調査レポート

ニセコ町の取り組みに関する社会的価値分析

スキーリゾートの安全対策および景観条例の価値の可視化に関するレポート

ニセコ町には国内外から多くの観光客が訪れるスキーリゾートや雄大な自然が存在しています。それらを円滑に活用・運営していくために、ニセコ町では独自のニセコルールや景観条例等の運営に取り組んでいます。この取り組みは、円滑なリゾート運営や景観保全という面からだけでなく、ニセコらしさの創出などの面からも価値を持つものです。本レポートでは、この社会的価値を定量的に可視化し、今後の取り組み評価の一つの指針となることを目指し、スキーリゾートの安全対策のニセコルールおよび景観条例の社会的価値を分析しました。

社会的価値分析とは何か、どう使うのか

社会的価値とは、対象の存在や、対象を中心とした経済活動を通じて、地域や他産業などのステークホルダーに対してもたらされる価値のことです。このような効用は、通常市場経済では測れませんが、様々な手法を用いて定量的に可視化することが可能です。

社会的価値分析の手法は、大きくはフローの評価とストックの評価に大別されます。フローの評価は取り組みの成果の可視化、ストックの評価は活用するアセットがどのような根源的な価値を持つかの可視化に有用です。

フローの評価では、特定の活動等からもたらされる社会的インパクトを対象といたします。評価の主な手法は社会的投資収益率(SROI)分析があり、どのようなものが存在するかを、ロジックモデルで定性的に示したのち、定量化を行います。フローの評価では、実施する活動の期間に応じて評価を実施するため、短期の分析も長期の分析も可能です。

ストックの評価は、環境や文化財、行政施策等、その存在や利用から直接的・間接的に価値を受益できるものを対象とします。評価対象の性質に応じて様々な分析手段がありますが、代表的な手段は仮想評価法です。仮想評価法は、アンケート調査を用いて人々に支払意思額を尋ねることで、市場で取り引きされていないものの価値を計測する手法です。この手法は、自然公園や、歴史的遺産、文化施設等の評価に使われています。

分析結果は、ステークホルダーへの事業成果の説明や、リソース配分や事業内容の見直し、外部からの寄付や投資の要請のための活動効果のアピールとして使用するなど、幅広い目的に利用することができます。これまで政策評価や非営利事業におけるプログラム評価として開発や実践が進んできましたが、近年のESGやSDGsへの関心の高まり等も踏まえ、企業活動への適用も進んできています。

デロイト トーマツでは、複数の社会的価値分析の手法を組み合わせながら、小田原城をはじめとした文化財のストック評価や、企業やスポーツチームによる社会貢献活動による社会的インパクトのフロー評価を実施してきました。今回は、ニセコ町で取り組まれている施策を対象とした社会的価値分析を紹介いたします。

ニセコ町の取り組みに関する社会的価値分析(2.1MB, PDF)

政策やルール等に関する社会的価値の分析

ニセコ町では、住民自治の一環で、住民と一体となったスキーリゾート運営・町の景観づくり等に取り組んでおられます。それらの存在は、円滑なリゾート運営や景観保全のみならず、ニセコらしさの創出などからも価値を持つと考えられます。本件では、この社会的価値を定量的に可視化し、今後の取り組み評価の一つの指針となることを目指し、スキーリゾートの安全対策および景観条例の社会的価値を分析しました。

社会的価値はその性質により利用価値・非利用価値に分類することができます。利用価値はその財を直接・間接的に利用することにより得られる価値であり、非利用価値は消費的な利用はできないものの、間接的に利用されることで得られる価値です。本件では、非利用価値に分類される存在価値を対象としました。この価値は、分析対象が「存在する」という情報により得られる価値です。政策やルール以外では、例えば、住民のアイデンティティを形成しているような地域のシンボル的存在の社会的価値を分析する際に使用可能です。

評価手法としては、存在価値を分析するうえで代表的な手法である仮想評価法を採用しました。仮想評価法では、アンケート等を用いて受益者に対して支払意思額を問うことで、どの程度の価値を受益者が感じているかを金額で示すことができます。

参考:栗山 浩一, 柘植 隆宏, 庄子 康, 初心者のための環境評価入門 勁草書房, 1998

 

社会的価値分析結果の概要

本件では、ニセコ町に協力頂き、スキーリゾートの安全対策であるニセコルールおよび景観条例に関するWebアンケートを実施し、493名から回答を得て社会的価値の分析を行いました。

ニセコルールに関しては、ニセコ町住民および観光客から、安全性および新雪滑走の両面で評価されていることが確認できました。個人の支払意思額を調査したところ、安全性については、市場でスキーやスノボによるけがを補償する保険料が300円程度であることに対し、各集団の支払意思額はそれを上回る額となりました。また、新雪滑走の自由についても、新雪滑走の自由に対する支払意思額は他のスキー場の滑走料との差額分を上回り、市場と比較してもプラスの価値が出ていると確認できました。

景観条例に対しては、国内からの観光客と外国からの観光客の支払意思額に差があることが確認できました。これは、社会課題への関心や、それに伴うコスト負担への意識が国内より海外の方が高いことが要因と考えられます。住民の支払意思額は観光客よりは高かったものの、アンケート調査から得られた景観条例への評価はまちまちであり、景観保護と開発のトレードオフ等を背景に、住民の間でも意見の相違があることが明らかとなりました。このことから、ニセコ町が中長期的な景観づくりのビジョンを住民とともに作成し、積極的に共有を図っていくことの重要性が明らかになりました。

 

社会的価値分析の実務への展開

経済学的手法を用いて市場で測ることが難しい価値を分析することにより、受益者が対象の財やサービス、あるいは取り組みのどのような要素に価値を感じているのかが可視化されます。本件のように政策の価値評価を行う場合、政策の中で特に価値が感じられている部分がわかることで、今後の政策方針を決定するうえで役立てることができます。また、社会的価値の分析を継続的に実施することで、経年での評価の変化に着目し、施策の実効性を評価することも可能です。

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