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With/After COVID-19におけるファイナンス組織のDX

月刊誌『会計情報』2021年4月号

With / After COVID-19におけるファイナンス組織の挑戦(7)

デロイトトーマツコンサルティング合同会社 神前 尚澄、森田 寛之、池崎 大輔

1. はじめに

本連載では、“With / After COVID-19におけるファイナンス組織の挑戦”と題して、今後のファイナンス組織の在り方についての分析・考察を行っている。前々号(2021年2月号)よりDeloitteの“Finance Wheel”のフレームワークにおける、ファイナンスの各機能を有効に機能させるために必要となる“基盤要素(イネーブラー)”を対象にした考察を進めてきた。連載の最終回となる本稿では、“INFORMATION & SYSTEMS”を対象として、ファイナンス組織におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の在り方、及びDX推進に向けたアプローチについて考察する。

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2. COVID-19を契機としたファイナンス組織のDX推進状況

多くの企業が中期経営計画等でDXをキーワードに掲げて久しい。またCOVID-19を契機としたリモートワークにおける業務環境整備の必要性の高まりに伴い、ファイナンス組織のDXへの意識はさらに高まっている。2020年8月にDeloitte Japanで実施したアンケート調査結果*1では、COVID-19の感染拡大の状況下におけるファイナンス組織のDX推進に対する各社の意識を明らかにしている。

ファイナンス組織がDXを推進する主な目的(図表1-a、複数回答可)としては、業務の効率化が最も多く(83%)、次いで働き方・働く場所の多様化(64%)、業務の高度化(64%)となっている。これらは、経営の可視化やガバナンスの強化、機能改革などマネジメント層が組織運営上必要と考えてきたものよりも上位にあることから、今後のニューノーマルな時代におけるDXの優先度を感じる結果となった。さらに、COVID-19によりDX推進が加速したかという問い(図表1-b)にも、63%の企業が“加速した”と回答している。これは、突如として既存業務のやり方を変えなければならなかったファイナンス組織が、スピード感を持って改革を推進した・推進していることを感じる結果となった。例えば、これまで紙ベースでの目検チェックや押印文化などファイナンス業務の“当たり前”を、これを機に打ち崩すチャンスと捉えていると推察される。

ファイナンス組織において、企業活動を正確かつ迅速に会計報告することは、従来より1つの大きな役割である。その達成に向け、既存の会計システムに合わせて業務が綿密に設計され最適化されており、再構築に対する心理的ハードルが高い。そのハードルを乗り越え、変革に舵を切ることができるかが、これからのファイナンス組織の行く末を占っていると言えるのではないだろうか。

一方で、ファイナンス組織がDXを推進する領域には偏りがある。DXへの取り組みを強化したい領域として挙げられた、購買から支払業務領域(Procure to Pay)、単体決算・連結決算・開示領域(Close, Consolidate & Report)及び請求から回収業務領域(Order to Cash)にまず注目したい。これらの領域は企業活動を正確に記録し報告する会計業務であり、契約書・請求書等のペーパレス化やRPAによる自動化、リモート決算対応、そしてERPパッケージによる一連業務のシステム化など、COVID-19の影響下、多くの企業がDigital技術を活用して効率的かつ正確な業務の実現に期待を寄せている。(具体的なイメージについては第3回の2020年11月号のOperational Financeの内容をご覧いただきたい)

図表1-a:ファイナンス組織においてDXを推進する目的(複数回答可)&図表1-b:COVID-19を契機に、ファイナンス組織のDX推進が加速したか?
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次いで、経営管理領域に注目する。本領域は、AI・CognitiveやVisualization等のDigital技術を活用し、より高度な分析や予測、提言を目的としたDX推進が期待される領域であるが、前述の3領域に比べ、DX推進の機運がまだ高まりきっていない。この結果を踏まえると、ファイナンス組織におけるDX推進は、Operational Financeの領域での足元の課題解決に主軸が置かれ、高度化に資するDX推進に取り組みはその次に位置付けられていることがうかがえる。

