が起きています。ステークホルダーの見方も変わっているし、長期的な投資をすべきという投資家も増えている。規制も頻繁に変わり、国の政策やインフラの状況も急激に変わっているので、電動化やカーボンニュートラルの動きはインフラの状況によっても選択肢が全く異なります。一方で、バッテリーリサイクル等のサーキュラーエコノミーや、デジタル化が進展する中でコネクテッドな乗り物のサービス等、従来無かったビジネスモデルが生まれています。

こうした変化を確実に捉えるためには自社のみでは限界があり、多様な社外取締役の方々の「社内とは違う視点」を客観的に取り入れ、俯瞰して物事を見るように心がけることと、今取り組んでいることに潜在的なリスクがあるのか意識することが重要と思います。

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