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次世代リーダーの育成を通じて未来志向の組織をつくる

FA Innovative Senses 第4回

不確実性の高い時代に、未来志向の組織をつくるにはどうしたら良いか。本稿では、未来に向けた戦略策定ツールを使いこなす「ヒト」および組織風土・文化に焦点をあて、次世代リーダーの育成を通じた未来志向の組織のつくりかたのポイントについて解説します。

日本企業の未来の準備度合い - Future Readiness

生成AIの急速な広がりや、地政学リスクの増大など、毎年のように新しい変化が現れる―日本企業はこのような不確実性の高い時代において、どのように長期的視点に立った経営を行っているだろうか。

3年~5年の時間軸で検討する中期経営計画を、未来に向けての準備としてとらえている企業が多いのではないか。その中期経営計画をどの程度柔軟に見直しているか、むしろもっと長期の展望を持った経営を行っているのかを探った、独自の「日本企業の未来への準備度合い(Future Readiness)」調査からは、残念ながらその不十分さしか伝わってこなかった。

図1:日本企業の“未来への準備”度合い-Future Readiness
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図1からわかるように、長期的な視点を持ち柔軟に未来に備えている企業は、全体の約25%にしか過ぎず、40%ほどの企業は従来どおりの中期経営計画をローリングする程度に止まっている。

「不確実性が高く変化が激しい時代に、なぜ長期展望を?」と思われるかもしれないが、不確実性を前提として未来に備える手法は存在する。この手法「シナリオ・プランニング」は、長期の時間軸を設定し、不確実性を前提とした複数の未来を洞察し、そこからバックキャスティングすることで柔軟な中長期戦略の策定を可能にする。

論点は「手法は存在しているのになぜそれを採用している企業が少ないか」ということである。その理由は、手法を上手く活用できていない「ヒト・組織」に課題があるのではないだろうか。本稿では、そのヒト(人財)と未来志向組織の構築について解説していく。

 

変化の激しい時代に求められる組織の特性とコンピテンシー

話が少し逸れるが、未来志向ができる組織の特性は、次の3つである。

  • 未来についての議論をオープンに行える
    ― 自社の強みが活きない環境についての議論も闊達に行うことが可能
    (例)あるモビリティ関係の事業会社では、自社の事業にネガティブインパクトをもたらす破壊的技術について集中討議を行い、対応する戦略を案出・実行に移し、自社の改革につなげた
  • 中期戦略や中期経営計画がうまく行かなくなった場合、微修正ではなく根本的に見直すことができる
    (例)ある不動産関係の事業会社では、中期経営計画発表直後の環境変化を受けて、「中計+α」なるイニシアチブを立ち上げ、「+α」以上の抜本的な修正を行った
  • 事業当事者(事業本部長など)に忖度した「過去の延長上の戦略の是認」ではなく、未来からのバックキャスティングから生まれる「不連続な成長」戦略を「当たり前」のように議論できる
    (例)マネジメント研修という仕立てにすることで、未来からのバックキャスティングによる「ゼロベースの戦略提言」を可能ならしめている企業は複数あり、実際に研修から新事業が創造された例もいくつか出てきている

こうした特性は、戦略策定プロセスそのものに関わるものではなく、ほとんどが組織メンバーの行動、組織風土・文化に関わるものである。このことからもわかるように、要はヒトなのである。

 

そのヒトに関わる「能力」については、「コンピテンシー」という言葉がよく知られている。これは1970年代初めの米国・国務省のある疑問から生まれたものである。

「学歴・知能など同じレベルの秀才たちを若い外交官として開発途上国に駐在させているが、帰国時にはパフォーマンスの差が出ている。それはなぜか?」

この疑問に対しての調査研究結果から、コンピテンシーという考え方が生まれた。 i

その結論は、「学歴や知能は、それほどパフォーマンスに影響を与えない。パフォーマンスの高い者の共通点は、『異文化での対人関係の感受性』『人間関係の尊重』『人脈づくりのうまさ』にある」というものであった。この発見は、その後コンピテンシー理論として発展し、図2に示す「コンピテンシー一覧」などで整理され、1990年代後半からのOECDのプロジェクトで「人生の成功および社会の正常な機能に必要なキー・コンピテンシー」として3つにまとめられた。

それらは、次の3つである。

  • 「ツールを相互作用的に活用する ―知識・技術などを自在に組み合わせていく」
  • 「異質な集団で協同する ―集団のなかで協同しあい、課題解決・問題解決する」
  • 「自立的に行動する ―自ら計画を立てて行動する」

OECDの答申からは、社会人向けの「人生100年時代の社会人基礎力」(経済産業省)なども生まれている。

図2:キー・コンピテンシーと社会人基礎力
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i OECDコンピテンシー概念の分析と一面的「PISA型学力」の問題点, 奈良勝行, 和光大学現代人間学部紀要第3号(2010年3月)