図表2:COVID-19を契機に、経理財務部門としてDXの取り組みを強化したいと考えている領域(上位3つまで選択)
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ここで、少し別の角度から、ファイナンス組織がこれまでDigital技術を活用しながら効率化を進めてきたことを捉えなおしてみる。約30年前の1990年にファイナンス業務に従事していた労働人口が何人であったかご存じであろうか。下表をご覧いただくとわかる通り、当時約270万人だった会計事務従事者は2015年には約150万人まで減少しており、昨年の国勢調査の結果では更に減少している可能性も高いのではないだろうか。この減少幅は農林漁業作業者の50.1%減少に比肩する数値である。さらに、2011年にオックスフォード大学が発表した今後10〜20年でDigital化により消滅する職種にもファイナンス組織の職種は挙げられている。会計事務従事者は96.8%の確率で消滅する可能性が高いとされている。

図表3-a:日本における会計事務従事者の変遷(1990~2015)&図表3-b:将来Digitalの進展により消滅する可能性がある職種
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Digital技術の活用により効率化を推進してきたファイナンス組織であるが、今もなおその効率性の追求に勤しんでいる。購買から支払業務の領域をご想像いただきたい。取引先から紙で送付される請求書を受領し、請求データを自社の会計システムに登録、及びその請求書原本をファイリングして保管する。そしてそのデータに基づき支払データを作成し、誤ったデータがあれば大量の紙から探し出し修正のうえ、支払処理により銀行口座から支払う。そのような業務が今では、電子で請求書を受領し、AIが自動で請求に係る文字情報を認識しデータ化まで行う。その後のデータ格納、エラーチェック、支払処理までの一連の流れはRPAにより自動化されている。現実にこのような業務効率化の動きがファイナンス組織の各所で起きている。この取り組み自体は間違いではない。

この業務効率化の行き着く先はどのような世界だろうか。それは、Digital技術をあらゆる機能に活用し、ヒトが行っていたことをDigitalが担うファイナンス組織の実務の完全代替の世界と推察される。その世界ではファイナンス組織に従事するヒトは殆どいないということも考えられる。

企業経営において、ファイナンス組織が少数精鋭のヒトとDigital技術で成り立つのなら構わない、それも1つの未来像ではあるだろう。但し、少人数の組織はDigital技術がカバーできないイレギュラー対応や承認に追われてしまい、本質的に目指す姿を必ずしも実現できている状態とは言い切れない。ヒトにはヒトならではの価値があり、Digitalとの共創によって価値を最大化するために、新たなファイナンス組織のDXによる進化が求められている。これは決して夢物語ではなく、近年のDigital技術の発展により、既に実現できる時代に突入している。次章にてファイナンス組織におけるDXの検討ステージと共に目指す姿を解説する。

 

3. With / After COVID-19において求められるファイナンス組織のDXとは

先ずは、ファイナンスとDigitalの歴史を紐解きながら、ファイナンス組織におけるDXの取り組みとそのステージについて紹介する。今では当たり前となり、ファイナンスとDigitalが共に語られる両者であるが、両者が邂逅してからまだ半世紀ほどの歴史しかない。しかしその半世紀の間でファイナンスを取り巻く状況は大きく変わった。

中世イタリアで貿易や為替の取引を記録する「複式簿記」の誕生を契機に発展してきたファイナンスは、1960-70年頃からオフィスコンピューターを利用し記録することから会計情報とDigitalとの接点が初めて生まれた。その後様々なDigital技術が発達する中で、ERPパッケージの導入やRPA等により、ファイナンス組織の実務はDigital技術を活用した業務の効率化が急速に進んできた。そして、AIやCognitiveに代表されるDigital技術により、文字や画像の認識、データを活用した分析・予測など、ヒトならではの提供価値が、機械により代替・強化されることも着実に進んできているのが実情だ。

この先10年、2030年を見据えると、ファイナンス組織、並びにそれを統べるCFOに期待される役割は大きく変わると推測する。このようなファイナンスとDigitalの歴史も踏まえ、ファイナンス組織におけるDXの3つのStage毎に起こる変化と組織/CFOへの期待を提言する。

図表4:ファイナンス組織におけるDXの3つのStage
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Stage1「Digitization(デジタイゼーション):アナログからDigitalへのシフト」

これまでアナログ世界でやり取りされていた書類や人の頭の中のノウハウを電子化することで物理的におこなっていた業務の利便性を向上する段階と定義する。古くは伝票や帳簿の電子化、近年で言えば請求書や領収書の電子化やワークフロー導入による承認の電子化、そしてOCR技術などによる活字情報の電子化が挙げられ、ファイナンス組織のDX実現に向けた重要なインフラ整備の第一歩目と言える。

このStageにおけるファイナンス組織の命題は、物理的な手間の解消と属人性の排除である。アナログな紙資料のファイリングやスキャニングなど、膨大な業務に対して特定の熟練担当者に知見が集積することも多く、そもそもの物理的コストの削減だけでなく、コミュニケーションコストの削減にまでも寄与するものである。

また、アナログからDigitalにかわることの効果として、情報を受け渡しする時間の概念、その情報を利用したオペレーションする場所の概念がなくなり、いつでもどこにいても業務を遂行することができるスマートワークという人の働き方に変革が生まれるのである。

 

Stage2「Digitalization(デジタライゼーション):ファイナンス実務の効率化・省力化の追求」

Stage1ではアナログの書類・知見をDigitalに置き換えることが主眼であったが、Stage2はファイナンス組織の実務をDigital技術により一気通貫(End to End)で繋ぎ、そのプラットフォーム上で一連の業務を効率化し生産性を高める段階と定義する。営業や調達などフロントサイドから会計までを繋ぐERPパッケージ、ルールベースで分岐する連続したタスクの自動化を実現するRPAなど、ファイナンス業務全体の効率化を目指すものである。

このStageにおけるファイナンス組織の命題は、一連の実務の徹底的な効率化である。旧来のファイナンス組織の実務を前提とするのではなく、ERPパッケージ導入に代表されるようなDigital技術を軸とした「あるべきファイナンス業務」を整理し、必要な業務への絞り込み、最適な機能配置の実現・Digitalツールへの置換、新たなアウトプットベースの後続業務設計を行う。これにより労働コストを大幅に削減し、ファイナンス業務全般の効率的な運営を実現する。

 

Stage3「Finance Transformation with Digital:ヒトとDigitalの共創による新たな価値発揮」

Digital技術によりファイナンス実務が極小化されたStage3の世界のファイナンス組織には、経営・事業に対して新たな価値発揮が求められる。正確かつ迅速なファイナンス業務の処理から経営・事業に対する課題提言・解決にシフトし、新たな価値を発揮する段階と定義する。AI・Cognitiveに代表されるヒトの思考を強化・模倣する技術等を用いて、経営・事業における潜在的課題の特定や未来を予測し、解決に向けた提言を行うことで、ファイナンス組織の高度化を目指すものである。

経営管理における収益予測を例に具体的なイメージを思い描いていただきたい。現在の収益予測の大半は、過去の実績データをファイナンス組織が事業側に求め、ヒアリング等を重ね、工数をかけて情報を整理し、現場の意見も強く反映しながら熟練工による分析により将来予測を実施している。Stage3の世界では、データの取得方法、スコープ、分析方法、工数の全てが異なる。社内のデータが一元的に集約されファイナンス組織が容易にアクセスできることは勿論、社外のマクロ・統計情報やテキスト等の定性情報など多種かつ大量のデータを対象とする上に、客観性を重視し統計的に相関を語ることで、恣意性を排除した精度の高い分析を短期間で行い、経営・事業に客観的な提言が可能となる。

このような具体例からも想起されるように、Stage3におけるファイナンス組織の命題は、経営・事業に対するファイナンスならではの価値提供である。Stage2で守りの役割が極小化される中、ここで新たに期待される攻めの役割とは経営にとっての企業価値、事業にとっての事業価値の最大化に貢献することと考える。これは利益を拡大させるための予測情報提供やコスト低減余地の特定だけではなく、先んじてリスクを検知しガバナンスを利かせることも貢献の在り方であり、その貢献の仕方は各社のファイナンス組織各様で然るべきと考えている。

 

Digital時代における新たなCFOの目指す姿

Stage3のファイナンス組織を率いるCFOはどのような姿が求められるのか。CFOは“Strategic Advisor”、“Governance Controller”、“Stakeholder Communicator”、“Tech-Savvy”の4つのタイプに分かれると推測する。

“Strategic Advisor”は、企業・事業戦略立案に対してデータを起点としてファイナンス目線での提言を行い、企画機能との接点を強め企業価値向上への比重を高めるタイプとなる。

次に、“Governance Controller”は、会計に繋がる企業活動の一連のデータを一元的に集約し分析できる立場として、顕在化したリスクだけでなく潜在的なリスクも捉える、リスクマネジメントを中心としガバナンス機能との接点を強めたタイプとなる。