 

コンピテンシーの開発と未来志向の組織づくりの「連結」

では、こうしたヒト(人財)を育てることと、企業の長期戦略策定および未来志向の組織風土・文化を繋げていくことは可能であろうか―答えはYesだ。

ここで、筆者のチームがデザインし、多くの企業で実施している「未来シナリオ構築に基づく次世代リーダー育成プログラム」の概要に触れながら、次世代リーダーの育成を通じて未来志向組織をつくるためのポイントを述べていく。

当社チームが提供する次世代リーダー育成プログラムは、

  • 「不確実性が高い時代にふさわしいツールの活用」
  • 「キー・コンピテンシーの育成」
  • 「人財育成プログラムを通じた未来志向組織構築への貢献」、という3つの特長を持つ。

図3:次世代リーダー育成プログラムの概要と特長
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<不確実性が高い時代にふさわしいツールの活用>

不確実性を前提としつつ長期の未来視点を持つためには、「単一の未来予測は困難」という前提に立ち、想定しうる不確実性に沿った「起こりうる複数の未来環境(未来シナリオ)」を出発点とする必要がある。未来を客観的に捉えるためには、「自社の強み」議論を一旦横におき、外部環境だけに特化して考える「アウトサイド・イン」の発想が重要だ。これを10~15年といった長期の時間軸で実施し、そこからのバックキャスティングで、次の中期経営計画や中期戦略とつなげる。

このような仕掛けをすることで、不連続に現れる未来の姿や「新たに獲得すべき強み」などが見えてくる。次世代リーダーたちは、この一連のプロセスを市場・業界の未来といったリアルテーマで行い自社の戦略に結び付けていく。
 

<キー・コンピテンシーの育成>

未来起点で検討をスタートしても、そこに止まっていては未来の先取りや柔軟な対応はできない。「起こりうる複数の未来」を考察した後には、そのような未来環境が来たらどうするかの「長期戦略」を描く必要がある。未来の顧客・未来の競合などを想定し、「どの方向にリソースを振り向けるべきなのか」、「もしそうしたリソースや強みが自社になかったらどうするのか」、「あるべきビジネスモデルはどういうものか」などについて戦略思考をフル回転して具体化させる必要がある。さらに次のステップとして「その戦略の事業性・収益性は期待に応えられるものか」といったレベルにまで落とし込む必要も出てくる。このように「事業の多面性」をリアルに検討していく過程で、キー・コンピテンシーのひとつである「ツールの相互作用的な活用」が自然と強化される。

次世代リーダー育成プログラムは、いま述べた活動を、部門横断の多様なメンバーで行う。バックグラウンドや経歴、時には国籍が違うメンバーで丁々発止の議論をする過程で「異質な集団での協同」のコンピテンシーも身に着く。さらには、一連の「複数の未来環境の考察」「長期戦略の検討」「事業性・収益性の検討」といったプロセスは、ファシリテーター側からフレームワークやサンプル、大まかなマイルストーンの提示はあるものの、最終報告に向けて「自立的に、自分たちで計画を立て、必要に応じて調査・フィールドワークを実施する」という仕立てとなっている。伴走するファシリテーターは、普段は実際のプロジェクトに従事しているコンサルタントなので、一定の質も担保できる。

このように、3つの「キー・コンピテンシー」が自然と身に着くようにデザインされているのも、このプログラムの特長だ。
 

<人財育成プログラムを通じた未来志向組織構築への貢献>

「未来シナリオ構築に基づく次世代リーダー育成プログラム」のアウトプットは、「起こりうる未来環境において、仮に自社の現在の強みが活きない場合でも、自社が生存し続けるための基本戦略はどうあるべきか」といったことを組織に教えてくれる。同じことを研修ではなく、リアルな戦略策定で行おうとすると、「自社の強みが活きない場合」の部分に、社内から様々な抵抗が出るのではないだろうか。このプログラムは「研修」であるがゆえに、そのアウトプットに関して「社内の誰か」に忖度する必要はない。つまり、「議論の安全地帯」が作りやすいという効果もある。

加えて、こうしたプログラムを十年以上の長きに渡り継続的に実施し、「卒業生」が数百名を超えている複数の企業においては、「議論の安全地帯」をわざわざ作らずとも「長期視点での未来の柔軟な議論が当たり前化」してくる。その卒業生からは、社長や執行役員が輩出されている例もある。また、前述のように、研修のアウトプットから実際の事業や商品が生まれた例も複数存在している。

こうしたヒトの育成を通じた組織文化・風土の再構築がFuture Readyな企業構築の近道なのではないだろうか―私たちはこのように考えている。

本稿が不確実性の高い時代における「未来志向の組織づくり・ヒトの育成」の参考になれば幸いである。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

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