続いて、“Stakeholder Communicator”は、決算に係る開示を通じ、企業と株主をはじめとしたステークホルダーを繋ぐ窓口として、企業の状況や狙いを的確に伝え理解醸成すると共に、企業を取り巻くステークホルダーの意見を集約し、経営・事業にフィードバックすることに主軸を置いたタイプとなる。

最後に“Tech-Savvy”は、Stage2を追求する中でよりDigital色が強まると共に、企業活動全般のデータを集積・分析するシステムを統括することも求められ、さらに多種多様なDigital技術を理解し導入を推進する役割を担い、CTO(Chief Technology Officer)に近づくタイプである。

上記4つのタイプのCFO像を紹介したが、いずれのタイプにも共通するのは企業活動に係る多種多様のデータを駆使することが極めて重要ということである。Stage3におけるファイナンスの付加価値の源泉はデータ活用にあるといっても過言ではない。そのうえで、データを活用しどのような価値を生み出し提供するかによりタイプが分かれるとご理解いただきたい。なお、CFOタイプ自体は企業経営体制の方針に依るものであり、かついずれかに綺麗にフィットするものではない。軸足をどこに置くかによる濃淡の違いであり、タイプ間に優劣を見出すものではない。これまでのようなファイナンス実務の専門性の延長線ではなく、企業・事業に対してどのような付加価値を生み出すかが新たなCFOの道筋となるのではないだろうか。

図表5:Digital時代における新たなCFOの目指す姿
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4. ファイナンス組織のDXに立ちはだかる変革の壁

ファイナンス組織におけるDXの現状

現在、多くの企業はStage2“Digitalization”に差し掛かっている。SAPの2027年問題も重なり、会計システム刷新等を通じてファイナンスの業務を再度捉え直し、ファイナンス業務のDigital化に取り組んでいる。しかし、このDigitalizationを追求した先の世界は前述の通り、Digital技術がヒトが回していたファイナンス業務を完全代替する世界であり、悲観的に捉えれば、ファイナンス組織は承認機能やイレギュラー対応に特化した極小化された組織となる未来が待っているとも言えよう。

一方、Stage3へのステップアップは簡単に成せるものではなく、この段階まで成熟した企業は数少ないのが実情だ。勿論Stage3への門戸が開く兆しはある。限られた領域となるが、企業内に蓄積したビックデータと外部のマクロ情報を活用した分析、社外ステークホルダーも巻き込んだエコシステムの構築など、徐々にファイナンス組織のStage3への解像度が高まってきている。

 

Stage2からStage3の間に存在する変革の壁

では、なぜ多くの企業でStage3への取り組みに踏み切れていないのか。Stage2からStage3にかけて、タレント、Digital技術、組織マインドの3つの変革の壁が存在すると考えている。

先ずはタレントの壁である。これまでファイナンス組織に従事してきたタレントは従前の業務が基軸としてあり、Digitalに係る知見・経験に乏しいケースが多い。Stage2までは既存業務のDigitalへの置き換えとなるため対応ができるが、Stage3に向けては、Digital技術を駆使して新たな価値発揮が必要であり、そのためにはファイナンスとDigitalの双方に明るいことが求められている。そのようなタレントは一朝一夕では育たず、外部リソースも活用しながら、意識的に変革を起こしていくことが求められている。

次に技術の壁である。これまでに技術が確立されサービスが一般化しているものは導入への障壁が低く、Stage1, 2で用いられる技術の多くがその段階にある。一方、Stage3で用いられるAI・Cognitiveなどは発展途上の技術であり、ヒトの思考を代替・強化するという高い期待値からすると未だ実務で活用出来る水準には至っていないのが実情だ。しかし、昨今のDigital技術の発展のスピードやアジャイルな導入アプローチの浸透を踏まえると、先駆的に一歩を踏み出すことが差別化要素になってくると考えられる。

最後は、組織マインドの壁である。つまり、新しいことにチャレンジし、組織を変えていく風土であり、3つの壁の内、最も切り崩すのが難しい観点である。未知の世界を切り拓くことに躊躇するのは必然の心理であるが、経営を取り巻く環境の不確実性が高まる中でファイナンス組織に求められる価値も変化する。そのため、既存の枠組みの中で効率化を追求するだけでなく、自ら変化を企図して新たな価値提供を模索することが必要になる。具体的には、これまで行ってきた業務に対して廃止・簡素化、標準化、自動化、集約化、外部化を検討し、Digital技術への置き換えを進める。そのうえで、Digital技術からのアウトプットを前提とした新たなファイナンス組織の実務の定義が求められる。この現状の効率化・未来の再定義の取り組みは今後のファイナンス組織の価値発揮に向けた建設的な取り組みであり、現状否定をしているわけではないものの、業務担当者からすれば存在を否定されているようにも映ってしまうため、想像以上に抵抗感があり難しい。トップマネジメントがコミットメントと対話を通じて、いかにファイナンス組織のDXを牽引出来るかが重要となる。

ファイナンス組織におけるDXの3つのStage、そしてStage2から3への変革の壁についてご説明したが、自社の状況に照らしてみて如何であっただろうか。安易にDXを標榜とするのではなく、自社のStageを的確に見極め、目指す次のStageに向けて何をすべきか、そしてファイナンス組織として何を変えなければいけないか、その検討の一助になれば幸いである。次章では、実際にファイナンス組織でDX推進に取り組む際の検討アプローチを紹介し、具体的なNext Actionのイメージを醸成いただきたい。

 

5. ファイナンス組織のDX推進に向けたプロジェクトアプローチ

ファイナンス組織がDX推進を取り組むにあたり必要なことは、ファイナンス組織のDigital化Stageにおける現在地を知ることである。現在地を知るには、これまで第2回から今回にわたり説明してきたFinance Wheelで整理すると、まずはOperational Finance, Business Finance, Specialized Financeの機能領域別にStage1〜3でのDigital化度合いを測ることである。拙速にファイナンス組織を一律で語るのではなく、領域によってDigital技術のトレンドや求められるレベル感も異なるため、領域別に現在地を捉えることをお勧めする。そのうえで、ファイナンス組織全体としての現在地を俯瞰的に捉えることにより、初めてDX推進のスタートラインに立つとお考えいただきたい。ここでお伝えしたいのは、魅力的に映るDigital技術は世に多く溢れているが、目先の効率化にばかり目を向けるのではなく、ファイナンス組織の各領域を全体俯瞰した目線で現在地を捉え、5年先10年先の将来像をイメージしたうえでDX推進に動くべきということである。

では、スタートラインに立ったところで、実際にDX推進を成功に導く3つの要諦をご紹介する。

1つ目は、ファイナンス組織とCFOに対するビッグピクチャーの描画である。これは、ファイナンス組織が経営・事業・ステークホルダーに対してこの先本当に提供すべき価値は何か、新たに提供すべき価値は何か、という問いに自らが答えることである。多くの場合、現状課題の解決に意識が傾き、局所的かつ近視眼的な小さな取り組みに終始してしまう。CEOや事業、ステークホルダーとの対話を通じて受益者目線での期待を捉えると共に、ファイナンス組織が持ち得るアセットは何か、どのように活用できるか、を解像度高く描いていくことがこのステップでは重要となる。なお、この検討を進める際には、マネジメントから現場担当までの各層代表者を集めたワークショップ型の実施をお勧めする。前述のCFOタイプで申し上げた通り、目指すタイプは様々であり、それぞれに想いがある。また5年10年先に組織を牽引する現在のミドルマネジメント、現場担当者の参加が重要であることは明らかであろう。参加者が双方向で意見交換することで共通認識を醸成し昇華させることで、解像度の高いビッグピクチャーを描くことが可能になる。この1つ目の要諦が最も重要であり、現在地を捉え、ビッグピクチャーと照らすことで初めて取り組みの意義が見えてくるであろう。

2つ目は、緩急剛柔なアプローチの採用である。この前提としてインフラ・プラットフォームの整備が必要であり、DX推進を支える基盤として各種Digitizationを進め、効率化・高度化に取り組む環境を整える必要がある。そのうえで、ファイナンス組織の骨格構築と変革を支える強みの整備を行う。前者はERPなどの従来の業務システムであり、業務データの管理や処理手順を元に、最初に要件が一定決まることを前提としてきたウォーターフォール型の“剛”のアプローチであり、ファイナンス組織のEnd to Endを支える幹を構築する。一方後者は、経営・事業・ステークホルダーとの接点から課題を発見し解決することで新たな価値提案を行うためのシステムであり、アジャイル的に仕組みを構築しながら、その強みを活かして自組織ならではの価値提供モデルを洗練させていく。これが“柔”のアプローチとなる。当然、基幹システムが構築されてから新たに周辺の強みとなるシステムを整備することがシンプルではあるが、ファイナンス組織に求められる期待の変化、Digital技術の変化のスピードを踏まえると、緩急をつけながら並行して進めることが最善のアプローチと言える。

最後は、トップと現場のチェンジマネジメントである。ビッグピクチャーの実現に向けたファイナンス組織全体のDX推進は検討対象が幅広く、関連部門とともに進める取り組みともなると必然的に関与者も多くなる。このようなケースにおいて往々にして起こることが“他人事化”である。DX推進においてヒトの原動力は極めて重要であるため、最後の要諦にこちらを挙げている。そこでヒトの原動力を2つのベクトルに分けて整理したい。

先ずは、現場においてファイナンスとDigitalの素養を併せ持った人財の育成であり、Deloitteでは“Purple People化”と定義している(ファイナンススキル:Red+Digitalスキル:Blue)。ファイナンス組織におけるDX推進では実務への深い知識・経験だけでなくDigitalに対する知識・経験も必要となる。一朝一夕にDigital人財を育成することは難しいが、外部も適切に活用しながら、Purple People人財を育成していくことは、検討推進上も始動後の運営上も重要である。

次に、マネジメント層のマインドシェアの組み換えである。DX推進は時として現状の否定にもなりうる。どの時代においても提供価値は塗り替えられていくものであるが、既存業務をDigitalに置き換え、経営・事業に新たな価値を提供していくことは、現場レベルでは心理的ハードルも含め検討を推進することが難しい。そのため、いかにマネジメント層がDX推進にコミットし、既存業務の取捨選択・Digitalの置き換えの意思決定をすると共に、正確性・迅速性に支配されたマインドシェアを経営・事業への付加価値提供にシフトさせることが重要となる。なお、ここで申し上げているマネジメント層も階層を分けて考えるべきであり、CEO, CFO階層ではビックピクチャの提示・変革へのコミットメントが必要であり、部課長といった次のマネジメント階層では変革への共感・自分事化を進めることが求められる。これは繰り返しの対話を通じて理解醸成を図ると共に、初期検討からの積極的な巻き込みが有効となる。

これまでご説明した成功の要諦は汎用的なものであり、各社のDigital化の現在地と目指す姿、ファイナンス組織の文化によってアレンジする必要があることをご留意いただきたい。繰り返しにはなるがこの取り組みにおいて重要なのはファイナンス組織のDigital化度合いの現在地を知り、スタートラインに立ち、解像度の高いビックピクチャを描くことである。

 

6. おわりに

2020年10月号より、“With / After COVID-19におけるファイナンス組織の挑戦”と題して、COVID-19の感染拡大により事業環境の激変、不確実性の拡大といった事態に立ち向かうファイナンス組織の改革の方向性について連載を行ってきた。これまで2020年10月号では、COVID-19によるファイナンス組織への影響と改革の方向性の全体像を紹介し、2020年11月号〜2021年1月号では、ファイナンス組織が具備すべき機能についての改革事例の紹介、2021年2月号から本稿では各機能を有効に機能させるために必要となる基盤要素(イネーブラー)についての考察を行った。

連載を振り返ると、リモートワークの推進とその前提となるDigitalツールの導入による業務環境の整備については、COVID-19という感染症の拡大といった事情に対応するものであった。しかしながら、それ以外の改革事例に目を向けると、オペレーション業務の徹底的な効率化や経営管理やリスク管理の情報可視化・業務高度化といった従来からファイナンス組織に求められる改革の方向性と一致するものである。今までも着実に改革の歩みを進めてきたファイナンス組織であるが、COVID-19感染拡大期を振り返った際に、足元の対応のみに注力した組織と組織や業務そのものの改革機会と捉えて取り組んだ組織とでは、今後の組織の価値発揮に大きな差が出る結果になるであろう。

“With / After COVID-19におけるファイナンス組織の挑戦”の連載は本稿で最終回となる。本連載の内容が日本におけるファイナンス組織の継続的な改革の一助になれば幸いである。

以上

 

*1 Deloitte CFO Signals Japan: 2020 Q2
調査実施期間:2020年8月6日〜8月20日、有効回答数:59
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/finance/articles/cfop/cfosignals-2020q2.html

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